3−42 原因は腕じゃなくて、材料の方
先に木の下で待っていたコンタローのポシェットから、お弁当とお茶を取り出すハーヴェンさん。四角い容器が2段になっているお弁当と、陶器でできているらしい水筒を全員に配り終わると、「どうぞ召し上がれ〜」と言ってくれる。
ワクワクしながらお弁当箱の蓋を開けると、1段目には色とりどりのおかずが詰められている。ローストビーフに……黄色い卵? の料理、アスパラガスを焼いたものにマッシュポテト。小さなトマトのスライスには、クリームチーズが乗っている。2段目は……何だろう? お米の料理みたいだけど、9個の一口サイズのライスボールが綺麗に詰め込まれていた。白い色と赤い色の何かを乗せたそれは、丁寧に市松模様を箱の中に描いている。
「わぁ〜! ねぇねぇ、ハーヴェン。これ、どんなお料理?」
エルが早速、2段目のそんな綺麗なライスボールらしい物の正体を尋ねる。初めて見る以上に、どんな味かも想像がつかないこの料理は……なんて言うんだろう?
「あぁ、それな。手まり寿司って言ってな。オリエント地方の米料理なんだ。それぞれ、いろんな種類の魚を昆布っていう海藻で〆たものを乗せてあるんだけど。酢を効かせてあるから、疲れた体にも優しいぞ」
彼の解説を聞き終わる間も無く、エルがもう1つを頬張っている。エルにつられて、僕も何か赤い魚が乗っている1つを口にすると……。程よい酸味と、まろやかな潮の香りを感じる……多分、生の魚に近い……が口の中でほろほろととろけるように混ざって、喉を通過していく。今まで食べたこともない味わいに、エルも僕も夢中で。魚好きのコンタローは言うまでもなく、いつも以上に目を輝かせて頬張っていた。
「……ハーヴェン。これは何だ?」
機嫌は直っていないけど食事は進むらしいルシエルさんが、1段目の黄色いおかずを指差してハーヴェンさんに質問している。見た感じは卵料理みたいだけど、確かにちょっと変わった味わいというか……。
「あぁ、それは出汁巻き卵だな。魚の燻製を削ったものから取った出汁を混ぜて焼いたものだ」
「魚の燻製……? あ、一昨日のリストにあったやつか?」
「おぅ、それそれ。それを削って煮るとな、旨味を含んだ出汁が作れるんだと。オリエント料理は、この出汁を使った料理が色々あるみたいでな。今回試しに作ってみたが……まぁまぁ、ってところかな」
「ほぉ〜」
様子を見る限り、ルシエルさんもお弁当を気に入ったらしい。1個1個、料理を噛みしめるように大事そうに食べている。
「そう言えば……ハーヴェンさんはお料理の知識って、どこで勉強したんですか?」
以前から、気にはなっていたけれど。ハーヴェンさんはこういう特殊な知識を、どこで仕入れてくるんだろう?
「魔界にはいろんな人間が来るんだ。んで……世界中の悪人が集まってくるんだけど、中には日常的に料理をしている奴も混じっててさ。こっそりお目こぼしして、人間界に逃してやる代わりに、教えてもらったものを書き留めていたりしてな。それから、人間界に来てからは街に出向いて、料理を手伝う代わりにレシピを教えてもらってたりしてて。……と言っても、当時の行動範囲がタルルトだけだったから、情報源は限られていたんだけど。因みに、オリエント料理のレシピは集めるのに、苦労したんだぞ? あっちにも魔界が別枠であったりするから、オリエント料理を知っている奴は意外と、少なくてな」
「そう、だったんですか……」
「まぁ、俺は悪魔になった時から、料理がしたくて仕方なかったからなぁ。気がつけば、結構な数の料理が作れるようにはなっていたんだけど……如何せん、魔界には試食してくれる奴があんまりいなくてな。ベルゼブブは甘いものは好きだけど……それ以外は不味いとか言われたし」
「えぇ〜、勿体無い〜!」
「あぅ、ベルゼブブ様の味覚は……特殊でヤンすから。仕方ないでヤンす。特に……」
「コンタロー、それ以上は言わなくていいからな〜。特に……食事時は絶対、ダメだ」
「あ、あい!」
2人の言葉の先に……何かを想像したらしいルシエルさんが、口を抑えて苦しそうにしている。内容がとっても気になるけど……多分、知らない方がいい気がする。
「でも、コンタローはハーヴェンさんのお料理、美味しいよね?」
「あい。でも、魔界でお頭に作ってもらった料理は……あんまり美味しくなかったでヤンす」
「そ、そうなの?」
ハーヴェンさんの料理が美味しくない? どういうことだろう?
「そうそう。問題は別にあったんだよな。原因は腕じゃなくて、材料の方でな。悪魔は基本的に、食事が必要ないもんだから。そのせいか……魔界には、食材の調達ルートもないんだよ。塩1つ手に入れるのにも苦労したし、野菜はゼロだし。だから、ルシエルが食材を用意してくれるようになって……初めて、俺も楽しく料理できるようになった、って感じかな〜」
そうして、「やっぱりこっちに来て良かったな〜」とハーヴェンさんがしみじみ呟く。
「まぁ、私としても……料理が食べられるのは、ありがたいと思っている。人間界で活動するには食事は必要だが、ハーヴェンに会う前はそれすらない状態で……こっちにいる事も多かったからな。正直、色々無理してたな。私も」
「以前のお前は他の天使ともあんまり、うまくいってなかったみたいだしな」
「以前の……ではないよ。今もあんまり、うまく付き合えているとは思えない」
「お? そうなの?」
「お前だって……それを心配しているから、クッキーを寄越したんだろう? おかげで、大変だったぞ? 大天使3人を見事に籠絡することに成功してしまったし……」
「でも……その様子だと、ちょっとは改善したみたいだな?」
「そう、だな。うん、前よりは楽になったかもしれない」
「そか。それは良かったよ」
「……うん」
嬉しそうなルシエルさんの様子に、安心するものがあったらしい。さっきはお預けだったナデナデをしてあげると、解説してばっかりだったから……あんまり進んでいない自分の食事の続きを始めたようだった。見れば、ハーヴェンさんのお弁当は少し小さいみたいだけど……何れにしても、これ以上質問するのはよくないと思い、僕も目の前のお弁当に集中することにした。どの料理も冷めているのに、とても美味しい。
「あぁ〜、お腹いっぱい〜。私、とっても幸せ〜」
「おいらも〜。あぅぅ、お魚、美味しかったでヤンす〜」
「お、2人とも残さず食べられたな」
「うん! とっても美味しかった。ごちそうさまでした」
「あい! ごちそうさまでヤンす」
「僕もとても美味しかったです。ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。……たまにはこんな風に、外で食べるのも悪くないな。……いつも以上に食事が美味しいし、楽しく感じる」
最後にルシエルさんがちょっと目を逸らしながら……でも、かなり頑張ったらしい感想を述べる。
「そうか。それは良かったよ。それじゃ、ちょっと食休みしたら行こうな。あ、ちなみに弁当箱は回収します。あっちに着いたら皿に戻すから、割らないでくれよ」
「皿に……戻す?」
「そう、これな。ちょうどいい器がなくて、魔法で形状変化させたものなんだよ」
「確か……フィギュアエディット、水属性の魔法だったか?」
「そう、それそれ。物質を一時的に、他の形状の道具に作り変える魔法なんだけど……まぁ、あんまり便利な魔法じゃないな。材質が同じものしか作り変えられないし、作り変える先の道具と同じ重量の材料が必要だし……作り変えた先で壊したりすると、戻せないし。因みに、弁当箱と水筒を作るのに、家にあった皿とカップを8割使っています。なので……誰かが一発でもガチャンとやったその場で、毎晩の夕食から1品減ると思ってください」
「えっ⁉︎ コ、コンタロー! これ、割っちゃう前に預かって!」
「私も頼む!」
「あ、あぁい!」
ハーヴェンさんの言葉に慌てに慌てて、お弁当箱と水筒をコンタローに返却する、ルシエルさんとエル。そして、大慌てで自分のお弁当箱もしまい込むコンタロー。
「ほら! ギノも早く! 夕飯からデザートがなくなっちゃう!」
「あ、うん……。でも1品、ってデザートとは言われていないと思うけど……」
「いいから、早く!」
「う、うん……」
急かされて仕方なく、僕もお弁当箱と水筒をコンタローに預ける。そこまでしたところで、さも愉快そうに笑いながら……ハーヴェンさんも最後に、コンタローのポシェットに食器の元をきちんと戻した。いつもながら、僕達の舵取りがうまいと感心してしまうのだけど。なんだろう。ハーヴェンさんのちょっと意地悪な部分は……やっぱり本性が悪魔だから……なのかな。




