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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【おまけ】天使と悪魔の後日譚
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Ep-12 何もかもが愛おしくて、憎らしい

「あぁ……また、失敗しちゃいましたぁ……」

「別に構わん。所詮、人間などその程度の存在だ。気に病むな」


 敬愛する「ご主人様」に慰められても、バルドルの気分は晴れない。折角、人間界にまだ燻っていた「歪んだ思想」を見つけ出したと言うのに。想定以上に早く天使に気づかれてしまい、「穴場」だったアーチェッタを制圧されてしまったのだから。


「でもぉ。あの場所、本当に使い勝手が良かったんですぅ……。元から、天使達の監視に引っかからないようになっていたみたいですし、集まってくる人間も身勝手な奴ばっかりでしたしぃ。それに、あんなにもきっちり魔力検知機能が付いている建物なんて、今の人間界じゃ、もう見つからないです……」

「ふむ……魔力検知機能、か。そんな魔力遺産が未だに残っているなんてな。それはそれで、興味深いが……まぁ、奪われてしまったものは仕方がない。……その程度のモノはまた作ればよかろう」


 ヴェグタムルの背後には轟々と蠢く、禍々しい木が生えている。まだまだ「大樹」と呼ぶには、覚束ない風情だが。少しずつ「悪意」を吸い上げては、嬉々として枝を伸ばし続ける。……この様子なら、かの新・ユグドラシルにすぐに追いつくだろうと、ヴェグタムルは誰に向けるでもなくほくそ笑む。


「とは言え……まだ、例のパラレルワールドへの楔は見つかっていない。ローレライの中にあることは間違いないのだろうが、なかなかに霊樹の記憶を辿るのは骨が折れるな」

「でしょうねぇ。ローレライだけじゃなくて、原初の霊樹はみーんな樹齢2000年以上ですから。そんな長ーい間の記録から特定の内容を探すなんて、砂漠の中からガラス玉を探すのと一緒ですぅ」

「そうだな。だが、時間はたっぷりあるのだ。焦ることはない。それに……幸いにも、“あの世界”には理不尽がまだまだ溢れている。いくらでも悪しき感情は生み出され続けるだろうし、延いては我らの霊樹が向こう側を取り込むまでに成長するまでは、そう遠くはあるまい」


 そうして、ヴェグタムルが背後の霊樹を仰ぎ見れば。真っ黒な枝に、真っ黒な葉を繁らせては……その合間に蕾を付けている。しかし、見るからに気色の悪い蕾が開花したとて、どんな花が咲くのかは分からない。ただ、どこか湿り気を帯びて、ぬらぬらと粘液に覆われているらしい姿は……既に、有り余るほどに不気味なだけだった。


「そうですか〜。なら、いいんですけど。でも、グラディウスにパワーアップしてもらうには、質の良い悪意を集めることが大事なんですよねぇ? グラディウスが満足できるレベルの悪意がないだなんて……今の人間界って、そんなに平和なんでしたっけ?」

「以前よりは平和なのであろう。魔界から放出される瘴気も減っているようだし、何より、霊樹ユグドラシルが復活したのだ。世界はますます正常な魔力に満ち、人間達の生活が豊かになっていくのは間違いない。だからこそ、瘴気の種を蒔こうと、お前を外界に遣わしたが……現代の天使共には、悪魔が付いている。瘴気に弱いはずの天使が耐性を持ち始めた以上、あまり迂闊なことはできんな。お前まで失うわけには、いかぬ」

「タ、タケハヤ様ぁ〜……!」


 殊の外嬉しいことを言われて、バルドルがグズっと白鱗の鼻先を鳴らす。そうして永久永劫に付いていきますと、尻尾を振って彼に絶対の忠誠を誓うが。そんなバルドルの無邪気な姿を一瞥し、対するヴェグタムルはどことなしか興味なさげな様子である。

 それもそのはず……彼はこっそりと、成功していたのだ。まだまだ不完全とは言え……別の世界から、それらしい魂を呼び出すことに。


(異空間を移動してもなお、輝きを失わないともなれば……やはり、例の世界の魂は相当に鬱屈していると見える。残念ながら、記憶は失っているようだが。この調子であれば……)


 いずれ、古代の英雄に調和を齎す賢者が現れるかも知れない。

 ヴェグタムルが知る世界の知識だけでは、クシヒメを本当の意味で復活させることは不可能だ。無論、美しさを望むだけならば、クシヒメに固執する必要はない。確かに、かつての英雄だった頃はヴェグタムルは「個人的にも」彼女に傾倒していた。だが……今の彼が持ち得ている理由は、それだけでは済まされない。


(クシヒメさえいれば、私はかつての力を取り戻すことができる……! 本当に……お前は何もかもが愛おしくて、憎らしい)


 クシヒメの心は自分にあるとばかり思っていた、かつての英雄・タケハヤにとって……彼女の心が自分ではなく、あろうことか龍神にあると知れたことは、計り知れない屈辱を彼の脳裏に刻み込む。実際には、クシヒメは巫女達と共に龍神と穏やかに暮らしていただけであり、その暮らしを邪魔したのがタケハヤ率いる英雄達の群れではあったのだが。……その裏事情をタケハヤが知ることは、未だない。


 有り体に言えば、それは醜い横恋慕。

 当時の英雄は非常に傲慢で……愚かだった。思ひ人は龍神に誑かされているのだと決めつけると、龍神を殺しさえすれば、自分の腕の中にクシヒメ達が「戻ってくる」と信じていた。だが……結果は、散々だった。

 クシヒメを始めとする巫女達は龍神の味方をし、英雄達に抵抗し始めたのだ。しかも、龍神にかけられているとばかり思っていたクシヒメの封印は、実際にはかけられておらず……思う存分力を振るう龍神の怒りを前に、タケハヤ達は屈するしかなかった。伝説の武器を持ってしても、破邪の鏡を掲げたとしても。古の龍神の前には無力であったし……何より、当時のタケハヤは知らなかったのだ。大いなる龍神の力の源が、「人間の悪しき感情」そのものだったという事を。

 そうして、「主犯格」だったタケハヤは本来は龍神に施されるはずの封印術を、その身に受けることになる。5人の巫女に囲まれても尚、激しく抵抗し……彼女達を斬り伏せる事に成功したものの。最後の最後まで最奥のクシヒメには彼の刃も、思いも、届くことはなかった。


(昔の私に、もっと知識があったのなら……あぁも、無様な負け方はしなかったのかも知れぬ……)


 しかしながら、全ては既に終わったこと。最高位の巫女であったクシヒメさえも、こちらの世界では弱者でしかなかった。ゴラニアの神に大敗を喫し、悪意を晒したとあらば……今の彼女こそ、ヴェグタムルに相応しいとさえ、思える。互いに悪意を持ち寄る者同士。……今度こそ、分かり合える気がする。


(待っていろ、クシヒメ。我が手にお前の魂がある以上……我が伴侶に相応しい姿で、復活させてやる。そして、その暁に……)


 理想世界の神となる。龍神を倒し、姫巫女を娶り、神話の神になる。かつての夢を捨てきれない、英雄の成れの果ては……別天地で尚、牙を研ぐことを忘れようとはしなかった。

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