Ep-11 厄介事が起こりそうな気配
無事にルシエルとご帰還されたリッテルと再会し。ナイーブな真祖様は、律儀にも魔界に一旦帰ると言い出した。別に一泊くらいは泊まっていっても、こちらは一向に構わないのだけど。……彼は彼で、お嫁さんと2人きりの時間をゆっくりと過ごしたいのだろう。
(ま、俺もその気持ちはよく分かる。……静かな夜にお喋りするのも、夫婦の醍醐味だよな)
面倒見のいい真祖様はきっちり、小悪魔ちゃん達を手際も鮮やかに全員引き上げていく。まだまだお眠な彼らが2人のお時間を邪魔するとも思えないし、なんだかんだでマモン本人も小悪魔ちゃん達を心配しているらしい。時折、腕の中でむにゃむにゃ言っているお子様達をあやしながらため息をついている様は、一端のパパそのものな訳で。
「そんじゃ、今日もお世話になりました……っと。お疲れさん」
「おぅ、お疲れ。そう言えば……マモン達は明日もカーヴェラに行くんだっけ?」
「一応な。知り合いへの報告もあるし、何より……」
「うふふ、そうよね。あの絵を早く美術館に飾りたいものね。ねっ、グリード様★」
「……だから、俺を怪盗扱いするのはヤメロ。色々とムズムズする」
相変わらずの調子で、リッテルに囃されて。マモンがプクッと頬を膨らませながらも、ヨルムゲートを展開している。……それでも、小悪魔ちゃん達を抱えた腕に抱きつかれても文句を言わないのを見るに、そこまで怒っているわけではないらしい。
「それでは、ルシエル様にハーヴェン様。おやすみなさいませ」
「うん、おやすみ。また何かあったら、よろしくね」
ヨルムゲートの向こうに、2人の背中が消えた後。やってくるのは、しっとりと静かな夜長のみ。何かを期待しているらしい嫁さんの視線を受け止めながら、分かっていますとウィンクしてみる。
「色々と積もる話はあるけれど。まずは食事……だよな?」
「うん。……それでお願いできる?」
おぉう……相変わらず、ルシエルの上目遣いの威力は抜群だ。そんなお顔をされたら夕食からデザート、お休み前のお茶まで、喜んでお給仕しちゃう。
***
「そうか……ペラルゴさんとやら、相当にマズい状態だったんだな?」
「あぁ。かつて教会で行われていた精霊化実験とは、根本的に別物だったみたいでな。設備の流用こそあれ……ペラルゴは純粋な魔力ではなく、瘴気を定着させられるよう調整されていたようだ」
魔力ではなく、瘴気を……か。意思を持った魔力が精霊なら、意思を持った瘴気が魔禍だと、いつかの誰かが言っていたけれど。精霊と魔禍は似て非なるもの。精霊にはしっかりと魂に結びついた祝詞があるが、魔禍には本来、魂も祝詞もないとされている。
だが、俺が「手を繋いだ」魔禍達には確かに魂が乗っていた。バルドルは「彼らの悪意を利用しようと思った」といった趣旨の発言をしていたが。……残留思念ではなく、悪意そのものを流用しようともなれば、魂が残っていることも前提条件になる。
(……なんだろうな。折角、平和の兆しが見えて来たのに……また、厄介事が起こりそうな気配だな)
それでなくても、条件が厳しいとは言え……魂と意志を乗せた魔禍の発見例もあったし。
コトの発端は些細なことだったろう。元はと言えば、憂鬱の真祖が天使相手に紋章魔法を使ったことが、本当のきっかけだったように思う。そして……憂鬱の真祖・アケーディアが「新型の魔禍」を作ろうと、リルグを実験場に悪事を働いていたことがあったようで。その結果に、「意思を持つ魔禍」が誕生していたことも報告書に上がっていたらしい。
だけど、蓋を開けてみれば……「ヨフィ」はヨルムンガルドがあらかじめ「悪さ」をしていたせいで意図せず瘴気への耐性を持ち得ていたから、魔禍としての性質を持ちつつ意識を吹き返しただけで。彼女の芽吹きは、どこまでも偶然の産物でしかなく……他のリルグの住民は魂を全て残すこと叶わず、アケーディアに都合がいいように「魂の怨嗟」を人形に閉じ込めた魔法道具として利用されていたのだとか。
「……うん? だとすると……」
「どうした、ハーヴェン」
「あぁ……ほれ、お前達側の報告書にリルグの実験の件もあったろ? それで、さ。アケーディアが魂の怨嗟を使った魔法道具を作っていたのと同じように、バルドル達もそれらしいモノを作ろうとしていたのかな……なんて、思ってさ」
「なるほど……! それは一理あるかも。機神族の成り立ちを考えれば、彼らは魔力以上に瘴気の受け皿になることも可能だろう。彼らの本体を形作っている魔法道具素材は、魔力との親和性も非常に高いのがセオリーだ。そして、それはつまり……瘴気との親和性が高いことも意味している」
そうして、ルシエルが当て推量なりにポツポツと「可能性」について言葉を続ける。
天使や悪魔、機神族以外の精霊達は皆、魂に紐づく祝詞と自由意志を持ち合わせている。だが、一方で……機神族達には純然たる自由意志は存在しないとかで、自我を持ち得るのは基本的には機神王と特別仕様の機神族のみなのだそうだ。精霊への昇華の段階で利用者の意思が宿ることもあるが、ローレライが制御するプログラム通りにしか動けない以上、彼らが規則外の行動を取ることはない。そして……そんな機神族には本来、明確な「悪意」は芽生えないものらしい。
もちろん、普通の精霊達と同じように機神族も固有の名前を持ち、天使達と名前込みの「全幅契約」を結ぶこともできる。だが、彼らの場合は突き詰めたところ、ローレライによってもたらされる「プログラムありきの思考回路」でイエスかノーかを演算しているとかで、互いにとって最適な選択肢を弾き出しているに過ぎないのだそうだ。
「それでも本来、機神族は最も天使に友好的な精霊だったのだがな……」
ポツリと悔しそうに呟く、ルシエル。おそらく彼女の渋面は、かのヴァルプスの離反を思い起こしてのものだろうな。
ヴァルプスの意思は結局、最後の最後まで「ローレライの使者」であり続けようとしたばかりか、ルシエルがプログラムを完遂するのを阻もうとしたらしい。この辺りの変質はおそらく、ローレライの変化に伴う「意思の変遷」によるものだろうと、神界では位置付けられているみたいだが。……きっと、ルシエルやラミュエルも本当はそうじゃないと、心のどこかで理解しているんだ。本当は……離反はヴァルプス自身の本意であり、彼女が改めて刻んだ「思い出」の果てに演算せしめた結果なのだと。
「……そうそう、言い忘れるところだった。俺が引き継いだ知識についても、きちんと報告しておかないと」
機神族の心の在り方を考えるのも、そこそこに。きちんとマスターには情報提供をしなければと、話題転換も兼ねて報告をしてみる。
大聖堂の祭壇の前で、悠長に繰り広げた「握手会」の結果。彼らは一律、最後まで信仰を捨てなかったリンドヘイム聖教信者であることまでは、分かったものの。バルドルが「悪意を利用する」と言っていた手前、彼らの信仰はやっぱり歪んでいたと思わざるを得ない。
「何か、目新しいものはあったか?」
「うん、それなりに。……どれが新しい知識なのか、俺も整理しきれていないけど。少なくとも、近代の大聖堂に関しては持ち前の知識じゃないだろうし……その辺は、今回の収穫分だと思う」
正直なところ……新しい知識と思われる記録は、かなり生臭いものだった。
リンドヘイム聖教はバルドルも言っていた通り、信仰(延いてはお布施収入)を担保していた勇者像を天使様(主にルシエル)に否定された事により、求心力を大幅に削がれていた。しかしながら高僧階級であればある程、不労所得の旨味を捨てることができず、二進も三進も行かない状態を打破しようと……たまたま施しを求めてやってきていた、ペラルゴの魔力反応に目をつけたらしい。
「だけど、ペラルゴさんの魔法能力にはどうも……ウラがあったみたいだな。器持ちであったのは間違いなさそうだが、魔法を仕込まれたのは教会に入ってからみたいだ」
「みたいだな。その内容であれば、証言とも一致する」
「証言?」
「あぁ。……ペラルゴがアッサリと白状したものだから、向こう側の内情もある程度は把握できている。因みにな。……ペラルゴはとりあえず、魔界で預かってもらうことになった」
「預かってもらう……って、誰に⁇」
「リヴァイアタンの配下が、発明の性能テストをしたいそうでな。……ラミュエル様経由で、そちらに預けることになった。魔界に送れば人間界で悪さもできんだろうし、丁度いいだろう」
……それってきっと、ザーハの所だよな……。確か、ザーハ自身はリッちゃん人形のクダリで、マモンにコッテリと絞られていた気がするけど。……まだ、懲りていなかったんだ……。
(それはともかくとして、今は……)
話を擦り合わせる方が先。そうしてルシエルと互いの情報を持ち寄り、話し込んでみるけれど。更に教会の現実が生々しさを帯びていくから、乗っけから頭が痛い。
話の概要からするに……バルドルが最初に接触を試みたのはペラルゴではなく、教会関係者だったこと。残った教会関係者のうち、現状トップだった司祭クラスがバルドルに唆された結果、まずは部下達が精霊化(魔禍化)実験の犠牲になったこと。そして、同じようにペラルゴも実験台にされたが……彼には魔力反応があったために、特別な鎧と「英雄の再誕」に準え、司教階級を与えられたこと。そうして……最後は音頭を取っていた司祭クラスの残党達は、野心と悪意とを剥き出しにしたペラルゴに利用され、逆に実験の餌食になった……と。
「……結局、人が残らなかったのだから、リンドヘイム聖教は今度こそ本当に終わりだな。しかし……バルドルを逃したことを考えると、まだ元凶の根は残っていると見るべきだろう」
「そう、だな。それに、新しい魔物が誕生した現実は変わらない。……これから、変なことが起こらなければいいけれど」
もしかしたら、今もどこかで「彼ら」は虎視眈々と狙っているのかも知れない。こちら側の世界を壊して、新しい自分達の世界を作り出すことを……。




