Ep-8 残念な方向にプッツンしちゃった
「そ、そうだ……私は、今や教会のトップ! つまりは、無敵……ムテキなんだぁぁぁ! 妻を返せぇぇ!」
「どうして、教会のトップと無敵がイコールなんだよ。つーか、鼻の下の長さは普通に戻しておけよ……」
バルドルの言葉に変な方向に鼓舞されたペラルゴさんと、彼を睥睨しながらやれやれとお手上げポーズを取る怪盗紳士様。あまりの妄想加減に、マモンの方は早々に冷めてしまったらしい。しかし……側から見れば、さも滑稽な寸劇にも映るけれど。状況は非常によろしくない。
迫り来るは残念な方向にプッツンしちゃったペラルゴさんと、ワラワラとにじり寄ってくる魔禍の群れ。魔禍に関しては、マモンの十六夜丸を頼ればなんとかなるかもしれないが。……そもそも、ペラルゴさんも含めて手遅れ感が充満しているのが、やるせない。
「あんの、腐れ機神族がッ! こうなったら、徹底的にスクラップにしてやる……!」
尚、ルシエルさんはバルドルをシメる方向にシフトしたままらしい。目の前の緊急事態に驚かないのも、大概だけど。臨戦態勢を崩すことなく、魔禍にさえも睨みを効かせる、その豪胆さと言ったら。清純そうなシスター姿とのギャップに、これはこれで残念な方向にクラクラしそう。
「とにかく、そこを退け! 私の行手を阻む者は、何人たりとも容赦はせん!」
「って、ちょっと、ルシエル! ストップ、ストップ! この感じだと……多分、バルドルは鮮やかにドロンした後だから! ここで強行突破は、マズイって!」
「あいぃ、そうでヤンす! 姐さん、落ち着くでヤンすよ! さっきの白いドラゴンはもう、近くに居ないでヤンスぅ!」
「クッ……! また、逃したか……!」
このままじゃ、まずは教会の皆さんが殲滅されてしまう。それはいかんだろうと、俺とコンタローとで待ったをかけて、ようやくルシエルさんの進撃が止まったが。ルシエルは意外と、沸点が低い時があるからなぁ……今はまだ話を聞いてくれるだけ、ありがたいと思うべきか。……フーフーは治っていないけど。
(しかし、最大のヒントがいなくなっちまったか。これは調査としても、結構な痛手だろうな……)
俺の鼻だけではなく、コンタローの鼻をもってしても匂いを辿れないとなると、既に彼は同じ空間から離脱していると考える方が自然だ。……微かでも空間的な繋がりのある場所であれば、魔界一の性能を誇るウコバクの鼻が逃すとも思えない。
(ウコバクの鼻は匂いが発生していた時間差まで、嗅ぎ分けられる。……リアルタイムでコンタローが追えないとなると、バルドルには完璧に逃げられたな)
トカゲの尻尾切り、ならぬ、ドラゴンの尻尾切り。お揃いのメタリックボディで残された、尻尾……ペラルゴさんの方は自分が負けるなんて、露にも思わないらしい。あんなにカッカしていたルシエルが落ち着いたのもあるだろうけれど、いよいよ狂った高笑いと一緒に突撃してくる。
「マモン! 行けるか!」
「あったり前だ! とりあえず、ペラルゴを抑え込むぞ! そんでもって……十六夜、出番だ! 出て来いッ!」
(おほほほほぉ! 呼びましたかえ、若!)
「あぁ、呼んでやったぞ。今回もご褒美を弾むから、力を貸しやがれ!」
(シャあぁぁぁッ! 我、頑張る! ご褒美のために頑張るッ!)
「……とうとう、俺のためでもなくなったか……」
あっ、うん。こっちも残念な感じでプッツンしているな。
「リッテルはとにかく、援護を頼む!」
「もちろんよ、任せてちょうだい!」
「えぇと、ルシエルもできれば援護に……」
「……分かっている。回復と防御は任せろ」
ルシエルの方は渋々と言った様子だが。リッテルが素直に援護に回ったのを、見習うべきだと思ったのだろう。フンスと鼻を鳴らしつつも、一歩後ろに下がる。そうして、俺とマモンとでペラルゴさん+魔禍の群れを相手する役回りになったが……。
(相変わらず、容赦ないな……十六夜丸の切れ味は)
マモンが軽く振るだけで、かなりの数の魔禍が一瞬で土塊へと崩れ落ちる。得物の方が奇声を上げているのを聞く限り、マモンのご機嫌はともかく……十六夜丸は絶好調らしい。
(こうも一方的と、やっぱり可哀想だよな。だけど、魔禍の方は諦めるしか……いや? そう言えば、人工エーテル溶剤の材料からするに……)
もしかして。魔禍の方は俺でも、なんとかできるかもしれない。それでなくても、彼らには戦意もあまり見えない。……むしろ、妖刀(変態)の襲撃(奇声&奇行)に怯えていると言った方が正しい。
「マモン、悪いんだけど……しばらく、ペラルゴさんを抑える方に集中していてくれないかな」
「えっ? ま、まぁ、そりゃ、構わないけど……。魔禍の方はもう助けようがないし……」
「……1つだけ、試させてくれないか。もしかしたら、魂だけは拾ってやれるかもしれない」
「お前さんがそう言うからには……何か秘策があるんだろうな。ま、ピンチになったら、遠慮なく言え。……そん時は、片っ端からぶった斬ってやっから」
すんなりと理解を示してくれたマモンに感謝しつつ。互いに頷き合って、それぞれのターゲットに向かって走り出す。人工エーテル溶剤の原材料が変わっていないのなら……まだ、間に合うかもしれない。
「とにかく……片っ端から、俺と握手! ほらほら、神父様に救って欲しい子はこっちにおいで」
人工エーテル溶剤の原料の片方、「魔禍の上澄み」は魔禍の元凶と成り果てたハミュエルさんの「煤」を混ぜ込んだものだった。元々は魔禍ではなく、実験対象に魔力を無理やり定着させるための液剤だったみたいだが……実際に人工エーテル溶剤を注ぎ込まれていたと思われる教徒の皆さんは、魔禍に成り果てている。そして、彼女の上澄から生み出された魔禍にはとある性質があって……。
(シェルデンさんの特異転生体である俺は、彼らの知識を預かることができる……!)
かつてのハミュエルさんからは「中にはただ怯えるだけで、牙を剥く者もいる」し、「既に血の味を覚えた者は、大人しく取り込まれるような従順さは忘れている」とも聞かされていたし、「何をどのくらい引き継いでいるのかは分からない」らしいが。あの時に俺の手を取った魔禍は「確かにそこにいた」という存在ごと俺の中に根付いていた。……どっちにしろ、死んじまうことに変わりはないけれど。魂ごとぶった斬られるよりは、遥かにマシだと思う。
(おっ……?)
どうやら、俺の説得が通じたらしい。気がつけば、差し出した掌に黒い手が乗っている。
「よっし、任せておけ。俺がきっちり、無念も悲嘆も受け止めてやるからな」
こうなってくると、神父の格好もお誂え向きかも。いわゆる戦闘中に、何を悠長に手を繋いでいるんだか……と、自分でも思うものの。本来、魔禍は臆病で好戦的ではないものらしい。ただ、血の匂いや痛みに反応するだけで。そういった彼らの「不安要素」さえなければ、手を取り合うことができるのだから……まずは平和な方法を試す方がいいに決まってる。