Ep-7 詭弁も程々にしておけ
「ルシエルちゃん、こっわ」。マモンが何気なく呟いた、嫁さんの評判はやっぱり現実だった。
「ウラあぁぁぁぁッ! この程度で我らに牙を剥こうなど……1000年早いわ!」
「ヒィッ⁉︎」
ボカン、バキン。大天使様の鉄拳が、金属を抉る音がする。
「ルシエル様の言う通りですわ! ふふふふ……私もチョキチョキしちゃいます!」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 待ちなさいって!」
チョキン、ジャキン。天使様の大鋏が、金属を刻む音がする。
え〜と……これは、あれかな? ペラルゴさんを2人がかりで採掘するつもりなのかな? だけど、どう見ても……救出する流れじゃなさそうだな。
ルシエルは勇ましさも上々と、拳で語り出したし。リッテルは気分も上々と、アリエルさんのハサミで伐採し始めたし。俺達旦那衆は出る幕さえ、与えてもらえなさそうだ。しかも……。
「……おい。逃げようたって、そうはいかないぞ。貴様には地獄の果てまで、ついて来てもらおうか……?」
「ひゃっ⁉︎ そ、そんなぁ! バルちゃんは、ただぁ……リンドヘイムの皆さんが困っていたから、手助けしただけなんですぅ〜!」
相手が子供の姿だろうと、ルシエルさんは容赦しない。心なしか、嫁さんの周囲から不穏な効果音が聞こえる気がする。
(あいぃ……姐さん達、とっても怖いでヤンす……!)
(あっ、コンタロー。別に怯えなくてもいいから……は無理だよなぁ。だって……俺も怖いもん)
(……俺もハーヴェンに同じ。しかし……あぁ、あぁ。リッテルもあんなに暴れて……)
だけど、どうしようかな。このままだとラディウス天使もろとも、ペラルゴさんが討伐されてしまう。千切っては投げ、千切って投げ……を繰り返されて、ラディウス天使が二回りほど小さくなった頃。内部から恐怖に怯えて、小鹿のようにプルプル震えているペラルゴさんが姿を現す。
(あっ。やっぱり、ペラルゴさんはラディウス天使の中にいたのか……)
分厚いガラスのような球体の中でさえ、嫁さん2名にかかれば安全地帯とは言えない。あぁ、あぁ、お可哀想に。ペラルゴさん……とうとう、中で泣き出しちゃってるし。まぁ……ルシエルのあの形相じゃ、泣くなって方が無理かも知れない。
(しかし……この匂い、どこかで嗅いだことがあるような……?)
ペラルゴさんが切り離したチューブから漏れている、この匂い……そうそう、思い出した。いつかの時より、香りはマイルドだが。これは間違いなく「人工エーテル溶剤」とやらの匂いだ。確か、ギノもこれのせいで中途半端にデミエレメントになったんだよなぁ……って、もしかして。ここで人工エーテル溶剤が出てくるとなると、バルドルがさっき言っていた「定着」の意味は……?
「ペラルゴさん、悪いことは言わない! すぐにそいつから出るんだ!」
「ど、どうしたよ、ハーヴェン?」
「あのチューブから漏れているのは、人工エーテル溶剤って言う特殊な液体で。人間を無理やり精霊化するために使われていた劇薬なんだよ。そんな物が流れているチューブが繋がれていたって事は……」
「もっちろん、皆さんを助けるためですよ〜?」
「えっ?」
ペラルゴさんは「実験台」にされているんだ……と、俺が言おうとしたのを制して。間延びしたバルドルの声が響いてくる。だけど、さっきまで男の子だったはずのバルドルはちょっと禍々しい感じの白竜に変化しており、ギロリと牙が並ぶ口元で器用にニヤリと笑って見せる。
「あぁ、そうそう。……今のペラルゴさんには、何を言っても無駄ですよ? 彼はもう、現実と妄想の区別が付かなくなっているんです。とっても素敵な感じで、妄想と現実のいいところ取りをして、欲望を剥き出しにしているんですよぅ。だけど……うん、やっぱり微妙でしたねぇ。ちょっと魔力を発現しただけの人間じゃ、バルちゃん達の仲間になるのは、難しいみたいですぅ〜。しかも……あぁ〜、あぁ。他の皆さんも、失敗しちゃったみたいです……」
どこまでも他人事を装う口調で、そんな事を吐き捨てながら。バルドルがフワリと飛び上がる。そうして、何かに失敗したらしい「他の皆さん」もワラワラと奥からやって来たが。……彼らは既に、人の形を成していなかった。
「これは、まさか……」
「あっ、そっちの神父様は分かります?」
「……無理やり精霊化させるにしても、随分と趣味が悪いな。精霊じゃなくて魔禍に仕立てるなんて、どうかしている」
「だって、仕方ないじゃないですかぁ。彼らの悪意、利用できると思ったんですけど……気持ちの強さも中途半端すぎるし、ペラルゴさん以外は魔法も使えなくて、意識を保つこともできないし。こうなちゃったのは、バルちゃんのせいじゃないですぅ」
何がどう、仕方ないんだ? ヘラリヘラリと言い訳を流暢に並べる、バルドルだが……「彼の言い分」に俺の答えは見当たらない。彼が言うことには、この状態はリンドヘイムの教徒もペラルゴさん自身も「望んだこと」なのだそうだが……。
「大体、天使様達が悪いんですよ〜? せーっかく、リンドヘイムの皆さんは天使様を信じていたのに、裏切るような真似をするんですから。知ってました? 教徒が激減しちゃったものですから、ここの人達はお布施ももらえなくなって、みーんな餓死寸前だったんですよ?」
「それがどうした? そもそも、我ら神界はリンドヘイムの信仰を公式に受け入れていた訳ではないぞ。勝手に天使信仰を流布し、勝手に天使の存在を都合よく使っていただけだ。我らはそれを正しただけに過ぎん。……詭弁も程々にしておけ」
ま、まぁ……突き放し方が冷たいと思うけれど、ルシエルの言い分はご尤も。
天使様達は今まで、積極的に人間の生活に介入してこなかった。それでなくても、俺と関わるまでの天使様はほぼほぼ全員、人間界の宗教やら文化やらに疎い傾向があったし……その事から考えても、オフィシャルで天使様達がリンドヘイムだけに特別な配慮を示すとも思えない。
それに、俺自身もリンドヘイムには勝手に「勇者」としての存在意義を悪用されていた手前、彼らにはあまりいい印象もなかったりする。少々、やり口は強引だったけど。悪魔のぬいぐるみが売れ残らない世界を作る……なる悪趣味な宣言もしっかりと叶えてくれたとなれば。リンドヘイムへの仕返しも含めて、嫁さんには頭が上がらない。
「あぅぅ……やっぱり、大天使・ルシエルは凶悪ですぅ〜! これだから、ご主人の計画が上手くいかないんじゃないですかぁ!」
「……ご主人? それって、まさか……」
「あっ、いっけなーい。これ以上は内緒ですぅ! とにかく……ペラルゴさん! 差し上げた力は有効活用してくださいね。最初に説明した通りあなたが望めば望む程、この世界はあなたの思い通りになるはずですからぁ」
ルシエルに恐れを成した……の割には、軽やかな反応だが。不穏な事を言い残しつつ、バルドルは戦線離脱を決め込んだらしい。あらかじめ仕込まれていたらしい転移魔法を展開すると、無責任にもペラルゴさんを置き去りにして、スタコラサッサと逃げ出した。
「それじゃ……後はよろしくなのです!」
「待てっ! 貴様には、まだまだ聞きたいことが……」
「待てと言われて、待つバカはいませんってぇ。ふふ……たっぷりと、ペラルゴさんの夢に付き合ってあげてください〜」
いやいや、そんなものには断じてお付き合いしたくないぞ。しかし……今はそうも言ってられないか。バルドルの意図するところは結局、分からず終いだけど。……彼の言葉を真に受けたらしいペラルゴさんは涙目から一転、今度は鼻の下をビヨーンと伸ばしていた。これは2つの意味で、早急に止めないと不味そうだ。
(ペラルゴさんの状態が良くないのもあるけど……あぁ、あぁ。旦那様の前でそんな顔をしちゃ、ダメだろうに……)
自分に浴びせられる熱視線(間違いなく下品なヤツ)に怯えるリッテルを、サッと背後に庇いつつ。マモンがマスク越しに、ペラルゴさんを睨みつけている。マモンの事だから、最終目標も忘れていないだろうから……命までは取らないと思うけど。確実に痛い目に遭わせるつもりだろうな、これは。