Ep−5 日常のスパイス
ここは、アーチェッタのリンドヘイム総本山教区。ルシエルさん&リッテルさんの暴走は、いつもながらにノンストップ状態。いつの間にか出されていた予告状の影響もそこそこに、あれよあれよと言う間に連れ出されて……俺はマモンと一緒に、いつかの時にも見下ろしていた大聖堂を拝んでいた。しかし、やっぱり雑多な不安が拭えない。だって、思ったよりも静かすぎるんだもん。アーチェッタが。
「ハーヴェンはこの静けさ……どう見る?」
「予告状効果で警戒されている……だけなら、いいけどな。この感じは警戒されているなんて、生易しいものじゃないだろう」
「……だよなぁ。なーんか、変な魔力が漂っているし」
怪盗紳士様のお姿で、マモンがふぅむと唸る。顎に手にやり、真剣に考えている様子だが……だけど、な。そんな風に、いかにもな動きはしない方がいいと思うんだ。だって……ほら。
「うふふふ……! やっぱり、素敵……! 素敵すぎるわ、グリちゃん! 悩んでいる姿も、アンニュイでとってもセクシー……!」
「えぇと、ハーヴェン……」
「大丈夫。俺は気にしていないから。それに……俺も同じような境遇だし」
「うん……そう、だな」
因みに……俺はルシエルさんプレゼンツにより、神父姿での参戦になってしまった。マモンよりはかなり軽傷とは言え、白いローブは目立つことこの上ない。……これはいっそ、ルシエルの戦略なのかも知れない……。
「ま、とにかく……だ。ここでウンウン悩んでても、仕方ないだろ。俺達であれば、なんとかなるだろうし……そろそろ、行くか」
「それもそうだな。……ルシエル、準備はいいか?」
「もちろん! 何のために、こんな格好をしていると思っているんだ。早く行くぞ」
「おぉう……」
なお、ルシエルさんも俺とお揃いで、リンドヘイム風味な変装をしている。純白のローブに、ちょっぴりジトッとした目つき。今のルシエルはいつかの似合いすぎていて、逆に怖かったシスター姿なんだけど。今夜は似合っている、似合っていない以前に……物騒な宣言もしていた手前、直接的な意味でも恐ろしい。
「俺達も行くぞ。しかし……なぁ、リッテル。……そのケバケバしい格好、どうにかならないのか?」
「まぁ! これのどこがケバケバしいって言うの⁉︎ この位の方が、身軽でとっても動きやすいのよ!」
「そ、そうか……」
マモンとお揃いの仮面を着けている……までは良かったんだけど。リッテルは何を血迷ったのか、真っ赤で刺激的なドレスを着込んでいる。妙に前部分の丈が短い衣装なもんだから、生足の脚線美が異常なまでに眩しい。しかも……。
「あいぃ! 本物の怪盗紳士に、怪傑・クリムゾンでヤンす〜!」
「あっ、後でサインをお願いします!」
「うふふ、もちろん! 喜んで、サインしちゃうわ」
「おぉ〜!」
はい、そこ。リッテルさんのエンジンに、余計な油を注がないの。全く……ウチのモフモフズは、揃いも揃ってグリードフリークなんだから。変にはしゃがれると、申し訳ない気分で一杯だ。少しは、大人しくしているマモンさん家の小悪魔ちゃんを見習いなさい。……まぁ、彼らの場合は多分、見慣れ過ぎていていちいち反応しないだけな気がするが。
「え〜と、それで、だな。……モニタリング役はマディエルと、ラディエルにお願いすれば、オーケイ?」
「はいぃ! お任せくださいぃ! ラディちゃんも一緒に頑張りましょうねぇ」
「うん、私も大丈夫。ルシエル様や皆さんも……心配せずに行ってきて」
今回はリッテルが調査の同行をゴリ押ししてきたため、例のピーピング用モニタでのフォロー役は「記録係」のマディエルが引き受けてくれることになったらしい。それで、ラディエルはサンドスニーキング発動中のマディエルの補佐……兼・ストッパー役だろうな、これは。何かとテンションが上がりがちな天使様の群れの中でも、冷静なラディエルが殊の外、頼もしい。しかし……。
(ラディエルは生まれたての天使だったはずなんだけど。……幼児よりも精神年齢が下って、どういう事なんだろう……?)
その辺は忘れておくか……。それでなくても、ハンナにダウジャ、小悪魔ちゃん達も天使様に馴染んでは、楽しそうにしているし。最近の平和続きで、ちょっぴり退屈だったもんな。今回の騒動はちょっとした日常のスパイスなんだと、割り切っておこう。
***
「……意外とアッサリと入り込めたな」
「あぁ。だけど……ここまで人気がないのは、やっぱり不自然だよな」
聖堂のお向かいで、騒ぐのもそこそこに。先発調査も兼ねて、堂々と正面玄関から潜入してみるものの。廃れ具合を心配してしまう程に静まり返った聖堂は、不気味以外の何物でもない。
「ところで、コンタロー。変な匂いは感じるか?」
「あふ。今の所、変な匂いはなさそうでヤンす。……ただ、変な音はするですが……」
「変な音?」
神父姿を強要されている手前、化けた姿での嗅覚と聴覚の稼働は限界がある。だからこそ、こうしてコンタローにもフンフンと頑張ってもらっていたのだけど。コンタローは鼻だけではなく、耳もバッチリ優秀。彼曰く……俺達が潜入した後、床下からキュリキュリと不穏な稼働音が聞こえてくるようになったらしい。
「と、言うことは……」
「勘付かれているのだろうな、きっと。予告状も出してあったし、当然と言えば当然なんだけど」
それ……当然で片付けていい内容じゃない気がするが。全く、余計な事をして……。
「因みに……リッテル。予告状の周囲は今、どんな感じか分かる?」
「少し、お待ちください。ちょっと、音声を拾ってみますね。……一粒の砂礫に思いを留め我が耳となれ、我は空間の告発者なり! サンドスニーキング!」
あっ。余計な事だなんて言って、ゴメンナサイ。どうやら、嫁さん達はちゃっかりと予告状に小細工を仕込んでいた様子。リッテルがサンドスニーキングを発動していることからも、媒介の砂も紛れ込ませていたみたいだ。
「……何となく、状況が把握できました。この大聖堂には、かつての天使が残した魔法道具があるようです。そして、その道具で……新しい天使様を呼び出すのだと、彼らは言っていますわ」
「新しい天使……だって?」
さして待たされることもなく、リッテルが盗聴結果を報告してくれるが。「彼ら」がやろうとしている事があまりに突拍子もなさ過ぎて、大丈夫なんだろうかと逆に心配になってしまう。……人間が天使を召喚って。いくら魔法が復活しつつあったとしても、身の程知らずもいいところだろうに……。
「えぇ。彼らがどんな天使を呼び出すつもりなのかは、定かではありませんが……先程、必要な魔力回路の構築はできたなんて、言っていましたよ。それで……」
「それで?」
「……天使召喚には、あのバルドルちゃんが絡んでいるようです」
しかし、更に続くリッテルのお言葉に、意外な登場人物が紛れ込んでいるもんだから。一気に荒唐無稽な「天使召喚」が現実味を帯びてくる。もしかして、彼らが呼び出そうとしているのは……。
「ここでバルドルが出てくるとなると、対象は機神族絡みの天使なのかも知れないな。……残念なことに、グラディウスの苗はかのヴェグタムルなる老人が持ち出している可能性が高い。どこかの仮想空間で、グラディウスが稼働している可能性を考えた方が自然だろう」
「あぁ、そう言や……そんな話もあったな。そんでもって、バルドルも行方知れず……だったっけ?」
アケーディアがいくら必死に探しても、最後の最後までバルドルは見つからなかった……という顛末は、記憶に新しい。グラディウスに食らい付いていた鎖の残骸を漁っても、彼の「遺品」は発見できなかった。
グラディウス崩落と同時に、ルシファー2号は壊れてしまったようだが、彼女は最初から魔法道具として「そういう風に作られていた」ので(悲しい事だが)それが自然な成り行きなのだとか。彼女の残骸もきっちり回収しながら、ベルゼブブがそんな事を寂しそうに呟いていたが……製作者がそう言っている以上、彼女の扱いについては誤解もないだろう。
しかしながら、バルドルはグラディウスとダンタリオンの魔法とを結びつける「中継点」として協力してくれていたとは言え、彼自身は歴とした機神族……つまり、精霊扱いになる。グラディウス崩落に巻き込まれそうになったらば、自分の意思で逃げ出せばいいだけのこと。ルシファー2号と違って、彼にはグラディウスにくっついていなければならないという、縛りはなかったはずだ。それなのに、彼は忽然と姿を消した。……壊れてしまった痕跡1つ、残さずに。
(……もしかして、バルドルには最初から別の役割が用意されていたのか……?)
なんだろうな。意外と根が深い気がするぞ、今回の調査。発端はとある大貴族様のお願いだったはずなのに……妙なことに巻き込まれたな、これは。




