Ep−4 折角ですから、予告状を出してみましょう!
「……って、事があって……」
「そうだったんだ……そいつは、マモンも大変だったな……」
「うん……とっても、大変だった……!」
えぇ〜……今、俺はルシエルちゃんのお屋敷にお邪魔しています。そんでもって、何故かハーヴェンに慰めてもらっています。
ホーテンさんにお伝えしていた「アーチェッタに詳しい奴」……は他でもない、ハーヴェンの事なんだけど。マルディーンさんのお店に様子を見に行ったついでに、合流した流れでそのままお屋敷にお招きいただいて。涙ながらに事情をお話しすれば……同情と同時に協力も申し出てくれるから、別の涙が溢れちまいそうだ。
「しかし、あの様子だと……ハーヴェンも大忙しだったみたいだな? サインとか、強請られたりして……」
「あぁ……。皆さんがフレンドリーなのはいい事だし、ミカエリスさんの小説も即完売だったのは、良かったんだけど。俺の方は握手とサインに大忙しで、肝心の中身はまだ確認できていないんだよな……」
「それはそれは、ご苦労様でござんした……」
因みに……嫁さんとクソガキ共はハーヴェンさん家の面々と馴染みに馴染んで、世間話に花を咲かせている。リッテルはルシエルちゃんと結託して、何やら不穏な空気を醸し出しているし。クソガキ共はモフモフ同士でつるんでは、デザートをうまうまとやりつつ、幸せそうにしていやがるし。誰も俺とハーヴェンが深刻な話をしている事に、気付きゃしねー。……どうなってんだよ、ホント。
「しかし……本当にやるのか? 絵を盗むなんて、それこそ怪盗紳士さながらじゃないか」
「いや、絵を手に入れるのはついでだ、ついで。俺自身は絵を盗もうなんて、思っちゃいねーよ。……リッテルを満足させるために、それらしい事をするだけで。……基本的には商談を持ちかけるつもりだよ」
「ハハ……そっか、そっか。いかにも大商人のグリード様らしいな」
「……そいつはどうも」
怪盗紳士じゃなくて、大商人認定されているだけまだマシか……。こうなってくると、俺の理解者はハーヴェンだけな気がしてきた。天使の嫁さんによる苦労も分かち合えちゃうのは、冗談抜きでありがたい。
「それはさておき……司教かぁ。また、随分と大出世したんだな、そのぺラルゴさんっていうのは」
「あっ、そうか……ハーヴェンはリンドヘイムの元信者だったっけ。司教がどんなもんか、知ってるんだ?」
「うん、知ってる。よーく知ってるさ」
司教にもあんまりいい思い出はないけれど……なんて複雑な顔をしながら、ハーヴェンが続けてくれるところによると。やはり、「司教」というのは相当に偉い奴らしい。その抜擢が「大出世」なのは、大袈裟な話でもないっぽい。
「司教って言うのは、教皇以下の職位ではトップの階級でな。本来であれば表舞台に立たない教皇の代わりに、各教区の宗教拠点の運営や、司祭・助祭の任命権、果てはお布施の使い道……あっ、いや。経費出納なんかの最終決定権を持つ存在でさ。魔界流に言うと、教皇はヨルムツリー、大悪魔が司教……そんでもって、ナンバー2や上級悪魔は司祭、って感じかな? ……細かい所は、微妙に違う気がするが。基本的にリンドヘイムも縦割り組織だからな。教皇の中身が長らくウリエルさんだったのを考えると、人間が登れる範囲では最高位の職位だろう」
「ほぉ〜……人間の基準だと、俺達レベルの地位なんだ?」
「そんなもんだな」
しかし、乾いた口ぶりの割には、ハーヴェンには相当に気になることがあるらしい。いつになく険しい顔をしては、眉間に皺を寄せているんだが。
「……なんか、妙だな」
「えっ? 何が? 別に、たまたま司教とやらのポストに空きがあったからじゃないの? そんでもって、魔法が使えるようになったぺラルゴをとりあえず据えただけだろーさ。霊樹が復活したんだから、あり得ない話じゃないだろ」
「魔法に関しては、マモンの言う通りだろうな。だけど、何となくだが……完璧に部外者だったペラルゴさんを司教に迎え入れる時点で、教会側は相当に焦っている気がする。その上で、俺が一番気にしているのは、リンドヘイムには昔から天使様が一枚噛んでいた点でな。……転移装置が現代でも使えていたことを見ても、向こうには天使様絡みの魔力遺産が現役で残っていると見ていい。そんな中で、魔法を獲得した奴が出たなんてなったら……向こうの奴がどんな事をしでかすか……」
「あっ、そういう事……。つまりは、何か? この場合、ペラルゴが司教として悪さしている事よりも、生贄目的で利用されているかも知れないのが、ヤバいって事でオーケイ?」
「うん、それで合ってる。それでなくても、実際にアーチェッタ自体にはそこまで深い調査も入っていない。……嫁さん側も白い台座があった部屋は相当に調べたみたいだが、結局はあれだって転移魔法でボーラに移動しているしな。だから……据え置かれたアーチェッタ聖堂自体は調べ尽くしていないのが、現状だ」
言われてみれば、確かに。タルルトのお墓参りには2回も駆り出されたし、グランティアズ城とやらも相当人数で調査に出かけたりもしたが。なるほど。リンドヘイムの総本山には、まだ天使ちゃん達の魔の手は届いていなかったか。
「だからこそ、挑発して相手を焦らせれば、根こそぎ引きずり出せるかも知れない」
「うん? ルシエル……それって、どういう事?」
どうやら、途中から話を聞いていたらしい。いつの間にか、ルシエルちゃんが妙にしたり顔でハーヴェンの横に立っているが。……なんだろう。天使様のお口には似つかわしくないワードがあった気がするが……。
「ルシエル、挑発って……一体、何をする気なんだ?」
「さっき、リッテルと話をしていたのだが。マモン様は絵を盗みに入られる予定とか」
「いやいやいや、ちょっと待って! 俺にはそんな予定はございません! ただ、平和的に絵を譲ってほしーなー……なんて、思ってて……」
しっかり、ルシエルちゃんまで怪盗方面で誤解してるなし! 何を根回ししてくれてんだ、リッテルは!
「そうでしたか? まぁ……それはいいとして」
よくない、よくない、よくない! 何1つ、ちっともよくありません!
「折角ですから、予告状を出してみましょう! もちろん、神界側もしっかりとバックアップしますから、ご心配なく!」
「……既に心配しかありません……」
「アハハハ……マモン、頑張れ〜」
おい、コラ。ハーヴェンもこの期に及んで、他人事を装うなし。無責任にエールを送ってくるな。
「もちろん、ハーヴェンにも活躍の場を用意したから、安心して!」
しかし、ルシエルちゃん(多分、発案は嫁さん)プレゼンツの悪巧みには続きがあるようで。ハーヴェンもしっかり巻き込むつもりと見えて、あからさまに変な事を言い出したんだが。
「いや、俺は活躍の場はいらないんだけど……。それ、安心というよりは、不安しかないぞ……?」
「何を、腑抜けたことを言ってるんだ! ここはビシッと、伝説のエクソシストとして敏腕を奮うべきだろう!」
「はっ……はいぃぃぃ⁉︎」
「こうなったら、とことんリンドヘイム聖教をぶっ潰してやる! それはもう、再起不能なまでに! 完膚なきまでにッ‼︎」
……ルシエルちゃんって、本当に凶暴だよなー。気に入らない相手には、冗談抜きで容赦ないし。それでなくても、ペラルゴさんには彼女もいい印象がないんだろう。まとめて成敗してやると、今からフーフー息を荒げていらっしゃる。
(……えーと。ハーヴェン。もう色々と諦めて、一緒に頑張りますか……)
(あぁ……そう、だな。……こうなると、嫁さんの勢いはノンストップだし……)
(だよなぁ。……ここは1つ、俺達はご要望通りに活躍すると見せかけて……)
(うん、分かってる。天使様達が暴走しないように、それとなくリンドヘイムの皆さんを守る……だろ?)
(ご名答。今回はそっち方面で、俺達は結託しますか……)
(……うん、そうだな。ここは俺達が頑張るしかなさそうだ)
見れば、ルシエルちゃんはリッテルと一緒に「旦那様大活躍計画」なる、訳の分からない標語を掲げては、大盛り上がりしている。しかも、彼女達の足元ではハーヴェンさん家のモフモフと、ウチのクソガキ共も勢揃いしては一緒にはしゃいでいるし。……主役が計画に乗り遅れているのを、誰1人気遣いやしねー。
(あぁぁぁ……俺の平和は一体、どこにあるんだろう……?)




