Ep-2 ピュアなお付き合い
ハイハイ、皆様ご機嫌よう。本日も真逆の意味で、とってもゴキゲンなマモン様ですよ、っと。今日も今日とて、嫁さんにブンブンと振り回されています。朝から素敵に「おめかし」させられて、見事に胸元もフリフリです。
(もう、衣装についてはどうでもいいや……。とにかく、ホーテンさんの所に行くとするか……)
憤怒と怠惰の奴らが頑張ってくれた甲斐もあり、例の霊樹大戦(失笑)では人間界にそこまで深刻な被害は出ていなかったそうな。まぁ、グランディアが吐き出していた光弾が運悪く落ちたりして、壊滅した街もあったみたいだが……それこそ、魔界じゃ土地ごと罪人が吹っ飛ぶのは日常茶飯事だったし。正直なところ、この程度で済んでよかったな……が率直な感想だったりする。
(嫁さん達はそのせいで、しばらく大忙しだったみたいだが……)
それでも、1ヶ月も経てばだいぶ落ち着くものがあるらしい。ようやく人間界も、ジワジワとやってきた平和を謳歌するまでに至っている。しかも魔法の復活という、一波乱も二波乱もありそうなおまけ付き。じきに魔法を使える人間も出てくるだろうし、そうなったら、天使の皆さんはもちろんの事……俺達にも変なお役目が回ってきそうだ。
(ま、そんな事を気に病んでいたって仕方ないか。今は、平和のおこぼれを与るに限る)
そんなこんなで、所用(主に孤児院関連)でちょこちょこカーヴェラに出向いていた折に……カーヴェラの大物貴族・ホーテンさんからちょっとしたご相談を持ちかけられまして。きっと、俺が「ルルシアナパス」を最大限に有効活用して、足繁く美術館に入り浸っていたのが耳に入ったのだろう。ホーテンさんは俺がアートに興味津々な事を把握したついでに……何故か、美術館を譲ってくれるという話になったのだけど。
「しっかし、なぁ……いくら後継者がいないからって、美術館を丸ごと明け渡すか? フツー……」
「いいじゃない、譲って下さると言うのなら。うふふ……これからは怪盗紳士だけじゃなくて、美術館長の肩書きも増えちゃうのね! もぅ、渋いインテリ加減にますます磨きがかかっちゃうじゃない!」
「元々、俺には渋いインテリ要素はなかった気がするけど……?」
「パパ、インテリ!」
「インテリジェンス!」
「そんでもって、フリフリでしゅ!」
「ダァ! お前らはちょっと黙っとけ!」
相変わらずブレねーな、嫁さんもクソガキ共も。揃いも揃って、変な方向に俺の設定を盛るなし。
足元で騒ぐ小悪魔と戯れている横で、元凶の嫁さんはいつもながらにゴキゲンでニッコニコ。俺が「今後の事」にまで頭を悩ませていると言うのに、当事者側はノホホンとしていやがる。本当にこんな調子で大丈夫なのかな、神界は……。
「と言いつつ……着いたな。ホーテンさんもだが、ジャーノンも元気かなぁ?」
賑やかに騒ぐのもそこそこに、相変わらずご立派な豪邸のノッカーをカンカンとやってみると。やっぱり、いつかのようにメイドさんがお出迎えしてくれる。もうここまで来ると、顔見知りもいい所なんだろう。満面の笑みでご挨拶された後、さぁさどうぞとばかりに、警戒心の一欠片もなく応接間に案内されてしまう。
(もう悪魔らしいとか、威厳が足りないとかは諦めるか……)
人間相手に怖がられない時点で、いよいよ終わってるなー……俺。でも今更、存在感やら威圧感やらを取り戻せるとも思えないし、ここまで来たら「へーわなゆーしゃ悪魔(By孤児院の子供達)」のお仲間って事にしておくか……。非常に不本意だが。
「あっ、そう言や……今日はミカエリスの問題作発売日だったっけ……?」
へーわなゆーしゃ悪魔で思い出した。そうそう、今日は例の暴露本の発売日じゃん。
「そうでした! ふふ……後でマルディーン様の所にもお邪魔しましょうか?」
「……だな。様子を見に行った方がいいだろうな、一応」
色々と心配だしな。もちろん、問題作の売れ行きの方じゃなくて、ミカエリスと天使様達のテンションの方が。
聞けば、初版は自費出版になったそうで、販売数も100冊程度に限られてしまうとのこと。それなのに、あいつはマルディーンさんのお店を一時的に間借りする事にしたそうで……作者ごとご厄介になっているらしい。これは確実にご迷惑をおかけするパターンだろう。
常識がすっぽ抜けている暴露本の作者に、問題作には一律目がない天使様達の群れ。しかも、ルシエルちゃんの大々的な「お墨付き」があったせいで、カーヴェラでも既に認知度も高いとなれば……こじんまりとした本屋の店先に並べる程度では、冊数も場所も足りない気がする。なんで、こう……悪条件がバッチリ揃い踏みしちまうんだろう?
「……パパ、大丈夫です?」
「うん、まぁ……それなりに大丈夫じゃない」
「そんなにミカエリスしゃまが心配なのでしゅ?」
「ここまで不安要素しかない状況で、心配しない方がおかしいだろ」
「あぅぅ……確かに……」
「あのミカエリスさんを野放しにするの、マズイと思うです!」
「だろ?」
最近はクソガキ共は物分かりが良くて、助かるなー。嫁さんはちーっとも、この危機的状況を理解してねーし。しかも、更に波乱を招きそうな追加情報をくれちゃったりするもんだから……俺の頭、そろそろパンクしそうなんですけど。
「そうそう、今日は特別ゲストでハーヴェン様もいらっしゃるんですって! ルシエル様が、何が何でも悪魔の印象を抜群にグッドな感じにするんだって、張り切っていたわ」
「そ、そうか……」
抜群にグッド? ……その語呂の悪さに、目眩を覚えるのは俺だけなんだろうか……。それに、意外とルシエルちゃんも強引だからなぁ。きっと、ずーりずりと引き摺り出されちまったんだろうなー。ハーヴェンもお気の毒に……。
「お待たせして申し訳ございません、マモン様」
俺がぐーるぐると、不安要素とお悔やみを頭の中で回していると。いつもながらにパリッとしたスーツ姿のジャーノンがまずは姿を現す。この様子だと……ご隠居さん一味も無事だったみたいだな。
「あいよ、待たせてもらってまーす。別にそんなに待っちゃいないから、気にすんな。とりあえず、お前さんも元気そうで安心したよ」
「えぇ、お陰様で。もちろん、ご隠居も元気ですよ」
そりゃ、何よりだ。美術館を丸ごとくれるだなんて言い出されて、身辺整理やら、終活方面の心配もしちまったじゃないか。ジャーノンの弁明によると、どうやらご隠居様は葉巻をちょいとやってから、こちらにいらっしゃるらしい。その方が緊張も解れて、自然に対応できるようになるんだとか。
(葉巻、かぁ……。それこそ渋〜い感じがするし、いっちょ挑戦してみようかなぁ……)
でも、あれって結構、煙いんだよな。俺自身は本性がネコ科の動物なせいか、あぁいう煙がムンムンされると、喘息気味になるんだよなぁ……。クールダンディ成分は他の要素で盛るしかないか。
「それはそうと……ジャーノンさん!」
「は、はい。どうしましたか、リッテル様」
「うふふ……アーニャさんとは、上手くいってます?」
そんな風に、内心で俺のクールダンディ作戦が頓挫しかかっているところで……別方向に前のめりな嫁さんが、プライベートも根こそぎ無視した質問をぶっかけているが。……待て待て、リッテルよ。何故ここで、それを聞く?
「え、えぇと……そ、それなりに……」
「まぁ、それなりにって、具体的にはどんな感じですの⁉︎」
「そうですね……有体に言えば、一般的な恋人の関係だと思いますよ。一緒に食事に行ったり、買い物に行ったりと、会う機会もきちんと作っていますし。互いに節度をもって、大人の付き合いをしている……といった感じでしょうか」
「キャー! 素敵ッ! 素敵ですッ! うふふふふ……! そういうピュアなお付き合いもいいわね……! ……じゅるり」
本当にごめんな、ジャーノン。嫁さんのクダラナイ暴走に付き合わせて。それなのに……嫁さんの勢いに飲まれず、真面目に答えてくれて助かるよ。
そんでもって、リッテルさん。今、じゅるりって言いました? じゅるりって……言いましたよね⁉︎ ムフフ顔で怪しげなヨダレ、垂らさないで下さい。獲物を狙うような眼差しで、こっちを見ないで下さい……!
(こ、これはもしかして……)
朝っぱらから振り回されて、夜までガッツリお付き合いさせられるパターン……! どうやら、リッテルさんの辞書に「節度をもって」なーんて貞淑は存在しないご様子。この場合はアーニャの方がよっぽど、淑女っぽいぞ……。色欲の悪魔以上にハメを外す天使って、神界的にはセーフなんだろうか?