Ep-1 物騒な事を言うもんじゃありません
「ふふふ……ハーヴェン! とうとう、あの絵本を燃やし尽くす時が来たぞ!」
「……朝から、物騒な事を言わないの。ほれ、とにかく座った、座った。朝飯、食うだろ?」
「もちろん!」
あの擦った揉んだから、もう1ヶ月も経つんだな……。そんでもって、あの「邪悪な計画」がしっかりと実っちまったか……。
ぼんやりと、緩やかに戻ってきた平穏な毎日を噛み締めつつ。今朝もお決まりのキッチンで、お決まりのお料理をして。そして……お決まりのように、嫁さんに美味しい朝ごはんを提供する。
しかし、今日はちょっとしたイベントがあることもあり、いつも以上にルシエルのテンションが高い。俺としては「大した事ない」と思っていたのだが、どうも大天使様に二言はない様子。彼女はちゃっかりと、いつかの宣言を叶えてしまったらしく……今日という日は、ミカエリスさんメイドの超問題作・『勇者と悪魔の真実』が世間様に放たれる日でもあるらしい。
「いや、俺は別に悪役のままでも良かったんだけど……」
「私はよくない! それでなくても、リンドヘイムは私達の存在を騙って、ありもしない威光を撒き散らしていたんだ。これを機に、徹底的に炎上させてやる……!」
「ドウドウ、ルシエル。だから、朝からそんなに物騒な事を言うもんじゃありません」
どんな相手だって、生きているのです。炎上させるだなんて、無慈悲なことは言っちゃダメです……なーんて、大天使様を諭してみても。肝心のルシエルさんは妙に納得されていないご様子。他のメンバーがまだやってこないのをいい事に、厚切りベーコンとチーズのホットサンドにガブガブと噛みつきながら、プンスコプンスコしている。
全く……いつもながらに、忙しないのだから。怒るのか、食べるのか、どっちかにしなさい。
「それにしても……これ、美味しいな。パンの表面はカリッとしているのに、中はモッチモチでたまらないかも……」
おっと、前言撤回。ルシエルさんの中ではやっぱり、お怒りよりも食欲が勝ったようだ。うんうん、これの美味しさに気づいてくるとは……流石、我が家きってのグルメさん。腹ペコ天使の異名は伊達じゃないな。
「あぁ、これな。知り合いのキュクロプスに頼んで、焼きサンドの専用道具を作ってもらってさ。ほら……これ。ホットサンドメーカー、って言うんだが……何を隠そう、ヤジェフ自慢の一品なんだ」
「そうだったんだ。……そう言えば、ヤジェフは元気にしているかな?」
結局、ギノとヤジェフの再会は叶っていないが……本人の強い希望でヤジェフは今、カーヴェラの鍛冶工房に身を寄せている。ヤジェフの人間界生活はまだまだ、滑り出しもいいところだが。思い出探しが軌道に乗ったら、ゆくゆくはギノにも会わせてやりたい。
(とは言え、焦りは禁物だ。……記憶を急に思い出すと、精神的に参っちまうこともあるみたいだし……)
先日のローレライ崩しの一幕で、怠惰部隊として参加していた折に、ヤジェフも人間界の空気に郷愁を感じたらしい。人間界で暮らせば「大切な事を思い出せるかも」……と、ベルフェゴールの了承も得て、かつて働いていた「元の店」に戻してもらったそうだ。もちろん、ヤジェフの契約主はギノと同じ大天使様……つまり、嫁さんなんだけど。なんだかんだで、面倒見のいいルシエルはヤジェフの境遇にも気をかけてくれていて。いつかはギノとの再会が果たせればいいなと微笑んでいる。
「おはようございま〜す、マスターに悪魔の旦那!」
「お、朝のお掃除、ご苦労様でした。ハンナにダウジャも朝飯、食うよな?」
「はい! 是非、頂きたいです!」
ルシエルがモキュモキュとホットサンドを頬張っている横に、ちょこんとケット・シーの2人も腰を下ろす。そんな彼らにも、自慢の専用道具で焼き上げたホットサンドを提供するが……あれ? そう言や、コンタローはどうしたんだろう? いつもなら、彼らと同じ頃合いでリビングにやってくるんだけど……。
「ところで、ハンナにダウジャ。コンタローはどうした?」
「あぁ、あいつはラディちゃんに付き添ってますぜ? 一緒にアリエルさんに水をあげてから行くって、言ってました」
ダウジャの返答に、コンタローは相変わらずなのだから……と、妙に納得してしまうが。いかにもお手伝いが好きな小悪魔らしい理由に、思わず苦笑いしてしまう。悪魔らしさの欠片もない、あまりの人畜無害さに脱力してしまうものの。きっと、ラディエル1人では神界式ジョウロが重たいかもしれないと、お供を買って出てくれたのだろう。
「そっか、そっか。それじゃ、あの子達の分もしっかりと用意しないとな」
晴れて正式な天使になったラディエルは、普段は嫁さんと一緒に神界へ出勤しているが……毎朝の習慣として、アリエルさんの苗木への水やりを欠かさずにしている様子。ルシエル曰く、霊樹には水やりは必要ないらしいんだけど……逆に、あげちゃいけないという訳でもなく。彼女が納得がいく形で「お留守番」ができればそれでいいと、アリエルさんのお世話はラディエルに一任していたりする。
(娘がいるって、こういう感じなのかな〜。それでなくても……)
ラディエルはルシエルにソックリだし。プリチーな養女を嫁さんとセットで可愛がらないなんて、俺にはあまりに難しすぎる。可愛い養女ちゃんのお願いは何でも叶えてあげちゃいたいのが、親心……ならぬ、養父ココロというもので。あの子が前向きに待っていられるのなら、うるさく口を出す必要もない。
「さて……と。そんじゃ、全員の朝食が済んだら、今日はカーヴェラにお出かけするぞ。ルシエルも、それでいい?」
「そうだな、それでいい。それでなくても、今日の主役はハーヴェンだ。何がなんでも、いてくれないと困る」
「おぉう……そういう事になっているのか……?」
俺が主役って。それでいいのか、神界の皆様は。そして、作者のミカエリスさんの立場はどうなるんだろう?
「それと……ハーヴェン」
「へいへい、ルシエルはホットサンドの追加……に、デザートをご所望で合ってる?」
「正解。……ふふふ、流石は私の旦那様。それで? 今朝のデザートは?」
……本当に、ルシエルは色々と要領が良くなったな。出会った頃は、ストレートに俺を立てることもなければ、欲しいモノをねだって来ることも……ニコリと微笑むこともなかったのに。こうしてさりげな〜く、俺を褒めつつ可愛くウキウキされたら……俺、朝からルシエルに陥落しそうだぞ。もう、大サービスでカスタードプリンをサーブしちゃう。
(兎にも角にも、今日はみんなでお出かけ……と。そう言や、エルノアとギノは元気かなぁ……)
カーヴェラにお出かけの日は、誰よりもウキウキと楽しそうにしていたエルノアだったけど。今じゃ、彼女は竜女帝様として竜王都の玉座に座っている。人間界に霊樹・オフィーリアが降誕してからというもの、竜界自体も人間界と同じ大陸に腰を落ち着ける事になったが……そこは、かつての聖域というもの。霊樹自体も含めて、呼ばれてもいない奴がノコノコとお出かけできる場所ではなかったりする。それでなくても……エルノアもそうだが、ギノも大忙しだろう。何せ、2人のデミエレメント……ロジェとタールカが無事に、エルノアの固有魔法・ホープリジェナネーションで祝詞を獲得し、竜族に昇華したのだから。彼らの受け入れ体制を整えるのもそうだが、きっとギノの方は「仲直り」の続きをしているんだろうな。
(しかも、両方とも貴重な男の子……と。こりゃぁ、一悶着ありそうだ)
やっぱり、そのうち様子を見に行こうかな。呼ばれてはいないが、ゲルニカの鍵は俺が預かったままだし……たまには顔を見に行くくらいは、笑って許してもらえると思う。ついでにプリンセスの大好物も引っ提げて行けば、気のいい奴ら揃いなゲルニカさんファミリーのこと。きっと、大喜びで歓迎してくれるに違いない。