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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第22章】最終決戦! 鋼鉄要塞・グラディウス
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22−68 悲しい探し物

 根っこの繭を破って「羽化」したのは、世にも奇妙で、あまりに醜悪な姿の怪物。本来なら「純白」は神聖な色であり、何よりも穢れなき光の色であるというのに。それなのに……僅かに発光しては、尚も輝く芋虫の曇りなき「純白」は、どんな闇の色よりも禍々しい深淵の色をしていた。


「……プランシー……」

「えっ?」


 しかし、そんな芋虫を見つめていたかと思えば、頭上から予想外の名前が飛び出す。抱き上げられている腕の中から、溢れた言葉の意味を確かめようと……ハーヴェンを見上げるが。自身の呟きが明らかに絶望の色を纏っていたのに、ハーヴェンもありありと自覚しているらしい。真一文字に引き絞られた口元に、険しい面差し。そして、目元は困惑で歪むと同時に……今にも涙が溢れそうな程に、揺らいでいる。


「ハーヴェン。まさか、あれが……コンラッドなのか……?」

「いや……正しくは、そうじゃない。プランシーだった何か、だろうな。実は、さ。この部屋に踏み入れた時から、こっそり探していたんだよ。……プランシーの最期を」

「……」


 なんて、悲しい探し物だろうな。彼がやや強引にドアを破って見せた時から、なんとなく察してはいたが。……ハーヴェンはいよいよ、コンラッドの変わり果てた姿に諦めてしまった様子。力なく肩を落とすと同時に、私をそっと地面に下ろす。しかし……ついでに気分も落とされては、私も悲しくなってしまう。


「おんや……ようよう目覚められたかと思えば、この不自由さとは。まぁ、いい。もう少し……力を奪えば、私も完全体になれましょうや」


 ハーヴェンが「プランシーだった何か」と示して相手が、鈴を転がすような涼やかな声で呟く。声色からしても、やはり……芋虫の怪物はコンラッドではなさそうだが。本人も不自由だと認めた体をモゾモゾと蠢かせたかと思うと、今度は柔肌から夥しい数の針が飛び出した。


「……貴様、クシヒメじゃな?」

「ほほ……そう言うそちは、マナではないか。あぁ、あぁ、なんとまぁ……憎らしきことぞ。……お前のおかげで、私がどれだけ苦労したと思っておる? お前のせいで、私がどれだけ……悲嘆に暮れたと、思っておる?」

「ふむ……そんな事、妾が知った事ではないな。……妾はあくまで、この世界を守ろうとしただけ。元からゴラニアには、極東からやってきた田舎女神を受け入れてやる義理も道理もない」

「ほぅ? そうか、そうか。であれば……ここでお前の魂も頂戴して、この世界を我が物とするまで。ゴラニアとやらを喰らい尽くしてくれようぞ!」


 まるで針を足代わりに屹立させ、器用に半身を起こす芋虫……否、古代の女神・クシヒメ。その彼女が咆哮を放ったと同時に、肌が粟立つような威圧感と同時に、圧倒的な威容を迸らせてくる。だが、私達の目のまで醜悪な姿を晒しているそれは、魂も半分の不完全な女神だったはず。何せ、もう半分……善意側のクシヒメは今まさに、ユグドラシルの使者としてシルヴィアに宿っているのだ。それなのに、ここまで桁外れの魔力を発揮するとなると……。


「ハーヴェン、もしかして……」

「あぁ、分かっている。あの女神とやらが、プランシーの魂を食いやがったんだ……!」


 ギリっと悔しそうに牙を鳴らすハーヴェンを見上げながら、彼の悔しさや怒りも尤もだと、私は悲しいまでに理解していた。

 “悪魔が2度目の死を迎える時は、完全なる魂の消滅を意味する”……この「悪魔の通説」は、それこそハーヴェン自身から教えてもらったことだ。もし、ハーヴェンが探していたコンラッドの「最期」が、完全なる消滅を辿ったのなら。……これ程までに、悲惨な幕引きもないだろう。


「……今は無駄に怒っている場合じゃないか。とにかく、ロンギヌスのプログラムを届ける方が先だ。それで、ルシエル。受け口、見つかったのか?」

「あぁ、差し込み口は判明しているんだ。だけど……ちょっと、新米の女神に塞がれていてな。そのままプログラムの投入が出来なさそうなんだ……」

「あ〜……そういうこと……」


 私のやや周りくどい物言いに、全てを察したのだろう。ハーヴェンが険しい雰囲気を少しばかり、引っ込めながら頭を掻きつつ……後ろに視線を泳がせる。


「その新米女神さんって……やっぱり、だよな?」

「その通りだよ。という事で……アリエル。今更なのだけど……一応、確認だ。……アリエルはそこから動けない、で合っているか?」

「えぇ、そうね。……その通りよ、ルシエル様」


 私達の意味ありげな視線に、アリエルも悟ったのだろう。自分が座っている場所が、こちらにとって非常によろしくないことに。その上で……更にある事にも気づいたらしい。愛おしげにラディエルを撫でながら、フフと寂しげにため息を吐く。


「そのプログラムがあれば、あれを止められるのかしら?」


 アリエルがクイと顎で示す先では、マナとクシヒメが一触即発とばかりに睨み合っている。互いに膨大な魔力を放出しながら、牽制し合っているようだが。クシヒメの姿が更に、芋虫に無数の手を生やした不気味なものに変化していた。そして、無数とさえ思える数多の手で、何故かセフィロトの口を塞ぎながら強引に抱き寄せている。当人のセフィロトはあからさまに引き攣った顔をしているが……それすらもお構いなしのようだ。


「さぁな。この状況でプログラムにどこまでの効力と抑止力があるのかは、未知数だ。それに……先程、セフィロトと君が言っていた通り……このプログラムによる正常化は、どこまでもこちら側に有利な内容でしかない。そんな物を易々と打ち込ませてはくれないのだろう?」

「そう、分かっているじゃない。流石に物分かりのいい、エリート大天使は違うわね」


 肩を竦めては、皮肉っぽく微笑むアリエルだが。それでも……先ほど気付いたらしい「ある事」に対価は支払っていいと、しおらしく続ける。


「それはさておき……セフィロトから拒絶されたはずのラディがこうして生きているのは、あなたが契約してくれたおかげなのよね……きっと。だから、母親として……まずは娘を助けてくれてありがとう、と言うべきかしら」

「……」


 母親として……か。彼女の言葉がマナに届いているのかどうかは、定かではないが。アリエルが示した母性はどこか、マナと自分は違うのだという主張にも思えて。妙に複雑な気分にさせられる。


「それに……今の私はセフィロトに縋ることしかできない、能無しの女神なの。あなたみたいに、きちんと相手を見つめることもできなければ、誰かに手を差し伸べてやることもできない」

「マミー……ごめんなさい。私、勝手にルシエル様と契約してしまって……」

「いいえ。それで良かったのよ、ラディ。あなただけでも、生き延びてくれたのなら……あなただけでも、自由になれたのなら。今はそれ以上を望むつもりはないわ」

「で、でも……」


 不安げに自分を見つめ、言い淀むラディを他所に、アリエルは何かを決意した様子。静かに左手を前にかざすと、大振りの枝切り鋏を呼び出す。そして、神具らしきそれを無言で私に差し出してくるが……この感じはもしかして……。


「この鋏は……あぁ、そう言えば名前を付けていなかったっけ。まぁ、いいわ。これは私が即席で作った、枝切り鋏なのだけど……それで、あなたの探し物は私の下にあるのよね? だったら、これで一思いに断ち切るといいわ。いいえ、そうじゃないわね。……私が自由になる方法はもう、これしかないの。だから、お願い。私の束縛ごと……この枝切り鋏で、切断してちょうだい」

「だが、そんなことをしたら……」


 物理的な下半身の喪失以上に、魔力の供給源を失う事にもなりかねない。しかし、一方のアリエルには更に「秘策」がある様子。2人の女神を前に、戸惑うばかりのセフィロトを見つめながら……尚も、静かに「計画」を語り出した。

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