22−66 マナの告白
神は失敗しない……それはタダの理想であり、妄想。そんな事、初めから分かっている……いや、分かりきり過ぎて、何もかもが惨めで痛々しい。
女神は始めて生み出した生命を、全力で肯定しようとした。自分は完璧で、失敗なんぞしない……そんな、己の矜持と名誉のために。だが、彼女は自分が生み出したソレを、「とある理由」でどうしても完璧だと位置付けることができなかったと言う。
「……アリエルを生み出してしまった時、妾はすぐさま失敗したと気付いたよ。……妾は、お前を従僕として生み出すつもりではあったが……女神として生み出すつもりはなかったのだ。しかも……ほとほと嫌になる程に、お前はある意味で理想に近い状態だったのだ。そう、あり得ぬ程に……な」
折しも、アリエルを生み出した時期のマナはヨルムンガルドに逃げられ、孤独に膝を抱えては……永劫に続く、空虚な悠久に怯えてもいた。その上で、地上はヨルムンガルドが吐き出す悪意に染められつつあるのも、イヤでも目に入る。だからこそ、マナは浄化の担い手を作ろう……とする前に、まずは動けなくなりつつある状況を打破しようと、召使いを作るつもりだったそうだ。
「今となっては、後悔しかないのだがな。妾は力の配分を間違えてしもうた。……お前は妾にとって、想定外の塊でしかなかったのだよ」
「それ……どういう意味かしら?」
「……心当たりがないとは言わせぬぞ? お前も持っていたであろう? 女神の固有能力……芽吹きの力を使って、ユグドラシルのレプリカの“キッカケ”を作り出したのは……お前であった事くらい、察しがつく」
確かに、マナツリー・レプリカの礎となる「マナツリーの破片」を持ち出したのは、ミカエルであったことは間違いないようだが。いくら弱っていたとは言え、世界を諦めていなかったユグドラシルに根付き、侵食するまでには強力な苗木にはなり得なかった。
「そう……気づいていたの。だったら、どうして……」
「声を掛けなかったのか……か? 無論、憎たらしいからに決まっておろう? 妾は今も昔も、お前を正式な眷属として認めるつもりはない。女神として覚醒したとなっては、絶対にお前を認めるわけにはいかぬ。我が地位を脅かす相手は……どんな相手であろうとも、排除せねばならぬ」
……随分、勝手で傲慢だと思う。マナの告白はあまりに独善的で、生々しく……例えようもなく、醜い。
「ふふ……分かっておるよ。妾とて、自身の言い分がどこまでも腐っており、愚かである事くらい。だが……そうでもせねば、神の立場を守ることはできぬのだよ。笑いたければ、笑うがいい。……あぁ、分かっておるとも。今も昔も、妾はどこまでも失敗だらけの愚神でしかなかった」
いかにも情けないとばかりに、萎れた息を吐くマナだったが。しおらしい態度とは裏腹に、一層に強い光属性の魔力を発し始めた。そんな彼女の覇気に……隣で、ハーヴェンがビクッと反応する。あぁ、そうだよな。いくら上級悪魔でも、ここまでの光属性の洪水はやや堪えるのだろう。
「……ハーヴェン、大丈夫か? もし、ここの空気が辛いようなら……」
「うん? この程度なら、まだ大丈夫だよ。いや……さ。今の身震いはエレメント的なものじゃなくて……有り体に言えば、神界の皆さんの恐ろしさを再認識していただけだから」
しかしながら、私の心配と予想を裏切り、いつもの調子でカラリと答えるハーヴェン。どうやら、彼の戦慄は光属性に対する恐怖ではなく、神界に対する畏敬の様子。
……だけどな、ハーヴェン。ここで私達も一緒くたにしないでほしい。少なくとも、私はここまでの横暴をしでかすまでには、傲慢じゃないぞ?
「妾はお前を認められないと同時に……殺せなかったのだ。悪しき感情に任せて、お前を生み出してしまったのかと思えば、思うほど……女神としての神聖性を保てなくなると、急に恐ろしくなった。……お前を肯定し、生かしておけばきっと再び嫉妬に狂い、妾は醜い感情を剥き出しにするであろう。一方でお前を否定し、殺してしまったならば……妾は神として不完全だと自覚せねばならぬ。だから、一握りの可能性を残しつつも……お前を中途半端に生かし、人間界に放逐することで……妾は自身の女神としての価値を高めようとした。お前という“不完全な女神”を放逐することで……一時的な安息と、存在意義とを得ようとしてしまったのだ」
「なんて、勝手なことを……! あんたの身勝手で、どれだけ、私が辛い思いをしたと……」
「そう、だな。……お前に辛い思いをさせたのは、間違いなく妾の落ち度であろう。それを否定するつもりもない」
本当に、呆れてものも言えぬだろう? ……と、今度はマナが皮肉たっぷりに嘲笑を溢す。しかし、お喋りもここまでとばかりに、すぐさま揺らしていた肩をピタリと止めると……いよいよ、ギロリとアリエルを睨んだ。
「……さて、と。とは言え……お前が裏切り者である事には、相違ない。妾が言えた事ではないのは、重々承知だが……女神というのは、往々にして傲慢なものぞ。ここまで霊樹が誤った方向へ成長してしまったのなら、妾こそが責任を取らねばならぬ。……身勝手も承知、愚かなのは今に始まった事ではない。だが……お前達の掲げる新しい世界は、罪なき犠牲の上に成り立つもの。そればかりはいくら罵られようとも、阻止せねばならん! 魂ごと、消し飛べ……穢れた大地を浄化せん、全ての罪を滅ぼさん。我は偉大なる審判者なり……全てを光に還せ‼︎ アポカリプスッ‼︎」
「なっ……アリエル!」
「……!」
覚悟を決めたとばかりに、スゥとマナが息を吐いた瞬間に発動されたのは……光属性の最奥義・アポカリプス。幾重にも放たれる光の矢は、一矢乱れぬ動きでアリエルを強引に亡き者にしようと、重厚な連打となって襲いかかる。だけど、いくらなんでも……これは、あまりに理不尽じゃないか……!
「ル、ルシエルッ⁉︎」
「間に合え……ッ! 生ある者全てを救わん、我は望む! 命ある者全ての守護者とならんことを……ハイネストプリズムウォール! セブンキャストッ‼︎」
自分でも理由はよく分からないが……私はアリエルの前に躍り出ては、でき得る限りの防御魔法を展開していた。しかし……シングルの発動でさえ、この威力とは……! マナが最強の女神であることは、もう疑いようもない。彼女の暴走を単独で止められる者は……それこそ、ルシフェル様くらいかも知れない。
「どういうつもりだ、調和の大天使よ。お前……自分が何をしているのか、分かっておるのか?」
「……さぁ、どうでしょうね? どうしてこのような事をしたのか、自分でも……あまりよく分かっておりません」
咄嗟に最上位の防御魔法を7連弾できてしまった事にさえ、自分で驚きつつも。ゼェゼェと肩で息をしながら、苦し紛れに答える。……正直な所、私自身もどうしてこのような「愚行」に走ったのか、誰かに教えてほしい。
「えぇ〜と……ちょっと、口を挟んでもいいでしょうか……?」
そんな混迷を極める私の肩にそっと手をやり、ハーヴェンがヨシヨシと背中を摩ってくれる。きっと、また「時間稼ぎ」をしてくれるつもりなのだろう。ハーヴェンがおずおずとマナに発言の許可を求めている。
「うぬ? そちは……おぉ、ハーヴェンではないか! いつぞやの時は、化身が世話になったようだの。ふむぅ……本当は今すぐ片付けてしまいたいところではあるが。……他ならぬ、ハーヴェンの頼みとあらば仕方あるまい。少しだけなら、弁明を許そうぞ」
……そう言えば、マナツリーもジェントル系ハーヴェン派だったか。まさか、こんな所で旦那の人気に助けられるなんて、思いもしなかった。
「あ、あぁ……では、お言葉に甘えて。多分なんだけど、ルシエルは女神様に同じ過ちを繰り返させたくないんだと思うよ? これじゃ、まるで……最初にクシヒメさんを一方的にやっつけた時と変わらないじゃないか。それに……さ。今の今まで、天使や精霊のみんなに……悪魔の俺達だって。できるだけ、犠牲を出さないように頑張ってきたんだよ。それを女神様に台無しにされたら、みんな怒ると思うな。……そんなんじゃ、嫌われ者の神様まっしぐらだぞ?」
「……」
そう、か。そうだったんだ……な。頭よりも先に、体(正しくは魔法)が勝手に動いてしまったが。ハーヴェンの言う通り……今までの繋がりを壊されるのが、私は嫌だったんだ。
(ハハ……本当に、自分でも情けないな。……ハーヴェンの方が私以上に、私を知り尽くしているだなんて)