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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第22章】最終決戦! 鋼鉄要塞・グラディウス
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22−59 グラディウスの深淵

 ハーヴェンのコキュートスクリーヴァで破られた、扉の先には……ある意味で、目を覆いたくなる光景が広がっている。足を踏み出した瞬間に襲いくる、並外れた威圧感と圧迫感。玉座の間という割には、あまりに乱雑で醜悪な様子に……思わず、私はたじろいでいた。

 夥しく空間を制圧しているのは、縦横無尽に蔓延る白い根。元々は黒かっただろう空間を、無遠慮に上書きするようなそれは、むせ返るほどに濃密な「悪そうな魔力」を吐き出している。……きっと、例のお守りがなければ、とっくに取り込まれているに違いない。

 そんな玉座にはマナと同じ空気を纏う女神らしき女……おそらく、彼女があのアリエルなのだろう……が困惑した様子で鎮座しているが。しかし……頭に戴かれた真っ赤な冠は鮮烈な存在感を示しており、白が多めの空間に1滴の血を落としたような、筆舌尽くし難い不気味さを醸し出していた。


「なんだ……お前、生きていたんだ」


 互いに言葉を絞り出せない状況で、沈黙を破ったのは白の主人と思われる、悍ましい何か。その何かが、あからさまに残念そうなため息をつく。しかし……部屋全体が彼そのものなのか、どこに本人がいるのかさえ、判別できない。響き渡る声色は瑞々しい少年のようにも思えたが、ラディエルへの敵対心からするに……声の主がラディエルの言っていた「嫌われ者の神様」だろうか?


「あいにくと、生きているわ。だって……マミーと約束したんだもの。ちゃんと帰るって」

「フゥン? でも……よく生きてたね? しかも……あれ? どうして、腕が戻っているんだろう? ……もう情報をくれてやるつもりもないと、焼き尽くしてやったつもりだったのに」


 もはや、彼の方はどこから声を出しているのかさえ、分からない状態だが……ラディエルとのやりとりからするに、やはり彼がグラディウスの主人のようだ。そんな神様と思しき、白い根の塊が器用に言葉を紡いでは……尚もラディエルを拒絶しようとするが。


「残念でした。私は無事も無事よ。……もう、あなたなんかに頼らなくたって、マミーを自由にしてあげられるんだから」


 しかして、ラディエルも負けていない。彼女が強気に出られるのは、おそらく私との契約あってのものだろうと思う。だが……だからと言って、この空間でのアドバンテージにはなり得ないだろう。何せ、私達はグラディウスからすれば部外者であり、異物でしかない。ここは一刻も早く、打開策を講じるべきだ。


(魔力のひりつきが強い……やはり、この場所がグラディウスの深淵と見ていいだろうか……)


 だとすると、この部屋のどこかにロンギヌスを打ち込む対象がありそうだ。しかし……ロンギヌスをどこにどう挿せばいいのか、皆目見当がつかない。ローレライの祭壇のように分かりやすい受け口があれば、迷うこともないが……どこもかしこも根に覆われている空間に、それらしき設備を見つけることはできなかった。


(しかし……考えようによっては、今がチャンスかも知れない……か? よく分からないが、私の存在は無視されているし……)


 玉座の上で戸惑うばかりの女神を巡って、いよいよ、神様とラディエルがやや子供じみた口論を繰り広げている。そんな彼らの応酬を横目に、チラとハーヴェンに合図を送れば。流石に気心の知れた旦那は、私の意図するところを理解したらしい。私が「蚊帳の外」である時間を伸ばそうと、ハーヴェンも口論に乗ってくれるつもりの様子。やや戯けて肩を竦めたかと思うと、ふざけた調子で神様を挑発にかかる。


「それって、要するに……そっちの神様はママに愛してもらえる自信がないから、ラディちゃんを一方的に攻撃してた、って事か? うんうん。卑怯な上に、とっても格好悪いなぁ。男の嫉妬はみっともないぞ〜?」

「なんだと⁉︎ 大体、お前は誰だ⁉︎ 部外者は口を出すなよ!」

「あれあれ? 折角、可愛い妹ちゃんを送り届けてやったのに。その言い方はあんまりじゃない?」

「こんな奴、妹じゃない!」


 ……こういう時、旦那はさりげなく悪魔っぽいよな。的確に相手が嫌がるであろうキーワードを並べて、きっちり怒髪天を突かせる手際と言ったら。鮮やかにも程がある。


(2号、悪いのだけど……)

(承知しています、大天使様。……ロンギヌスの接続経路を探っておりますので、しばしお待ちを……)


 鬼の居ぬ間に……ならぬ、神様が気づかないうちに。アリエルは私達にも気付いている様子だが、旦那が程よく神様を煽っているせいもあり、先程から口を挟むことすら許されていない。しかし……どうも、妙だな。アリエルはどうして、玉座から動かないんだ?


(大天使様。ロンギヌスの接続ポートが見つかりました)

(本当⁉︎ それで……)

(しかしながら、場所が場所なだけに……少々、面倒なことになりそうです……)

(えっ?)


 2号が入念に「プログラム経路探査機」としての本領を発揮していたまでは、良かったが。彼女が感知した魔力の流通量と経路とを擦り合わせて、演算した結果……何度やっても、ロンギヌスのポートはとある場所以外あり得ないと算出されてしまうらしい。そして、その「とある場所」というのが……。


(……グラディウス神・セフィロトの臍……)


 目の前に広がる白の根の波から、どう本体を探し出せと言うのだろう。それでなくても、手当たり次第に切り裂いたら、確実に気付かれてしまうだろう。さて、どうしたものか……。


(2号、その臍とやらだが……場所は特定できているのか?)

(はい。大凡の位置なら、捕捉できています)

(そう。どのあたりかな?)

(今、そちらに位置情報を送信します。少々、お待ちください……)


 白い根を踏みつけないように、細心の注意を払いながら……そそくさと言い争いの渦中から距離を取る。そうして、辛うじて白に侵食されていない黒い床に辿り着くと、2号から受け取った情報を改めて見やるが。……あぁ。これは確かに、相当に厄介な場所になりそうだな……。


(……まさか、こんな場所に勘所を作るなんて。神様は本当に……アリエルを手放したくないらしい)


 2号が言い淀んだ「場所が場所だけに」の真意をまざまざと思い知る。彼女が示した「神様の臍」の位置は、紛れもなく女神様の下……彼女が座する玉座そのものだった。


(そう、か。そう言うこと……か)


 これ程までの緊急事態だと言うのに……微動だにしない、アリエルの落ち着き加減が気になってはいたのだが。おそらく、アリエルは動かなかったのではなく、動けない状態だったのだ。そして、ラディエルがあれ程までに頻りに心配していたのは……決して大袈裟でも、演技でもなかったと、改めて考え直す。

 心を縛ることはできなくても、身を縛ることはできる。無理矢理にでも縛り付け、自由を奪えば、彼女は自分から物理的に離れることはできなくなる。しかし……もし、これが新しい神様の「掌握術」であるのなら。新しい神様は嫌われるべくして嫌われたのだと、吐き捨てるより他にない。

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