22−58 もう、救いようのない程に
ラディエルと無事に契約もできて、いよいよ最終目的地に到着……と、言うところで、一際大きい揺れに見舞われる。この揺れからするに、どうやらグラディウスが相当に苛烈な攻撃を受けているようだが。外はどんな状態なのだろう?
「今の揺れ、かなりデカかったが……外はどうなっているんだろうな?」
「さて……詳しいことは分かりかねるが。えぇと……」
「今の揺れは新生・ユグドラシルによる直接攻撃によるもののようです」
「えっ?」
「ユグドラシルの……直接攻撃だって⁇」
私とハーヴェンとで外の状況を気にしていると、2号が的確な返事をくれる。先程からパネルを見る余裕がなかったので忘れていたが……2号がキャッチした情報は確かに、私のパネルにもつらつらと記載されていた。
しかし……霊樹ってそもそも、戦えるのか? 一体、どんな風に? リアルタイムで情報が流れてくるとは言え、残念ながらすぐに状況を把握できる程、私は優秀ではない。
「情報では、ユグドラシルとドラグニールが無事に結合せしめた結果、今のユグドラシルは竜族の面影も引き継いでいるようでして。……先程はグラディウスの腕という腕を噛みちぎり、鋭い顎門で本体に噛み付いたようです」
それはまた……随分と、荒々しいな……。きっと、私が情報を咀嚼するのに時間がかかると察したのだろう。2号がこれまた、的確に情報を捕捉してくれるが。
それよりも……ラディエルの証言からしても、グラディウスをこのまま追い落とされるのは、あまりいい状況とは言えないだろう。いや、それ以前に……。
「2号、悪いのだけど……今すぐ、ルシフェル様に伝令を。断片的な証言しかないが、おそらくグラディウスは攻められるフリをして、ドラグニールそのものに寄生しようとしている可能性が高い。だから……」
「承知しました。グラディウスからユグドラシルを直ちに離すよう、天使長2号へ情報を飛ばします。トラフィックの伝達速度は安定しておりますので、すぐにオリジナルの天使長様へも届くことでしょう」
情報共有や報告は2号を介せば、彼女の様子からしてもスムーズにできそうだ。この辺りは「魔法道具」ならではの強みだと思うが……2号はパネルに文字を打ち込むな所作をしなくとも、即時に伝えたい情報を文書化できるみたいだな。しばらくカチカチカチ……とやや不穏な稼働音を響かせた後、事もなげに「送信完了しました」とアッサリと言ってのけるのだから、頼もしいやら、恐ろしいやら。
「それはそうと……ハーヴェン。あの扉の先が、目的地か?」
「うん、そうみたいだ。……さっきよりも、プランシーの匂いが濃くなった」
明らかに今までの景色にはなかった、一際大きく、おどろおどろしい黒い両開きの扉。ベルゼブブの屋敷の扉とは違った意味での拒絶感を去来させるそれは、見るからに重厚で、堅牢な佇まいをしている。
そんな中……きっと、ここまで来たらハーヴェンサーチモード(本性)を装う必要もないと判断したのだろう。ハーヴェンがいつの間にか青年の姿に戻っており、そっと扉に耳を付けて中を窺っている。旦那のモフモフ姿も捨てがたいが、私としてもこちらの姿を見慣れているせいか、妙に安心してしまう。しかし、一方のハーヴェンは安心どころか、先ほどよりも警戒の色を強めている様子。「プランシーの匂いが濃くなった」と言ってもいたが、果たして……扉の先にはどんな光景が待っているのだろう。
「……嫌に静かだな。グラディウスが攻撃を受けているって言うのに……」
却って不気味だと、ハーヴェンは尚も訝しげに首を傾げているが。それでも、前に進むしかないと判断したのだろう。こちらに向き直ると、ちょっと離れてて……と、ウィンクしてみせる。
「離れてて……って。ハーヴェン、どうするつもりだ?」
「うん、この扉……俺達をすんなり通してくれなさそうなんだ。押しても引いても、ビクともしない。だから、相棒で滅多斬りにしようかと」
「……そう言えば、コキュートスクリーヴァには魔法効果を切り裂く効果があったっけ……。となると、この扉は魔力仕掛けなのか?」
「多分、な」
普段穏やかな旦那にしては、随分と乱暴な手段にも思えたが。きっとハーヴェンは一刻も早く、現実を確かめ直したいのだろうと察して、それ以上は何も言わずに彼の指示に従う。おそらく……ハーヴェンはコンラッドの状態を自分の目で見て、諦めてしまいたいのだろうと思う。
(……私が契約していたコンラッド側の残滓は既にない……。魔力を追えないのももちろんだが、彼が生きている形跡すら見つからなくなっている。この事からしても……)
コンラッドは私達が知る姿では存在し得ない。もう、救いようのない程に。
***
気に入らない、気に入らない、気に入らない……。
セフィロトはグラディウスに深く深く根を下ろすにつれ、ラディエルの探るような干渉に苛立ちを覚えるようになっていた。グラディウスと一体化しつつある彼には、ラディエルの接触をより鮮明に感知できるようになった一方で……自前の嫉妬心だけではなく、グラディウスに燻る嫉妬心までもを積み重ねていた。そんな中……。
「……アリエル、どうしてそんなに不安そうな顔をしているの?」
自分が母と定めた相手が、この上なく気忙しげに玉座の間の入り口を気にしているのが、セフィロトにはますます不愉快だ。もちろん、彼女が頻りに扉を気にしている理由くらいは分かっている。……娘の帰りを今か今かと、待っているのだ。
「え、えぇ……流石にラディエル、遅いなと思って……。どうしたのかしら……?」
「あぁ、そのこと。だったら……多分、アイツはもう帰ってこないよ」
「えっ?」
「……さっき、アイツの接触自体を遮断したからね。もう、魔力は分けてやらないことにしたんだ」
「な、何を言っているの、セフィロト! そんな事をしたら、ラディエルは……」
「死ぬだろうね。……それがどうしたの? どうせ、アイツは捨て駒だったんだろう? 君だって、アイツが失敗作なの……よく自覚しているだろうに」
母親代理を玉座に張り付けることには、成功したものの。今ひとつ、心は掌握できていない。このままでは、彼女を「独り占め」することはできないに違いない。
「だって、仕方ないだろう? アイツは僕の情報を簡単に漏らしそうなんだもの。……君が変にグラディウスに寄せて作ったせいだよ。こうもスイスイと情報を引き出されたんじゃ、向こうに捕まった時……えっ?」
セフィロトの身勝手な言い訳が、大きな衝撃音で途切れる。あまりの騒音に、神様と女神とがそちらを見やれば……そこには、大きな包丁を振りかざした青年と天使、そして……アリエルが待ち焦がれた、愛娘の姿が確かにあった。