22−56 ある種の特権
「どうした、ハーヴェン」
グラディウスから拒絶されたラディエルから、ハーヴェンに道案内のバトンタッチをしてみたが。ハーヴェンの鼻は相当に優秀な探査機でもあるらしい。すぐさま、ヒントとなる匂いをキャッチした様子。だが、優秀が故に気付きたくないことにも気付いてしまうみたいで……渋い顔をしていたかと思えば、今度はあからさまに悲しそうなことを言い出した。
「この感じからするに……多分、もう少しでゴールになりそうだな」
「そうなのか?」
「あぁ。そこの角の先から……プランシーだった相手の匂いがする」
「……」
ハーヴェンサーチモードが嗅ぎ分けたのは、かつての同居人であり、かつての仲間。しかし、彼の探査結果が敢えて「だった」と過去形になったのは……おそらく、コンラッドはハーヴェンの知る姿で存在していないことを示している。彼の鼻がどんな匂いを探り当てたのかは、私には分からないが。ハーヴェンが現実を見る前にここまで落胆し、諦めるとなると……コンラッドはとっくに手遅れなのだろう。
「なるほど……ゴールが近いか。だが、どんなモノが待ち受けていても、とにかく進むしかない。……私達に、立ち止まることは許されないんだ」
「そう、だな。そんじゃ……俺はこのまま頑張るとして。ただ、冗談抜きで目的地まですぐみたいだから……ラディエルとの話し合い、早めに済ませてくれよな」
「私との……話し合い?」
相変わらずハーヴェンは鼻が利く以上に、気も利く。必要以上に湿っぽい空気を持て余すつもりもないのか、悪魔の姿でもお茶目にウィンクして見せると、クルリと前へと向き直る。しかし……。
(ハーヴェン、気落ちしているんだな……)
おそらく、ハーヴェンにも気持ちを整理するための「考える時間」が必要なのだろう。ぼんやりとだが、彼の背中越しに後悔の色が見えるような気がする。
そう言えば……ほんの僅かな邂逅ではあったが、グラディウス外周でコンラッドが接触してきたことがあったっけ。そして、その時……ハーヴェンは「格差に気づいた時が、歯車が狂い出した瞬間」、延いては「それに気付かせてしまったのは、自分の行い」と言うような趣旨の発言をしていたかと思う。対するコンラッドは、ハーヴェンの曲解を狡猾に肯定し、彼を絡め取ろうとしたようだが。私にとっては、コンラッドの言い分ややり口は到底、許容できるものではなかった。
(全く……これだから、ハーヴェンはお人好し過ぎると言われてしまうのだろうに)
思いの丈も、吐露してしまいたい気分も、沢山あるだろうに。悪魔のくせに、自分の要望よりも周囲の都合を優先してしまう「らしからぬ」気質は、今も昔も健在なんだな。しかしながら、無理やり吐き出せと言ったところで、ハーヴェンの気持ちが軽くなる訳でもないだろう。ここは、彼の配慮を無駄にしないためにも、ラディエルと話をする方が肝要だ。
「まずは……ラディエルの精霊名を調べないと」
「精霊名?」
「うん。……女神に生み出されたのだから、もしかしたら“天使”になるのかも知れないが……ただ、翼がないのを見ても、天使とは違う仕組みで魔力を調達していると推測できる。おそらく、君の魔力供給源は他の精霊や悪魔と同じ……魔力の器ありきなのだろう」
もちろん、天使にも魔力の器という概念は存在するが。転生前は魔法を使えない人間だった者が大多数であることを考えても、天使の場合は魔力の器は後付け……マナツリーの介入によって得られた、翼に付随する要素だと考えていい。しかしながら、一方で同じように女神の手で生み出されたラディエルには「翼がない」。であれば、彼女の祝詞は翼ではなく、魔力の器準拠……マナツリー側から見れば「一般的な精霊」に該当する可能性が高い。
(ラディエルを普通の精霊扱いしていいのかは、疑問だが……この様子であれば、契約も成立するかも)
精霊との契約はマナツリーの眷属に与えられた、ある種の特権である。この優位性は各霊樹がマナツリー自体から齎されたことを発端に、精霊の根源を兼ねていることに起因するが……あまつさえ精霊の命さえも左右する権能でもあるため、おいそれと無作為に濫用していい力ではない。
(いずれにしても、だ。 今は特権をありがたく使わせてもらおう。その場凌ぎでも、ラディエルが助かるのであれば……それでいい)
都合の悪いことから目を背ける癖は、やっぱり抜けていないと自嘲しつつ。今度こそラディエルにサーチ鏡をかざす。ハーヴェンからも「早めに」と言われているし、モタモタしている状況でもない。
「えぇと、どれどれ……?」
【メタトール、魔力レベル8。素性について、正体不明の魔力を検知。地属性、ハイエレメントとして光属性を持つ】
いや、ちょっと待て。正体不明の魔力に、ハイエレメント持ち? 通常の精霊として扱うには、やはり想定外が多すぎる。しかも……意外と魔力レベルが高いじゃないか。
「えっと、ルシエル様?」
「すまない、予想外なことが多すぎて、少々混乱していた。とは言え……サーチ鏡が精霊名を弾き出したともあれば、ラディエルは契約可能な状態ではあるのだろう。そこで、だ。もしよければ、私と一時的にでも契約をしておかないか? そうすれば、まずはラディエルの自由だけは確保できる」
「契約……。ねぇ、その契約をすると、どうなるの? 自由になると言っても、天使の配下になるのよね? もしかして、無理やり働かされたりとかするのかしら……」
「いいえ、ラディエル。それはありませんよ。……ルシエル様は精霊との縁を非常に大切にされる方なのです。あなたに対して、酷い扱いはされないでしょう」
「う、うん……そう、だね。少なくとも、私には君を上から押さえ付けようという思惑はない」
不安がるラディエルに、横から2号が素早くフォローを入れてくれるものの。自分ソックリな相手から、こうも聞き慣れない褒め言葉を頂くと、妙にムズムズする。と、とりあえず、ここは気を取り直して話を進めなければ。
「さっきも言った通り、君との契約は一時的なものに留めるつもりだ。そうだね……だったら、こうしよう。私との契約はアリエルを救うまでの間だけ、にしておこうか? さっきの拒絶からしても、今の君はグラディウスからの援助……つまり、魔力の補給を受けられない可能性もある。そうなれば、別の魔力供給ルートを確保しておいた方がいい」
「それで、あなたを頼れ……と?」
「まぁ、そういう事になるかな」
そこまで言ってみると、ようよう自分の置かれている立場の危うさにも気づけたのだろう。ラディエルが少しばかり、悔しそうにキュッと手を握りしめている。
アリエルの状況もあまり良くなさそうなのは、もちろんだが。それ以上に、ラディエルがあからさまに危機的な状況に置かれている事だけはハッキリしている。
神様に嫌われている……そう、彼女は言ってのけたが。アリエルを取り合うだけなら、まだしも……私は高圧的にラディエルを弾き出そうとするやり口に、どこか陰湿なものを感じていた。詳しい状況はそれこそ、憶測の範囲を出ないが。多分……ラディエルがアリエルの元から離れているのをいい事に、グラディウスそのものからも彼女を切り離すことで、神様とやらは母親の愛情とやらを独占するつもりなのだ。
《別の意思があって行動している限り、他人の時間は独り占めできるものではない》
そうハーヴェンには教えられた手前、私が偉そうに考えることでもないが。歪な独占欲が故に、都合の悪い相手を一方的に排除していい訳ではない。……それが例え、神様だったとしても。