22−55 天使流の打開策
私、今の神様に嫌われているの。うぅん、嫌われているどころじゃないわ。いっそのこと居なければいいのに、って思われているみたい。
……そう、ラディエルは誰に向けるでもなしに呟いては、やるせなさげに目を伏せる。その言葉には悔しさ以上に、諦めが滲み出ていた。
ラディエルが生み出された発端は、アリエルの気まぐれ……と言うよりは、同時に対処しなければならない問題が複数浮上したことによる、人手不足を補うためのものだったらしい。しかしながら、幸か不幸か、ラディエルは「愛情」を感知できる程に作り込まれた状態で生まれてきた。グラディウスの魔力をベースとした機神族でありながらも、女神が自らの魔力で産み落とした「神子」でもある以上、彼女の成り立ちは一般的なグラディウスの尖兵とは少々異なるものだろう。だが、彼女の原動力がこのグラディウスに求められることは、想像に難くない。
(……グラディウスの崩落はきっと、この子の絶命をも意味する事になる……。それなのに、私達に手を貸してくれているとなると……)
ラディエルがどこまで自分の「行く末」を見据えているのかは、未知数だが。彼女の協力は紛れもない、捨て身の献身。そんなラディエルの事だから……アリエルのために犠牲になる事も呆気なく決断してしまいそうで、恐ろしい。
「それはそうと……ラディエルは、どうしたい? アリエルを助けるのはもちろんだが、このままでは君自身の存命は保証できない可能性がある。もし、よければ……」
「……それで構わないわ。私にだって、分かるもの。……グラディウスの神様は、この世界で本当の神様にはなれないってことくらい。だって、そうでしょ? みんな、みんな、グラディウスを止めようと必死だもの。みんな、みんな、グラディウスを落っことそうと攻撃してくるんだもの。……ここの神様は世界のみんなに嫌われている。そんな神様に……明るい未来があるはず、ないじゃない」
「……」
やはり、自分の運命が明るくないことも理解している……か。
それもそのはず、「グラディウスの神様」は現行世界からは完全に拒絶された、「異教の神」。もちろん、やりようによっては「グラディウスの神様」もきちんと正当な神様として、民衆の信仰を集められたのかも知れないが。初手……つまり、ミカエルがグラディウスを擁立した時の宣言と行動が非常に宜しくなかった。
《よく聞け、愚か者ども……私は女神・グランディア。新しい世界の神となる存在ぞ。今から、新しい世界に相応しい者と、そうでない者の選別に入る。もし、新しい世界に迎え入れて欲しいのなら……我が名を強く願い、崇めよ》
ミカエルと思しき女神・グランディアはそう宣言したし、その宣言を受けて、最初は彼女の名前が人間達の口々から叫ばれもした。だが……全てを掌握しきれないと、咄嗟に判断したのだろう。グランディアはすぐさま、ヴァンダートを焼き尽くし、恐怖による支配を見せつけてしまったのだ。確かに、恐怖による支配は一時的な肯定と崇拝を生む。だが、神として世界に君臨していこうとするならば……圧政程の愚策もなかろう。
神の原動力は魔力ではなく、その存在を支える信仰心によるものが大きい。そして、恐怖は上辺の服従を生み出すことはあっても、根底からの敬愛を生み出すことはまずまずないだろう。故に……ミカエルが最初に「やってしまったこと」はハッキリ言って、最悪だったと私は思う。
(だが、ここで問題なのは……アリエルがその事を把握していないかも知れない事だろうな……)
アリエルが何かしらの能力を使ってラディエルを生み出したことは、もはや疑いようもない。魂を搭載した新しい生命体を作り出すことは、天使長を含む、天使には絶対に不可能なことなのだ。天使には間接的に魂に介入することはできても、魂を選り抜き、直接生命体に吹き込むことはできない。自らの意思で精霊を生み出すことができるのは、「女神」か「霊樹(使者を含む)」かのいずれかに限られる。
そしてそれは、魂の扱いに長けている魔界の大悪魔とて同じこと。現に、2号は柔軟な判断力と行動力を示しているが、彼女の思考回路は私の羽から抽出された魔力に伴うパターンプログラムでしかないらしい。それなのに、ここまでの柔軟性を持たせられる事も驚嘆に値はするだろうが……魂が非搭載である以上、彼女には魔法部分での成長もなければ、祝詞を持つ事も許されないし、延いては天使との契約ができない事を意味する。ベルゼブブ程の魔法道具の名手と言えど……ラディエルのような「魂持ち」の生命体を作り出すことは叶わない。
アリエルは確かに、「グラディウスの女神」ではあろう。だが、そんな「女神」に生み出されたはずのラディエルは、どこをどう見ても「天使」ではなく、新種の「精霊」にしか見えない。このことからしても、アリエルは女神としての能力を持つ以上に、グラディウスの魔力影響を受けすぎた「使者」でもあると考える事もできる。おそらく、アリエルは「女神」としてではなく、「霊樹の使者」としてラディエルを生み出したのだ。
先程、「アリエルの女神としての性能は、グラディウス向きに軌道修正されている」とそこはかとなく感じてはいたが。アリエルの存在は、霊樹の眷属……要するに、使者としての側面の方が強いと考えても、大きな曲解にはなるまい。だが……その立ち位置が「嫌われている神様の眷属」であることを、アリエルはどこまで理解しているのだろう? 思いの外、直情的な彼女のこと。……冷静に状況を理解できていない可能性も大いにある。
(そうとなれば、私ができることと言えば……天使流の打開策を講じるくらいか)
ラディエルを「精霊」扱いし、契約を交わしさえすれば、ラディエルの魔力供給だけは担保してやれる。グラディウスとの縁を断ち切ることは、ラディエルの生命線を奪うことになるかも知れないが。無事に「鞍替え」さえ済んでしまえば、ラディエルは晴れて自由の身。少なくとも、私は彼女に無理な使役を課すつもりはないし、彼女が望めば契約解除も吝かではない。兎にも角にも、「グラディウスの神様に嫌われている」以上、今のラディエルには新しい拠り所が必要だろう。
「ラディエル、1つ提案があるのだけど……」
「提案? ……これ以上、私に何をさせようって言うの? 言っておくけど……」
「もちろん、ここから先は君のガイドは望めないことは分かっている。でも、ここまで来れれば十分だよ。なにせ……」
この際、道案内は鼻が確かな旦那に任せよう。そんな私の思惑を知ってか知らずか、ちょっと意味ありげな視線を投げれば。宣言通りにまずは一肌脱ぎましょうと、ハーヴェンがモフモフ側の姿を顕す。
「おぅ。この先は任せとけ〜。そんじゃ……ハーヴェンサーチモード、起動ッ! フンフンフンフンッ!」
「サーチモード起動、って……ただ本性に戻っただけだろ、それ」
テンション高めに従来機能(鼻)をフンフン鳴らすハーヴェンに、道案内はバトンタッチするものの。しかし……いつ見ても、ハーヴェンの耳たぶと肉球はお触りしたくなる衝動を掻き立ててくるな。ここは我慢我慢と言い聞かせるが……後で思う存分、モフモフしてやると心に誓う。
「と言うことで、道案内はハーヴェンに任せるとして。それはそうと、ラディエル……」
「うん? この匂いは、もしかして……」
しかし、私が提案の続きをしようとしたところで、早速ハーヴェンが何かに気づいたらしい。モキュモキュと忙しなく動いていた鼻の活動が、ピタリと止まっており……本人は妙に渋い顔をしている。彼が見つめる先に……何があると言うのだろう?