22−51 ツケを払う時
「……それにしても、鮮やかな手際ですね。こうも早く、部材を持ち帰ってくるなんて……」
「ま、俺にかかればこんなもんよ」
そりゃぁ、もう。今は世界の緊急事態ですからね。クソ親父を簀巻きにして、持ち帰ってくるくらい、ワケもないでござんすよ。しかも、原因は不明だが……冥王様、何故か重症だったし。何かの爆発に巻き込まれたとかで、満身創痍だったのを引っ張ってくるだけだったから、とっても楽ちんでしたよ……っと。
そんな世界平和のための部材を、アケーディアの足元に転がしてみれば。まぁまぁ、情けない感じで猿轡越しにフガフガ言っているクソ親父に注がれるのは、とっても冷たい視線ばかりかな。
(そう言や、マナの女神様ももちろんだけど……アケーディアもクソ親父を相当に恨んでいるよなぁ)
化身のこいつ相手に発散するのは、ちょいと違う気もするけれど。アケーディアとバビロンは、ヨルムツリーに「出来損ない」だと決めつけられて、きちんと面倒見てもらえなかったんだもんな。そんで、奴を見限って魔界を出て行ったんだもんな。そりゃぁ、恨みがたんまりない方がおかしい。
「それにしても、本当にいい気味ですねぇ……!」
「ホガッ⁉︎」
アケーディアの意味ありげな視線に、身の危険を感じたんだろう。いよいよ、ヨルムンガルドが簀巻き状態でもバタンバタンと大暴れしては、踊り食いも小粋だとばかりに跳ね出した。こうなってくると、ちょっとは可哀想……にならないな、これは。昔から散々オイタしてきたツケを払う時が来ただけだ。そもそも今の今までお咎めなしだったこと自体、あり得ないんだよ。
「フガッ、フガガフッ! フガガァッ‼︎」
「ハイハイ、何が言いたいんでござんすか? オトーサマ……って、あぁ! ザーンネーン! お口を塞がれてたら、お喋りはできませんでしたねー。ププッ、悔しい? ねぇねぇ、悔しい? クヤシーデスカァ?」
「フホ、フフガッ! フガッ⁉︎」
大方、「どういうつもりだ、この愚息が!」とでも言いたいんだろう。だけど、もちろんお縄を解いてやる気はサラサラないな。俺自身も「嫁さん人形」関連で、ギッチギチに不満があるもんでね。ここらでキチッと、落とし前も着けさせてもらおうか。
「……と、まぁ。悪ふざけは程々にして。ほれ、兄貴。チャチャっとこいつを料理してやってくれよ。これ自体は化身らしいし、ヨルムツリーからも許可は取ってる。心置きなく、材料にしていいぞ〜」
「それはそれは! やっぱり、持つべきものは気の利く弟ですね! フフフフ……アハハハハハッ‼︎ こんな所で、こんなにも研究的にも、復讐的にも興を満たす実験台に巡り会えるなんて! 僕はなんて、ツイているんでしょう⁉︎ ではッ! 遠慮なく! ダンタリオンもいいですね」
「もちろんですよ、アケーディア様。フフフ……こんなにも最高の生贄を捧げられれば、私のプルエレメントアウトも大喜びでしょう!」
あ、なるほど。その手があったか。バルドルにクソ親父成分をくっつけるよりも、ダンタリオンの魔法に生贄を追加投入した方が手間も省けるし、魔法自体の効果も底上げできるってところか。しかも、クソ親父も魔力だけはバリバリだからな。魔法の燃料にもモッテコイだとは思う。
「しかし、ちょっとこの生贄は活きが良すぎますね。このままだと、すんなり馴染んでくれないかも……」
うん? 生贄って、活きがいい方がいいんじゃないの? ダンタリオンが意外な事をこぼしたついでに、いかにも困ったとばかりに首を捻っている。片や、そんなポンコツ悪魔さんの言葉を本気にしたんだろう。兄貴が突然、高笑いと同時に暴挙をしでかし始めたぞ……?
「でしたら、弱らせればいいまでの事ッ! クククク……アハハハハハッ!」
文字通り手も足も出ない化身相手に、アケーディアが突く、踏む、蹴るの三段階で思う存分にボコボコにしていく。……そう言や、兄貴は相当にサディスティックな奴だったっけ。十六夜も大興奮間違いなしの惨劇が、お構いなしに繰り広げられていくけれど……ま、まぁ、相手はあのクソ親父だし。問題ない……のかな、これ。
「ホ、ホ、ホ、ホ、ホ……ホフガッ? アギャァァァ⁉︎」
「いい、いい……とってもいい声ですね! ほらほら! 生贄は生贄らしく、絶望に咽び、腹の底から慟哭なさいッ‼︎」
いや、兄貴……それは流石に、やりすぎでない? 相手が憎んでも憎みきれない、凋落の元凶だってことは分かっているし、兄貴が誰かを足蹴にするのが好きなのも知ってるけど。そうも、執拗にゲシゲシしなくてもいいんじゃ……。
「クククク……! やっぱり、生贄はこうでなくては! ふぅ〜……これで、少しは大人しくなりましたか? こんな感じでいかがです、ダンタリオン」
「えぇ、えぇ。いい塩梅ですよ、アケーディア様。これであれば、文句も言わずに私の崇高な魔法の糧となってくれるでしょう!」
……そして、ダンタリオンよ。お前はさっきの光景、平気なのかよ。俺、かなりドン引きなんですけど。
そんな、復讐劇を経て無事にクソ親父を生贄として捧げれば。プルエレメントアウトの魔法陣がさっきよりも強く輝いて、いかにもやる気に満ちてます……とばかりに、頼もしい雰囲気を醸し出し始めた。
(それはともかく……この魔法、どういう構築になっているんだ? 継続発動型にしても……生贄の追加でブーストがかかるなんて、普通の魔法じゃなさそうだな……)
それこそ、その辺は後でダンタリオンに確認しておくか。……不本意だが、奴の講釈を聞いてやる約束もしているし。
「と言うことで……お待たせしました、女神様……っと。今更クソ親父と一緒になるなんて、縁起でもないと思うけど。奴の魔力でコーティングしてあれば、バルドルも女神様の魔力に食われることなく馴染めると思うぞ」
「そ、そうだな……しかし、だな」
「あ?」
クソ親父を平らげた魔法陣から、バルドルに魔力がきちんと行き渡った所で……マナの女神様達にバトンタッチしてみるけれど。ようやく準備ができたと言うのに、何故か女神様ご一行のお顔が引き攣っている。……あっ、しまった。さっきの生贄の投入シーン……お子様には、あまりにも刺激が強すぎるよな。
「……悪魔のおにーちゃん達、怖い……」
「さっきの人、お父さんなんだよね?」
「それなのに……」
やっぱり本格的に怯えられているな、これは。最近は怯えられることも、怖がられることもなくなった手前、彼女達の標準的な反応がほんのり嬉しいと同時に……どう考えてもやり過ぎちまったと、反省する。
「えっと、これは……」
「あっちのおにーちゃん達、何をしようとしているの……?」
「なんだか、とっても怖い顔で笑っているけど……」
「へっ?」
あっ、もしかして……怯えられているの、俺じゃなかったりする? 本格的に怯えられてるの、あっちの魔法研究部のお2人の方みたい……か?