22−47 一緒に乗り越えた障害も数知れず
「ねぇ、マミーは……どうなっちゃうの? マミー、助からないの⁉︎」
グラディウスの中枢へと向かう、道中にて。私が余計なことを言ったばかりに……アリエルの作り出した生命体・ラディエルの懸念事項を思い切り、抉り出してしまったらしい。
(……軽率な事を言ってしまった……んだよな、これは)
まさか、彼女がここまでの反応ができる心を持っていると思ってもいなかったし、私は彼女のアリエルに対する情念を甘く見てもいたのだろう。……こんな生々しい感情を前にして、アリエルを切り捨てるのは残酷過ぎる。
「えぇと……」
「大丈夫さ、ラディエル。きっと、ルシエルがなんとかしてくれるから」
「そうそう、心配しないで……って、はぁッ⁉︎ お、おい、ハーヴェン! 何を勝手な事を言っているんだ⁉︎」
深い悩みにハマりつつある私を他所に……ハーヴェンは懲りずに、まだまだ能天気っぷりを発揮するつもりらしい。瑣末な不安の方こそ、切り捨ててしまえと言わんばかりの笑顔で、カラカラと湿っぽい空気さえも吹き飛ばし始めるが。……ちょっと待て。それ、私が何とかしないといけないパターンじゃないのか……?
「だってさ、ルシエルは今や、神界のお偉いさんじゃないか。迷える女神を助けるくらい、できるんじゃないの?」
「イヤイヤイヤイヤ、待て待て待て! そんな、無責任な事を軽々しく言うな!」
「天使様にお願いすれば……マミー、助かるの?」
「えっと……」
なんだろうな。このパターン、以前にもあった気がする。
あれは確か……エルノアと初めて出会った日だったか。無責任ついでにハーヴェンには胸がないのを揶揄われ、エルノアには性別を間違えられたんだよな……。
(ん? だとすると……)
当時は「お兄ちゃん」と呼ばれていたのが、今回はきちんと「天使様」になったのは、素直に喜ぶべきか?
(い、いや! 喜んでいる場合じゃないぞ、これ! もぅ……! ハーヴェンはいつも、無責任なんだから……!)
これまでの月日を思い返せば。ハーヴェンの勢いに負かされて、抱えた困難は数知れず。そして、ハーヴェンと一緒に乗り越えた障害も数知れず。……あれ? 今回も、根拠や自信はまるっきりないけれど。意外とハーヴェンがいれば、なんとかなりそうか……?
「……やってみなければ、分からないけれど。もちろん、善処はする。心配しなくても、アリエルを簡単に見捨てたりはしないよ」
「ほ、本当?」
「うん、本当。だから……ハーヴェンも責任、取れよ?」
「へいへい。もちろん、分かっていますって。俺はいつだって、マスターのためなら、ひと肌もふた肌も脱いじゃうぞ?」
そんなに脱げる肌があるのなら、いくらでも脱いでもらおうじゃないか。ここは言い出しっぺの旦那にも責任をとってもらい、とにかく乗り切る方向で頑張ってみよう。
「それはさておき……とにかく、急ごう。いずれにしても、このグラディウスを止める方が先だ。ラディエル、案内をお願いできる?」
「もちろんよ! マミーを助けてもらえるのなら……私、何でもするわ」
決意もみなぎらせて、ラディエルが再び情報収集に集中し始める。そうして、律儀に2号に情報を流しつつ……的確に進行ルートを示してくれるが。……この調子でいけば、意外と早く「玉座」へ辿り着くことができそうだ。
***
(ラディエル……遅いわね。大丈夫かしら……)
娘の安否を気遣うアリエルは、気もそぞろ。それなのに……彼女の目の前では、神様の神子・セフィロトがいよいよグラディウスへと「回帰」しようとしている。少年の姿だった頃はあどけなさも残していたとあって、生意気ながらも可愛げさの余地もあったのだが。……今の彼は、少年の面影はほぼほぼ捨て去り、ただの化け物でしかなくなってきている。
(こんなザマでも……この子も愛情を必要としているのよね……)
脇目も振らず彼が霊樹との同化を急いでいるのは、他でもない。自分の理想の世界……自分を神として祝福し、愛してくれる世界を作ろうとしているからだ。マナに見失われた神子は、この世界で愛される術を知らない。だから、彼はこの世界を見捨てようとしているのだし、母親に見立てたアリエルに固執しては……愛することを強要する。
「くっ……! 本当にしつこいな……! まだ、食らい付いてくるか……」
「喰らい付いてくる……って、もしかして、例の魔法のこと?」
「うん、そうだよ。……折角、フェイクの接続先として神父を用意してやったのに。僕の魔力自体を追ってきているのか、ポートの経路が変更されている。このままじゃ、僕自身の足も掴まれかねない」
「……それで? どうするのかしら? その様子だと……策がない訳ではなさそうに見えるけど?」
「ふふ……やっぱり、アリエルは僕のこと……よく分かっているね。うん、もちろん策はあるよ。むしろ、その作戦を実行するために、僕はこんなにも深くグラディウスと同化しているんだから」
例の魔法……プルエレメントアウトから逃れるだけでいいのなら、話は単純だ。ただ、セフィロトがグラディウスとの接続を中止すればいい……ただ、それだけのこと。それに、より深く、より密に繋がれば繋がる程、セフィロト自身も制御魔法の影響をダイレクトに受ける可能性が高くなる。そのため、セフィロトの状況は決して良好ではなく、どちらかと言うと窮地であるはずなのだが……。
「……そろそろ、頃合いかな。さて……と。引き摺り下ろされる前に、あの目障りな霊樹を吸収してやろうかな」
「あぁ、そういう事。あなた……あのドラグニールを苗床にするつもりなのね?」
そういう事……と、僅かに残った面影で、セフィロトが醜く笑う。とても神様とは思えない邪悪な微笑みに、とうとうここまで落ちてしまったかと、アリエルは呆れてしまうが。……それでも、彼が「ここまで落ちぶれた」のはマナの女神のせいだと思い直し、フゥと覚悟の吐息を漏らす。
「そう。でしたら……セフィロト。これを使うといいわ」
「それは……あぁ、そうか。このグラディウスの大元になった神具だっけ?」
「いいえ。残念ながら、これはレプリカよ。……本物は調和の大天使が持っているわ。でも、魔法道具材料としての性能は残しているから……ちょっと、待っていて。女神の能力で、あなたに相応しい鎧を作ってあげる」
グラディウス……延いてはセフィロトは武器なら既に、有り余る程に持っている。枝という枝を剣に挿げ替え、攻撃性だけは高いと言えるだろう。だが、一方で……ローレライの本領を食い散らかし、あまつさえ捨て去ったグラディウスに、機神王譲りの盾はもうない。だからこそ、アリエルは今のセフィロトに必要なのは、武器ではなく防具だと判断していた。
「……さ、できたわ。サイズは合っていると思うけど……どうかしら?」
そうして、さして苦労することもなく、アリエルが髪の毛とロンギヌス(レプリカ)とを掛け合わせた鎧を作り上げる。見た目は明らかにいかにも頑丈そうで、いかにも重そうだが……まるで特別仕立てで誂えたように、セフィロトの肌に吸い付くそれは、外観とは裏腹に、どこまでも軽やかで心地いい。
「うん、ありがとう。鎧みたいに見えたから、重いのかと思ったけれど。意外と軽いね」
「当然よ。か弱い男の子に、重たい鎧を着せるわけにはいかないわ。鎧が足枷になるのは、意味がないもの」
自分を「か弱い」と言い放った女神に、セフィロトは探るような眼差しを向けるものの……彼女の発言は自分を侮るものではなく、純粋な母性由来のものらしいことにも気づいて、そっと目を伏せる。少なくとも、これを着てさえいれば、彼女は自分を見つけてくれるだろうか。霊樹に同化し、世界を作り直した暁に……自分を再び、探し出してくれるだろうか。