22−45 こうなったら、最終手段です!
「ルシエル、どうだ?」
「あぁ……多分、こっちだ。2号からの発信源がだんだんと近づいている」
見慣れた青年姿に戻ったハーヴェンに、そう請け負えば。ハーヴェンも緊張していると見えて、「そうか」と小さく返事をした後に、深く息を吸う。
私達は無事、グラディウスの本体……死神の腹部分から内部へと潜入を成功させていた。数多の腕による剣戟と、機神族達の猛攻をも掻い潜り、どこか不気味な臓腑を進む。こうして敵の懐中に忍び込めたのは、みんなの協力はあってこそ。だからこそ、手助けをしてくれたみんなのためにも、私は大天使としての最大の役目……ロンギヌスに眠るプログラムの完遂を、何がなんでも達成させなければならない。
しかし……今までの賑やかさの反動か、はたまた、先程の団体行動に慣れてしまったせいか。連れがハーヴェンだけになったことに、異様な寂しさを感じる。
「結局、2人きりか。まぁ、あんまり大人数でゾロゾロ出歩いても、また見つかるかも知れないもんな」
「そうだな。でも……こうも急激にメンバーが減ると、目立たない分、やけに静かすぎて落ち着かない」
指輪持ちのペアに限られるとは言え、総勢8人の移動は相当に目立つものがあったようだ。そんな「ちょっとした失敗」を鑑みて、ルシフェル様はロンギヌスの持ち主である私と、最大のパートナーであるハーヴェンを最終プログラムのメッセンジャーとして選んだようだが。……正直なところ、ここまで大胆な人員削減では、不安の方が大きい。
「ふっふっふ……俺はルシエルと一緒なら、いつも以上に頑張れちゃう気がする。それに……ここからがファイナルステージなのは間違いないだろう。だったら、どんな事があっても食らいついて……負けないようにしないと」
それなのに……ハーヴェンときたら。軽々と私の不安を吹き飛ばし、挙げ句の果てにいとも簡単に使命感を底上げしてくるのだから、敵わない。そうだ。彼は「そういう奴」だった。根拠も理由もないポジティブさで、なんだかんだんでサラリと難題をクリアしてくる。基本的にネガティブな私にさえも勇気を分けてくれるのだから、彼は悪魔ではなく一種の守護神なんじゃないか、と本気で考える事がある。
(精霊帳にも「魔神」と記載があるし……ふふ。あながち、間違いじゃないかも)
そんな事に思い至れば、先程までの落ち着かない寂幕も吹き飛ばせそうな気がするから、不思議なものだ。
***
「ここは、まさか……(なんて、タイミングの悪い……!)」
どうしよう。オリジナル大天使(1号)がグラディウスに潜入せしめた一方で、ルシエルちゃん2号は頭を抱えたくなる事態に直面していた。
ラディエルにやや強引に連れてこられたのは、ルシフェル2号が辛うじて楔を打ち込んでいたアンカー部分。要するに、ルシエルちゃん2号の無線通信を担保しているシステムそのものであり、ルシフェル2号の鎖を再連結するために必要なパーツでもある。だが、それ以上に問題なのは……。
「う、嘘……! さっき、神様が鎖を切ったはずなのに……どうして、また繋がっているの⁉︎」
「さ、さぁ……どうしてでしょうねー……」
気の抜けた返事で、「自分は何も知らないよ」とアピールするルシエルちゃん2号。しかし、ルシエルちゃん2号は当然ながら、プルエレメントアウトの再接続が「ついさっき成功したこと」は知らない。マモンの努力の甲斐あって、プルエレメントアウトは無事にルシフェル2号のアンカー目掛けて鎖を再構築したまでは良かったものの。運悪く、ラディエルの現地到着がほんの少しだけ「遅かった」。もう少し早ければ、ラディエルはルシフェル2号のアンカーに気づきこそすれ、鎖が切れている状況を確認しては、とりあえずは「異常なし」で引き返しただろうに。
(しかも……あぁ! まさか、1号がこっちに来ているのですか……?)
鎖の形態に変化したルシフェル2号は既に、視覚情報は取得できない。それ故に、彼女は彼女で無作為に天使長仕様のパネルを経由し、ルシエル(1号の方)の位置情報をルシエルちゃん2号に伝えてくるものの。既に近くにやって来ているともなれば、この場をうまく誤魔化したとて、1号と鉢合わせする可能性は非常に高い。
(であれば……こうなったら、最終手段です!)
魔法道具に似つかわしくない、ため息をスゥと吐きつつ……ルシエルちゃん2号は、ラディエルを引き込むことに決める。それでなくても、彼女も言っていたではないか。「力を貸してくれるのなら、どんな相手でも神様よりはマシな気がする」と。まだ、協力を仰げる余地はある。
「……ラディエルさん、あなたにお話ししなければならないことがあります」
「えっ? 急に改まってどうしたのよ、後輩ちゃん」
すっかりルシエルちゃん2号を仲間だと思っているラディエルは、どうやら先輩風を吹かせたいお年頃らしい。名前を聞かれなかったので、名乗り損ねていたのだが……きっと、生まれたての機神族には、名前も付けられていないのだと思ったのだろう。そうした事情から、ラディエルはルシエルちゃん2号を「後輩ちゃん」と呼んでは……ちょっぴり得意げな顔をするのだ。
それはさておき。今が改めて自己紹介するべき時だと判断したルシエルちゃん2号は、自分のあらましと役割を説明することに決める。ラディエルの反応によっては、任務の失敗もあり得るが……そもそも、自分は最初から「使い捨て」なのだ。であれば、決裂した場合は彼女ごとスクラップになる強硬手段を採択してもいい。
「……先程、私が生まれたばかりの魔法生命体だと説明致しましたが。……実際には、グラディウスで生まれた機神族ではないのです」
「そ、そうなの? それじゃぁ、あなたは……」
「私はこのグラディウスに正常化プログラムを打ち込むために、経路探索用として作られた魔法道具なのです。そして、このアンカーは私が収集した情報を制作主に送信するためのものでもあり……グラディウスを引き摺り下ろすための楔です」
「そんな……! それじゃ、あなたは……」
「……申し遅れました。私の正式名称は“プログラム経路探査機”。通称・ルシエル2号。……調和の大天使たるルシエルの羽を媒介にして生み出された、探査型AIです」
「え、えーあい⁇」
「AI……アーティフィシャル・インテリジェンス。いわゆる人工知能、ですね。私は天使の羽をベースとした魔力と、彼女の判断力・思考パターンを学習したプログラムを組まれています。そして……魔界の大悪魔がルシエルの自我の上澄と、大元となる天使長2号のコピーとを掛け合わせ、スタンドアロン稼働を実現させた魔法生命体。……それが私です」
捲し立てられるように、難しいことを言い出したルシエルちゃん2号を、ポカンと見つめるしかないラディエルだったが。しかし……彼女の自己紹介に、彼女のディテール以上に「よろしくない情報」が含まれていたことにも気づいて……途端に慌て始めた。
「と、言うことは……後輩ちゃんは私の敵だったって事⁉︎ 私を騙していたの⁉︎」
「騙していない、と言えば嘘になります。……私はあなたが持つ、中枢へのルート情報が欲しいのです。そして……残念ながら、あなたの仲間ではありません」
「そ、そんな……!」
「ですが、私達は……」
「い、言い訳はいいんだから! だったら、マミーに早く知らせないと……」
ルシエルちゃん2号が敵だと分かると、先程までの親密な様子が嘘のように……彼女を振り切り、来た道を戻ろうとするラディエル。しかし当然ながら、ルシエルちゃん2号にはラディエルを逃すつもりはない。
「……人の話は最後まで聞くものですよ、ラディエル」
「キャッ……⁉︎」
ルシエルちゃん2号は確かに、新しい魔法を習得することはできない。しかし、あらかじめ組み込まれていた魔法は自前の魔力で発動することができる。そして……最終手段として、爆発による証拠隠滅機能も備えている。
しかし、まだ自決するには早い。どうやらベルゼブブ譲りらしい、地属性の拘束魔法を繰り出しながら……やはり、どこか人間味のあるため息を吐くルシエルちゃん2号。実力行使よりも、まずは交渉が先だ。
「後輩ちゃん……いや。ルシエル、でしたっけ? まさか、私を……殺すつもりなの……?」
「……通称名はルシエル2号です。それに……今はまだ、あなたを殺すつもりはありません」
「今はまだ? それって、どういう……」
「……あなたをスクラップにする、しないは、あなたの反応次第です。敵として、この場で一緒に私と散るか。それとも……友として、一緒に母親を救うか。だって、言っていたではないですか。……あなたは母親を助けたいのでしょう? 私達の最終目標は異なりますが、辿るべき方法は同じだと思いませんか? でしたら、ここで犠牲になるよりは互いに手を取った方が……遥かに合理的だと思いますよ」
「……」
さぁ、お手を拝借。つと差し伸べられた手を見つめては……ラディエルは意を決して、その小さな手を取る。
ラディエルには、ルシエルちゃん2号の言う「合理性」はあまり理解できない。だが、ルシエルちゃん2号側の方が、母親……アリエルを助けてくれる可能性は高いと踏む。
(そう、よね。……どんな相手だって、神様よりはマシだもの。だったら……後輩ちゃんに協力してもらった方が、断然いいわ)