22−43 煽てられなくても木に登っとけ
「絶対に、嫌です! どうして私の崇高で、完璧な魔法にアレンジを加えないといけないのですかッ⁉︎ 私の魔法に改良の余地があるだなんて、認めませんからね!」
「だから、ダンタリオンちゃん! そーじゃなくて。君の魔法が完璧じゃないと言っているわけじゃないんだよ……」
ハイハイ、皆様ご機嫌ようっと。今日も今日とて、配下の駄々っ子ぶりに悩み爆発なマモン様ですよ。今、俺はベルゼブブに誘われて、再びヴァンダートの砂漠を踏みしめていま〜す。そんでもって、ベルゼブブの説得が失敗したのを、呆れ気味で眺めていますよ〜。
(本ッ当に……ダンタリオンはいちいち、面倒クセェ奴だなぁ……)
ここまで予想通りだと、いよいよ嫌になっちまうが。魔法の事となると、ただでさえ狭い視野がグッと縮まるダンタリオンは、当然の如くベルゼブブの改良の提案をプンプンと拒絶してくる始末。しかし……さぁ。俺に対する態度もそうだが、ベルゼブブだって一応は暴食の真祖だぞ? どうしてお前は真祖(要するに魔界のトップクラス)に対して、ここまで失礼をぶっ放せるんだよ。
「大体……なんですか⁉︎ あの横暴極まりないルシファーのコピーと連結しろですって⁉︎ あぁぁぁぁ……! そんな事をしたら、私の魔法が穢れますッ!」
しかも……ナニ? その明らかにおかしい思考回路……。普通、逆だろ、逆。清らか(という事になってます)な天使ちゃんが噛んだら魔法が穢れるなんて、聞いた事ないぞ? それこそ、悪魔が手を出した方が穢れる可能性が高いだろうが。特に、瘴気的な問題で。
「ダンタリオーン、ちょっと落ち着け。別にお前の魔法を弄ろうってわけじゃなくて、な。ちょいと魔法を連結してほしいだけなんだよ。お前の完璧な構築には手を出さねーから、安心しとけ」
「連結? それは要するに、私の魔法に余計なものを足すという事……」
「じゃねーわ、ボケナスが。お前はどーして、そう物事をネガティブにしか捉えられないんだよ……。いいか? ベルゼブブが言っているのは、あくまで手伝ってほしいって事で、お前の魔法を作り変えるわけじゃねーんだよ。別働で頑張っている魔法道具に対して、お前の魔法でアシストしてもらいたい……それだけだ」
「なんだ、そういう事ですか? ……だったら、最初からそう言ってくださればいいのに。ふふ……魔法を変更されるのは御免ですが、補助をするのは吝かではありません」
……相変わらず、おめでたい性格をしているな、お前は。内容はなーんにも変わっていないのに、上から目線の立場を確保してやっただけで、コロリと態度を変えやがった。
(ダンタリオンはとにかく、下手に出るのが嫌いだからなぁ……)
いつでもどこでも「教える側」だった奴にとって、自分の欠陥を他人に指摘されるのは、とにかく屈辱的な事になるらしい。……そんなんだから、いつまでも面倒臭いままなんだが。実際、魔法の知識だけはギッチリ搭載されているし、正面から正論をぶっ放したところで、舌鋒強かなダンタリオンに「Yes」と言わせるのは、まずまず無理だ。なので、この場合は連結先が「魔法」ではなく「魔法道具」だと示してやることで、関心を失わせる必要がある。
ダンタリオンの得意分野は「魔法」であって「魔法道具」じゃない。きっと、この辺は無意識なんだろうが……ダンタリオンは得意分野から話題が逸れると、途端に興味を失い、深追いをして来なくなる傾向が強い。……多分、深追いしたところで、言い負かされるのが目に見えているからなんだろう。その上で「お前の方が偉いんですよ」というオプションをつけてやれば。スムーズに事を運べるって寸法だ。
しかし……ツボさえ抑えておけば、扱いやすいのは何よりだが。こうも配下が間抜けだと、却って情けないな。全く……煽てられて木に登るのは、豚だけにしておけよ。山猫だったら、煽てられなくても木に登っとけ。
(やっぱり、親の大悪魔は違うねぇ。ダンタリオンちゃん、途端に大人しくなったよん)
(……これで、奴とは2000年くらいの付き合いだからな。多少の扱いは心得ている)
ま、予想を外すこともあるけどな。
「おや……少し離れている間に随分と、面白い事になっていますね。……まさか、あのバルドルがここまで食らいつくとは思いませんでしたけど。先程のお話だと、僕の補助はいらなさそうですか?」
「その声……もしかして、兄貴か?」
そうこうしている内に、今度は黒いロバが真っ白な枝らしいものを担いで、パカパカとやってくる。声色や口調からするに、このロバはアケーディアみたいだが……なんて俺が思っている矢先に、背中の枝をドサリと下ろすと、兄貴がいつもの姿に戻って見せる。
「荷物を運ぶために、いちいちバーサークモードにならなくてもいいだろうに……。荷物が重たいのなら、専用空間に引っ込めとけよ」
「ま、それもそうなのですけど。これは一種のトレーニングと申しますか。バーサークモードでいかに長く、いかに賢く理性を保てるかの実験も兼ねているのです。それに……ふふ。意外と、この姿はウケがいいようでして。バビロンや子供達からも、なかなかに評判が良いのです」
「ほぉ〜……そういうもんか?」
しかし……こう言っちゃ、なんだが。背中に枝を背負ったロバって、無性にしっくり来るというか。妙にのんびりした印象で、牧歌的と言うか。しかも、意外にも兄貴もロバになり切るのも満更じゃないっぽい。まぁ……いずれにしても、平和で何よりなこった。
「それはそうと……もしかして兄貴も手助けしてくれようとしていたのか? しかも、バビロンにってことは……」
「えぇ、少しばかりリルグに戻っていました。あれで、バルドルはバビロンのお気に入りですからね。……若干癪ですが、バルドルには存命していただかないと、彼女はまた自分を見失いかねません。ですので……ちょっと報告と準備に行っていたのですよ」
「ふ〜ん……そうなんだ? ……今の話、嘘じゃなさそうだね」
「こんな所で嘘をついても、仕方ないでしょう。ここは何が何でも、あの霊樹を引き摺り下ろさなければなりませんし」
おっ! 兄貴はやっぱり、ここぞという時に頼りになるな。ベルゼブブの剥き出しなライバル心もどこ吹く風と、目的を見誤らないのは、さす……
「あの霊樹には、最上級の実験対象が居るのです! 絶対にグラディウスを撃沈させて、彼らを是非に僕の俎上に載せなければ……!」
……流石、じゃなかった。どうやら、兄貴には兄貴の黒い企みがあるらしい。まさか、バビロンさん云々はついでっぽい……?
(あ、いや。これはそうじゃないな。どちらかと言うと、実験うんちゃらの方がついでみたいだな)
やや不満そうだが、ベルゼブブが触覚を捻りながらも茶々を入れないとなると……アケーディアの企みに、後ろ暗いものを感じなかったのだろう。ベルゼブブは自分が気に入らない奴の悪意には本当に敏感だし、あからさまに邪険な態度を取るんだよなぁ。それがないって事は多分、アケーディアが気に入らないなりに、バビロンのお望みを優先したんだろう。
ベルゼブブのご機嫌に関しては、あくまで予想の範囲だけど……まぁ、何と言いますか。何だかんだで、ベルゼブブとの付き合いも長いし。俺の予想はあんまり外れていないと思う。
(だけど……あ、あれ? もしかして、この雰囲気……かなり険悪な感じか……?)
アケーディアが戻ってきた途端、あからさまに空気がピリピリし始めた気がする。元々、仲が悪げだったベルゼブブもそうだが……あんなにも兄貴に傾倒していたダンタリオンも妙に渋い顔をしているじゃないか。
(悪魔の「こだわり」がとにかく頑固で強情なのは、デフォルトだけど……)
そんな悪魔の中でも、「こだわり」の強い変人が3人揃ったら協力どころか、あらぬ方向に何かが勃発しそうな気がしてきた。類は友を呼ぶと、よく言うけれど。似たもの同士でも、同族嫌悪もバリバリなこいつらが顔を突き合わせれば、衝突は避けられないのかも知れない……。