22−41 睥睨する死神
「……どうやら、ドラグニールとユグドラシルの結合も最終段階に入ったようだ。そして……」
「グラディウスも最終段階に入り始めた……という事でしょうか?」
ルシフェル様と一緒に、無事に脱出せしめたグラディウスを遠くに仰げば。おどろおどろしく白骨化した容貌で、ギョロリと世界を睥睨する死神の姿がそこにはあった。ミシェル様の話では、グラディウスの女神はもがき苦しんだ後に、腕という腕に剣を携えた凶暴な形態へと変化したのだと言う。……妙にタイミングも一致しているし、ロンギヌスが打ち込まれた影響だと考えて良さそうだ。
「うむ? まさかこの魔力の感じは……例の神父か……?」
「例の神父……となると、コンラッドの事ですか?」
「あぁ、間違いなかろう。複雑な変遷が見て取れるが、僅かにカイムグラントの魔力が混ざっておる」
そんな中、ルシフェル様は女神(今となっては死神か)の魔力にコンラッドの残滓を嗅ぎ取ったらしい。契約を切られてしまってから、私にはコンラッドの魔力を追うことも、彼の状況を把握することもできなくなっていたが……そうか。彼は「あんな所で」生きていたのか。
「……かなり悲惨な状況のようだな。あの女神の骨格を作っているのは、どうもカイムグラントのようだが……彼の意思は既に死滅しているように思える。……おそらく、魂は追い出された後であろう」
「それはつまり……コンラッドはもう、この世にいない事になるのでは……?」
「……そうなるだろうな」
やれやれとルシフェル様が首を振る一方、思いがけない訃報に驚いたのだろう。ハーヴェンが既に耳を力なく垂らしながら、話に入ってくる。
「なぁ。プランシーは……どうなっちまったんだ?」
「明確な事は分からぬが……魔力の感じからしても、あの女神の姿は神父の状況を踏襲しているように思える。おそらく、彼はグラディウス側に付いたはいいが、神様とやらに都合よく利用されただけなのだろう。魔力を吸い上げられ、あまつさえ……」
「体はとっくに朽ち果てている……ってところか」
そうして、ハーヴェンがガクリと肩を落とすが……。コンラッドの契約は私が預かっていた手前、明らかに落胆されてしまうと、とにかく辛い。ハーヴェンは本性に戻っている場合、顔の表情自体は乏しい傾向があるのだが。今の彼は耳はペタンコ、鼻は寂しそうにスンスンと鳴っていて。全身で悲しみを表現してくるのだから、敵わない。
「……と、お知り合いの惨状に悲しんでいる場合じゃないぞ、ありゃ」
しかし、ハーヴェンの悲嘆をよそに、いつもながらに冷めた様子のマモンが切り込んでくる。
「そのようだな。……とうとう、足を切り落とす判断を下したか」
そんな彼の指摘に、改めてグラディウスを見やれば、今まさに……彼女はいよいよ、自身の身さえも切り落とす判断をしたようだった。
「彼女」はスカートを脱ぎ捨てるようにローレライの名残を切り離したそうだが、それでも、彼女の両足にはダンタリオンのプルエレメントアウトによる鎖と、ルシフェル様2号による鎖が巻きついている。先程まではその鎖を解こうと、もがいていたようだが……無傷で自由になることに見切りをつけたのだろう。特別に長く伸ばした枝(腕)を自身の足元に向けると、勢いよく両足にも見える底の根を薙ぎ払う。そして……。
「来るぞ! ここは悠長に作戦会議をしている場合でもない……か。であれば……リヴィエルにリッテル!」
「は、はい!」
「お前達は私と一緒に来い。ミシェルと一緒に、ドラグニールの防衛に加わることとする!」
「承知しました!」
そう言えば……ここにいる天使は私以外は全員地属性だったな。ルシフェル様はエレメントの強みを活かし、とりあえずはドラグニールを守り抜こうと、急場の作戦に打って出たと見える。と、なると……。
「それで……マモンとベルゼブブもこちら側の補助に来てもらえるか」
そうなるだろうな。旦那様方も一緒に防衛ラインに組み込むのが、まぁまぁ順当な判断だろうと思う。マモン自身は風属性だが、手持ちの刀には霊樹に対して一定の効力を発揮するものが混ざっていると聞いているし、彼自身の戦闘能力や判断力もずば抜けて高い。戦場にいるだけで、相当の戦力になるはずだ。
それで……ベルゼブブは言わずもがな。彼は地属性であり、防御魔法の精度はルシフェル様以上の手腕がある。防御魔法の連結発動もお手の物だろうし、そもそも魔力保持量の桁が違う。きっと、私達以上にしっかりとドラグニールを守ってくれる気がする。
「俺は構わないぞ。で? よーするに……強欲からはゴブリンヘッド共を総動員すれば、いいんだな?」
「そうなるな。話が早くて助かる」
「ま……今のあいつらは意外と素直だからな。俺が補助してやれば、防御魔法の連結もやってやれないこともないだろ」
あっ、なるほど。ゴブリンヘッドも地属性だったか。
話を聞く限り、彼らは単体でしか魔法を発動できないようだが……そこに大悪魔の補助が入れば、多少の連結も可能という事なのだろう。悪魔達の統率という面からしても、親玉の悪魔というのは本当に頼りになる。
「僕はそのまま防御魔法でアシストすれば、いいのかな〜ん?」
「あぁ。ベルゼブブもそれで……」
「もちろん、オッケー……と、言いたいとこだけど。ごめん、ハニー。僕はちょっと、様子を見に行きたい場所があるんだよ。で……できれば、マモンについて来てほしーんだけどぉ」
「はっ?」
意外や意外。ベルゼブブの方こそ、素直にルシフェル様のお願いを聞き入れてくれると思っていたが……何やら、彼にもそれなりの事情がある様子。しかも、マモンを同行させたいとなると……荒事も想定しているという事か?
「あぁ、そういう事か。……お前、ダンタリオンの様子を見に行くつもりなんだな?」
「ピンポーン! そういう事〜! ついでに、ハニー2号の鎖との連携を強化しておこうと思って。ほら、鎖も落とされちゃったでしょう? 一応、それなりに仕込みもしてはあるけど……大元とくっついている方がいいし〜」
「なるへそ? だけど……それ、あのダンタリオンが許すかな? あいつは何かと自分が作った魔法に対するこだわりが強いし……」
「だから、一緒に来てって言ってるんじゃないの〜ん。ダンタリオンちゃんを1人で相手するなんて、僕には無理だも〜ん」
「……」
……マモンを同行させたい理由は荒事ではなく、ダンタリオン絡みみたいだな。そして、マモンの方も非常に渋い顔をしながらも、よくよく分かっているのだろう。……ダンタリオンはクセがやや強いため、ベルゼブブだけでは心許ない事を。
「面倒なことになりそうだが……ま、そういう事なら、ちょっくら行ってくるか。悪い、リッテル。そういう事だから、ゴブリンヘッド達の統率は任せるよ。頼めるか?」
「えぇ、もちろん。皆さん、とっても紳士的ですから。きっと、私のお願いも聞いてくれると思います。それに……こちらはこれだけのメンバーが揃っているのですもの。きっと、大丈夫。ですから……気をつけて行ってきて下さいね、あなた」
「うん」
従順にリッテルがニコリと微笑めば。彼女のお見送りを受け取って、これまた嬉しそうにニコリと微笑む、強欲の真祖様。こちらはこちらで、仲睦まじい様子がちょっと羨ましい。
「……いいなぁ、いいなぁ。ね、ハニー」
「サッサと行ってこんか、ベルゼブブ」
「は、はい……(グスッ)」
一方、天使長の相変わらずのそっけない対応に、涙を飲む暴食の真祖様。まぁ……ルシフェル様の突き放した態度は相変わらずだし、先程の状況からしても、彼の場合は自業自得だし。……こればかりは仕方ないと思う。