22−37 意外としぶとくて、諦めが悪い
「おや? 今度は……なんだろう?」
甲斐甲斐しく、竜女帝様の防衛にヒトハダ脱いでいると。あんなにも見境なく大暴れしていたグラディウスの攻撃が、ピタリと止んだ。見れば……向こうの女神様はどうも、もがき苦しんでいるらしい。言葉を成していない呻き声を上げながら、なんだかジタバタしているけれど……。
「ふぅむ……ローレライの奴、ここにきて少し息を吹き返したか」
「えっ?」
ボク達と一緒に防衛戦に加わってくれていた婆様……ことドラグニール様が、コトもなげにそんな事を言うけれど。ローレライが息を吹き返した……って、どういう事⁇ あの女神様はローレライじゃなくて、グラディウスじゃないのかな?
「なぁに、簡単な事じゃ。あのグラディウスとやらは、あくまでローレライが変化した姿であって、大元がローレライであることに変わりはない。……霊樹というのは意外としぶとくて、諦めが悪いものでな。少しでも本分を発揮していた時の破片が残っておれば、そこから新たに芽吹く事ができるのだよ。挿木で増える植物と、一緒じゃな」
「と、言われましても……」
挿木って、何かな? 種を蒔いて、ニョキニョキ生えるのとは違うんだろうか……?
「挿木というのは枝や茎の一部から殖える事ですよ、ミシェル様」
「えっ?」
「植物の中には種からじゃなくて、切り落とされた部分からも発根するものがあるんです。もちろん、全ての植物がそうやって殖えることが出来るわけじゃないですけど……ドラグニール様のおっしゃりようだと、霊樹は破片からでも殖えることが出来るみたいですね」
「その通りじゃよ、婿殿。ふむ、お主はなかなかに霊樹の仕組みも理解していると見える。感心、感心」
隣から頼もしく火を吹いていたギノ君が、そんな解説を加えてくれるけれど。あぁ、そう言えば……そんな話もあったね。霊樹は同じ魔力構造を持つ相手を苗床に、欠片からでも新しく芽吹くことが出来るんだっけ。そして、ローレライはグラディウスを苗床に……って、あれ?
「と、言うことは……もしかして、形勢が逆転した感じかな?」
「いや、そういう訳ではなかろうて。おそらく、ローレライの目覚めは彼奴の変化が始まった切っ掛けになっただけで、全てを取り返したとは言い切れぬようじゃの。ほれ……変化が止まったぞ」
「あっ、本当だ。だけど……うん? あの様子だと……グラディウス、枯れちゃったのかな?」
婆様がクイと顎で示して見せるもんだから、ボクも遠くのグラディウスに目を凝らすけど。さっきまで一応は皮膚(樹皮?)を纏っていた「女神様」が、見るも無惨に痩せこけた姿になっているじゃないの。これは軽量化に成功した……なんて、楽観的な状況でもなさそう。
「……よく分からんが、こちらとしてもあまりいい傾向ではないな、あれは」
「そうなんですか? ボクには弱体化したようにしか見えないんですけど?」
「いいや。違うぞ、大天使殿。あれは間違いなく、グラディウスが次の段階に入ろうとしておる兆候じゃろうて」
「次の段階……?」
「うむ。……確かに、霊樹は大きければ大きい程、大量の魔力供給を実現することができる。だが、それは霊樹の都合ではなく、どこまでも魔力を享受する側の都合じゃてな。養うべき相手が多かったり、供給しなければならない魔力が多いからこそ、霊樹も大きくならざるを得ないのじゃ」
「と、言うことは……」
「グラディウスはいよいよ自分の世界を作ろうとしておる、と言うことじゃな。彼奴はきっと、自分の世界に住まわせる相手は最低限で良いと判断し、敢えて矮小化したのだろうよ」
最初から大勢の相手を養おうと無理をすれば、霊樹の成長よりも先に、命の方が溢れ過ぎて共倒れになってしまう。それでなくても、霊樹はきちんと魔力を吐き出せるようになるまで、最短でも150年くらいは必要なんだって聞いたことがある。そして、規模が大きければ大きい程……最低限の仕事をこなせるようになるまでの時間もかかってしまうモノらしい。
(……グラディウスの神様は、最初から命に篩をかけるつもりなんだ。そして、自分に都合のいい命だけを育て直す気なんだろう……って、あれ? 今度は何が始まるのかな……?)
ボクがそんな事を考えている矢先に、霊樹の女神様はまるでスカートを脱ぎ捨てるかのように、スポッと霊樹の根本部分を切り離し始めた。だけど、身軽になったのは「お洋服」だけじゃないらしい。どれどれと目を凝らして見れば……ちょっとブサイクなだけで済んでいた彼女の顔は極限まで痩けて、レヴナントの親戚なんじゃないかと思えるような骸骨チックな表情に変わっている。
「うわぁ……なんだろう。グラディウスの女神様って、美的センスゼロなのかな……?」
「ミシェル様、そんな事を言っている場合じゃないと思います……。あの様子だと、多分……彼女はこちらに直接攻撃するつもりなんじゃないでしょうか……!」
「えっ?」
きっと、不穏な空気を感じ取ったのだろう。隣からギノ君がそんな事を言うもんだから、もう一回どれどれと、彼女をよ〜く見てみれば。……あっ、ホントだ。確かに彼女の「腕」に該当しそうな部分には、白い光を放ちながらも、明らかに禍々し〜い剣が握られている。しかも……。
「……あれ、腕は何本あるんだろうね?」
「ふむ、こうなると数えきれんな。伊達にグラディウス……“剣”を名乗っている訳ではないと言うことか」
「アハハ……そうなります? 婆様、それ……冗談じゃないですよね?」
「あれを見れば、分かるじゃろ?」
「ですよね……」
って! ボクが脱力している間に、彼女の方はしっかり臨戦態勢に入っているんだけど⁉︎ そんでもって……こっちに来るっ⁉︎
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってって! こっちは魔力ももう、ギリギリだよッ!」
とか、何とか言いつつも……おや? 勢いよくこっちに飛んでくると思っていた女神様の突進が、途中でピタリと止まっているじゃないか。う〜んと、何かが彼女の足に絡みついていて、邪魔をしているみたい……?
「あれ、もしかして……」
噂の新しい魔法……かなぁ? だけど、ダンタリオンの魔法って生贄が必要だったり、魔力消費も激しかったりと……そんなに簡単に展開できる魔法じゃないって聞いていたけど。それなのに……両足に鎖が巻き付いているとなると、ダブルキャストでやらかしたんだろうか?
「もうちょっとなの……! もうちょっとで、対抗できるようになるの……!」
「エル! だ、大丈夫⁉︎」
女神様の意外な「足止め」にちょこっと安心しているのも、束の間。おっと、忘れちゃいけない。ボク達の背後では、エルノアちゃんが頑張っている最中だった。そんな新しい竜女帝様は牙を食いしばって、熟練霊樹・ドラグニールと新米霊樹・ユグドラシルとをくっつけようと、一生懸命「架け橋」の役目を続けている。
「うぅむ……これはちと、厳しいようじゃの」
だけど、苦しそうなのはもちろん、表だけじゃなくて……エルノアちゃんは、内面からしっかりと苦境に陥っているみたい。そしてきっと、エルノアちゃんを優先するつもりなんだろう。機敏に彼女の窮地を嗅ぎ取った婆様はかなり険しい顔をしながら、バハムートとギノ君にお役目を言い渡す。
「であれば……へなちょこバハムートに、婿殿」
「は、はい! えぇと……」
「承知しております、ドラグニール様。竜女帝の魔力補助をされるつもりなのですね。であれば……ここは私達が彼女の進撃を、何が何でも食い止めます。ギノ君ももう少し、頑張れるかい?」
「もちろんです! エルを最後まで守り切って見せます!」
「そうか、そうか。なら、この先はお前達に任せるとしようかの。……最後まで援護してやれぬで、すまぬの。婆様はバハムートの言う通り、竜女帝の魔力補助に入る。まぁ、心配するでない。……大主様がこれだけ近くに降りてきたのだ。お前達には、婆様の中継はもう必要なかろうて」
婆様が仰ぐ先からは、確かに彼女達の言う大主様……ドラグニールの本体がゆっくりと、それでも確実に神々しい姿で降りてくる。そして、先端の白い根っこは優しくエルノアちゃんを撫でるように、彼女の方へと伸びていく。
「さて……と。ここからが正念場みたいだね。やっぱり、“向こうの彼女”は諦めていないようだし」
「そのようですね、ミシェル様。やはり……なかなかに、神様もしぶとい」
うん、それはボクも同感だよ、バハムート様。ここらでいっちょ、ボク達もしぶとくいかなきゃね。だって、さ……彼女、足をグイグイ引っ張られながらも、不気味な顔でこちらを睨むことも忘れていないんだもの。こりゃぁ、相当に暴れてくれそうだなぁ……。