22−33 よろしくない趣味
グラディウスの神様にも、ロンギヌスの抵抗が伝わった……そう言い放った割には、ベルゼブブはいつになく冷静。俺としては慌てるしかない場面だと思うのだけど、親玉にいつものふざけた無責任さは微塵もない。
「……もう少しでプログラム自体は完走しそうです。しかし……」
「うん、分かってる。このまま切り離されちゃったら、勿体ないよねぇ。と言うことで、ハニー!」
「……なんだ、ベルゼブブ」
何やら秘策があるらしいベルゼブブが、当然のようにルシファーに声を掛けるが……お嫁さんのご機嫌は斜めになったまま、回復の兆しを見せない。そんな連れない彼女に、仕方ないなと肩を竦めながらも……またも、フゥとため息を吐くベルゼブブ。
……いやいやいや。彼女の不機嫌は間違いなく、お前のせいだからな?
「ハニー2号を呼んでくれるかなーん? 何となーくこうなるだろうと思って、彼女にはちょっと細工をしてあるんだよねぇ」
「細工? お前、2号にどんな細工をしたと言うのだ?」
「うん、彼女を作る時にバルちゃんの鱗を混ぜ込んでおいたんだよ。……彼、ギルちゃんの忘れ形見みたいでね。要するに、元のルートエレメントアップに対して、ある程度介入できるっぽいんだよ」
「……そうか」
似合わない程にしんみりし始めたベルゼブブ相手に、流石のルシファーもこれ以上は怒れない様子。そうして、素直に「2号」を呼び出しては、代わりにカクカクシカジカと状況を説明し始めるが……。
「ところで、ハニー。2号のコスチュームが変わっているよん」
「当然だ。大切な分身に、あんなに破廉恥な格好をさせられるか」
「い、いや、あれは男のロマンって言うか、憧れって言うか、理想って言うか……」
「……触覚を捥がれたくなかったら、黙れ」
「あっ、ハイ」
すぐさま迸るのは、ルシファーの並外れた威圧感。素直に黙るベルゼブブを尻目に、2号様は冷ややかな一瞥を投げながらも、余計なことを言うつもりもないらしい。そうして2号様は慣れた足捌きでルシエルの側へと静々と歩み寄るが、丈の長いローブに苦戦している様子もなさそう。むしろ、いっそこっちの方が自然だと言わんばかりに、眩しすぎるボディラインも見事に封印されている。うん、これなら目のやり場に困ることもないな。
「ねぇ、あなた」
「あ?」
「……あんな感じの格好が、男のロマンなの?」
「……それ、俺に聞く?」
「あっ、ボス! 僕も知りたいです!」
「どうして、そこでミカエリスも乗ってくるんだよ……?」
一方で、同僚の流れ弾を被弾したマモンがお嫁さんと配下さんから質問攻めにされている。妙に「男のロマン」に乗り気な彼らに、彼の仏頂面がみるみる曇っていくが……。
「……あれが男のロマンかどうかは、俺も知らん。少なくとも、俺は嫁さんの下着姿はお披露目したくないな」
「あら、そうなの?」
「んなの、当たり前だろ? 嫁さんの恥ずかしー格好は、独り占めするに限るだろ。そんなのをオープンにされたら、変な虫が付くかもしれないし、変な心配もしなきゃいけねーし」
「まぁ! うふふ……グリちゃんったら、心配性なのですから!」
「だーかーらー……グリちゃんはやめろって、グリちゃんは」
流石、独占欲も旺盛な強欲の真祖様。自分都合でリッテルさんの魅力を出し惜しみすると、見せかけつつ。確実な最適解を紡ぎ出しては、リッテルを納得させると同時に、変な方向へのキャラ付けも抜かりない。
「それもそうか。僕もリヴィエルに刺激的な格好はさせたくないかも……」
「うふふ。セバスチャンも心配性なのですから。そうですね。私も下着で出歩くのはちょっと恥ずかしいかも……」
「そうだよね、そうだよね! 大丈夫! 僕はいきなりあんな格好をしろなんて、言わないから! そんなの、お嫁さんへの愛が足りないよ!」
それは要するに、あれだろうか? 遠回しにベルゼブブは愛が足りないと言いたいんだろうか……?
相手は2号様とは言え、ベルゼブブがルシファーに「いきなりあんな格好」をさせたのは、紛れもない事実。本人の了承もなければ、そもそも、魔法道具をルシファー型に作る必要性もゼロ。……おふざけが過ぎると判断されるのも、止むを得ないかもしれない。
(う〜ん。ここはミカエリスさんの感性の方がしっくりくるかも? 俺もルシエルがあんな格好をしているのは……って。ルシエルがあの格好をしたら、別の意味で疑われちまうだろうな……)
ぺったんこ体型に大胆なコスチュームは、かなり無理のある組み合わせだ。見た目はどう頑張っても幼女なルシエルに変な格好をさせたら「よろしくない趣味」をお持ちなのだと、俺の方は犯罪者路線まっしぐらな気がする。
それはさておき……役目をしっかりと認識された2号様の姿が、いつの間にかこれまた眩い鎖へを変化しているけれど。この感じ、どこかで見たことがあるような……?
(そうだ! この鎖は確か……)
魔獣界でティデルがロジェを縛り上げていたのと、同じ雰囲気だと思い至る。あの時のティデルのやりようは、あまりいい印象はないが。それと同じ空気感だと言うのに、2号様の鎖は頼もしく感じるのだから……うん、俺も相当にゲンキンだと思う。
で、さっきの解説からするに……2号様には、ギルテンスターンさん由来の原料が含まれているのは、間違いない。……そうか。ギルテンスターンさんは魔法道具材料に成り果てても、しっかりと役目を果たそうとしているんだな。まさか、こんなところで竜族の遺志を感じることになるなんて、思いもしなかった。
「おや……? すみません、ベルゼブブ様。彼女……まさか、プログラムを書き換える能力もあったのですか? 命令文が変化し始めたのですが……」
「およ、そうなの? でも、僕はハニー2号には接続を補助する機能は設定したけど、プログラムとやらを作り替える性能は乗せてないよん? だから……ごめーん、僕も分からないッ★」
「そ、そうですか……」
きっと、重要な変化があったのだろう。慌ててルシエルがベルゼブブに2号様の機能について、確認しているものの。返ってきたのは、いい加減にしろよと言いたくなるレベルの軽〜いお答え。さっきまでの真剣モードはどこに行った?
「ったく。お前はどうしていつもいつも、そんなにちゃらんぽらんなんだよ……。この状況で、よくヘラヘラしていられるな?」
「そう言われてもぉ〜……分からないものは、分からないよん」
「何か、心当たりはないのか? そのバルちゃんの鱗がどんな材料だったのか、とか……」
「……あっ、そう言えば」
「お?」
どうやら、心当たりがあるらしい。「バルちゃん」がどんな存在だったのかも知っているベルゼブブが、ポンと手を打ってはニタァと微笑む。しかし、今更だけど。大悪魔の笑顔って……見れば見る程、不気味だよな。ベルゼブブの笑顔は姑息な悪党のそれでしかないし、マモンが本気で怒った時の笑顔は完璧に魔王のそれだし。……こういう何気ない表情1つで相手を怯えさせるのも、彼らが大悪魔たる由縁なのかもしれない。