22−32 ローレライ最後の砦
「ハイハイ、そんな事を言っている間に、到着しましたよ……っと。ここが例の祭壇部分だ」
マモンがあらかじめ経路を確保してくれていただけあって、今回の道中はスムーズで助かる。しかし、あれ程までにグラグラと足元を揺らしていた振動もピタリと止まっているのが、今更ながらに不穏だ。勢いでロンギヌスを使えるかも……って、足を伸ばしてみたけれど。……何だか、嫌な予感がする。
「これはまた……ビンビンな感じの空間だぁね。……なるへそ? もしかして、この広間がローレライの中枢だったりしたのかな?」
ヒョコヒョコと触覚を動かしながら、何かを感じているらしいベルゼブブがふむふむと独りごちている。そうして、嫁さんよりも先に祭壇に近寄ると……思いもよらぬ事を言い出した。
「……そっか。ここでヴァルプスちゃんは生まれたんだろね」
「えっ?」
ヴァルプスって確か……ローレライの正常化プログラムを搭載した機神族、だったっけ。俺も詳しくは聞いていないから、彼女がどんな精霊だったのかは知らないが。なんでも、機神王の忘れ形見だとか、ナントカ……って話くらいは聞いている。
「そう、でしたか。でしたら、この祭壇がロンギヌスを打ち込むポイントで間違いなさそうですね。しかし、ベルゼブブ様」
「うん、何かな? ルシエルちゃん」
「ここでヴァルプスが生まれたとする根拠は……」
「まぁ、何となくそんな気がする……って、だけなんだけど。そんなに心配しなくても、大丈夫だよ。ここが打ち込みポイントの片方だってことは間違いないから」
説明よりも先に、試してみろ……と、ベルゼブブは言いたいのだろう。とにかく急いだ方がいいと、ベルゼブブがルシエルを促すが。しかし……知れっと、そのベルゼブブがもの凄く気になる事を言っていた気がするが……?
(ポイントの……片方?)
それってつまり、他にも打ち込まないといけない場所があるって事なんだろうか……?
「……あぁ、もぅ。これだから、バッサリ行けないのは面倒臭ぇ……。ベルゼブブの言い分だと……もう1箇所、打ち込まないといけないポイントがありそうだな……」
「やっぱり、そうなるのか? 今の、俺の聞き間違いじゃなかったんだ……?」
俺の肩から降り立ったルシエルが、素直にロンギヌスを構えている背後で……ベルゼブブと同じように、何かに気づいたらしいマモンがやれやれと首を振っている。そうして、ルシエルの作業を見守る側ら……そう思い至った理由を明かしてくれるが。
「……今、この霊樹には元々の王様の玉座と、新しい神様の玉座が存在していると見ていい。そんでもって、ミカエルさんがいたのはローレライの玉座……つまり、かつては機神族の王様が座っていた場所なのは、間違いないだろう」
「そうだろうな。実際に、玉座に間には元からローレライの兵だったらしいファランクスがいたし」
「じゃぁ、そのファランクスだが……ヤーティの話にそんな奴がいたって情報、あったか?」
「あっ……」
言われてみれば、確かに。ヤーティ程の切れ者だったら、遭遇した相手の特徴くらいは覚えているだろうし、出し惜しみもせずに有用な情報は提供してくれるだろう。それなのに、そんな彼の報告にファランクスが存在していなかったとなると……彼らはミカエルが玉座が離れた後に出現したことになる。
「きっと、ベルゼブブも気づいたんだろうさ。……デュランダルやファランクスが出現したのは、神様がこっち側に気づいた時……いや、違うな。多分、ターニングポイントは例のプルエレメントアウトが発動されてからだろう」
マモンが推測の域を出ないけれど……と、注釈を入れながら続けるところによると。俺達がいるエリア……要するに、ローレライの面影を色濃く残している部分は神様の整理対象になっていると同時に、かつての最重要区域だった可能性が高いという事らしい。そして、そんなローレライが「息を吹き返した」のは……紛れもなく、霊樹を正常化しようとしている新しい魔法のせいだろうと、マモンは結ぶ。
「最初にここにきた時から、おかしいと思ったんだ。グラディウスの女神様は自分こそが霊樹だって吠えているし、このエリアも随分と厳重に“訳アリ魔力”のダクトで覆われているみたいだし。それなのに、祭壇はそのまんまとなれば……覆い尽くしてみたはいいが、新しい神様も最後の最後まで手が出せなかったんだろうよ。ここは差し詰め、ローレライ最後の砦……ってトコロかな?」
「そっか。だから、神様とやらは慌ててココを切り離そうとしているのか。ダンタリオンの魔法が仕事をし始めて、ローレライが息を吹き返しつつあるから……」
しかしながら……それは裏を返せば、他の部分は神様が掌握しつつあると言う事でもあるのだろう。神様は自分にとって有用な部分だけを残すつもりで、ローレライの名残を処理しようとしている。そのために、魔力で制圧する方策を取ってみたが、上手くいかないともなれば……後は切り離すしかない。
「……と、そんな事を言っている間に、始まったな。さてさて……ロンギヌスはどんな働きを見せてくれるのやら」
マモンが向き直った方へ、俺も視線を戻せば。ロンギヌスを差し込まれた祭壇が奇妙な機械音を上げ始めたのに、ちょっと驚いてしまう。キュイィィン……ガチャンガチャン。普段の生活ではあまり聞き慣れない稼働音に、俺の方は一抹の不安が拭えないが……果たして。
「しかし……ふぅむ。パネルに書かれている意味が分からんな……」
「ハニーも機神語はからっきしだったもんねぇ。えぇと……ルシエルちゃんは分かる?」
「えぇ、何となくは。……どうやら、ヴァルプスの残したプログラムによる命令が走り始めたようです。エラーになっていないことからしても、きちんと適用されつつあるようですが……最後まで走り切らない限りは、成功かどうかは判断できません」
おぉ……! 嫁さん、機神語の解読できるんだ……!
ルシファーが首を傾げているのを見ても、天使様方が標準的に機神語に慣れ親しんでいるわけでもなさそうだし、ルシエルはルシエルでしっかりと勉強したのだろう。なんだか、俺まで誇らしい。
「へぇ……ルシエルちゃんも機神語、イケるんだ?」
「えぇ、もちろんよ! なんと言っても、調和部門の大天使ですよ? ルシエル様は地頭もいいですし、あっと言う間にマスターしちゃったんだから」
「と、言うことは……ルシエルちゃんに機神語を教えたのは、リッテルだったりする?」
「う〜んと……私がお手伝いしたのは、ちょこっとだけかしら? ミシェル様の方が機神語に堪能でしたし……」
「そうだったんだ? ……あのチンチクリン、伊達に長生きしてねーな」
ミシェルの天使歴は1270年くらい……だったな。マモンの悪魔歴(概算2800年)に比べれば、まだまだ短いと言えそうだけど……いや、1000年は普通に長いって。
(伊達に長生きしていないのは、マモンも一緒だと思うが……まぁ、その辺はここで気にする事じゃないか……)
そんな事を考えながら、大人しくロンギヌスが頑張っているのを見守っていると……突然、ガクンと床が揺れ始めた。なんだか……この揺れ、かなりマズいモノの気がするが……。
「今の揺れ……ロンギヌスとは無関係じゃなさそうだね。ルシエルちゃん、エラーは出てる?」
「今のところありません。接続は維持されたままですし、進捗率ももうすぐ90%に達します」
しかし、慌てて翼を広げた俺とは対照的に、ルシエルとベルゼブブが冷静に会話している。その横で……ルシファーもしたり顔でパネルを眺めているけれど。……この揺れで慌てない皆様の冷静さと図太さが、俺には恐ろしい。
「……始まったね。きっと、向こうの神様にも伝わっちゃったんだ。正常化プログラムが打ち込まれたのが」
ベルゼブブが非常によろしくない事を呟きつつ、ふぅ〜……とため息を吐くけれど。焦っている様子はやっぱりなさそうだ。しかし……。
(う〜んと……これ、このまま待っているだけでいい状況なんだろうか……?)