22−31 現実は脆く、儚きかな
「えぇと、ここは脱出前に祭壇に寄った方がいい……で合ってる?」
俺なりに色々と考えてみたけれど。どう考えても、このまま撤退は勿体ない気がする。折角、ロンギヌスを使えそうな場所を見つけたんだ。祭壇はここから、そんなに遠くないし……サクッと試してみるのも、アリだと思う。
(しかし、そうは言ったものの……)
これは……報告ついでにガイドもさせられそうだな。やれやれ、仕方ない。改めてどこまでもお付き合いする覚悟をしておくか。
「だろうな。ローレライだった部分が切り離される前に、プログラムを打ち込めば……グラディウスを止められるやも知れん。すまんが、マモン」
「……ハイハイ、分かっていますよ。言い出した以上、道案内もきちんとして差し上げますって。……祭壇エリアはこの廊下の先だ」
俺の問いに即答を寄越すルシファー。うん……やっぱ、そうなるよな。分かってた。
話を聞く限り、今のロンギヌスにはヴァルプスが残したプログラム以外に、ミカエルとやらの贈り物まで刻まれている状態らしい。それを使わないまま、泣く泣く撤退だなんて……天使ちゃん達サイドはさぞ、悔しいに違いない。
「あぁ、一応言っておくけど。祭壇まで戻るのはそんなに苦労しないぞ。ルートは風切りが確保してくれてるし、デュランダル共も黙らせた後だし」
「デュランダル……共? だとすると、マモン。まさか……デュランダルも1体ではなかったのか?」
「うん、4体も待ち構えてたぞ。一応、セオリーに従って、心臓部分を潰しておいたけど……」
嘘をつく必要もないし、道すがら正直に答えるけど。よく分からないが……何故か、天使ちゃん達の顔が一気に引き攣る。うん? 俺……何か、まずい事したか?
「……ルシフェル様。確か、デュランダルって……」
「あ、あぁ……機神王・ブリュンヒルドを除けば、機神族の最上位精霊だったと記憶しているが……」
「マッハ0.8を誇る、機神族最速の精霊で……確か、古い甲冑が精霊化した種類だったかと」
リヴィエルがルシファーに問いかければ、そこに的確な返答を寄越す天使長様。そうして、話に乗っかる形でルシエルちゃんが情報を補足し始める。なるほど。あのヒュンヒュン加減は機神族最速のものだったか。
「へぇ。やっぱ、そうだったんだ? どーりで手強いと思った。とは言え……多分、ありゃ弱体化しているんだろうな。奴らの全盛期がどんなもんかは、知らんけど。剣を折られても気づいていなかったし……本来の性能は十分に発揮できていなかったと思うな」
「なっ……? デュランダルの剣を折った……だと?」
「あ?」
これまた正直に答えるが、いよいよルシファーの顔が更に険しく引き攣る。別に剣をへし折るくらい、大した事ないだろうに……。
「し、して……デュランダルの剣の破片はあるのか?」
「え? あ、あぁ……何かに使えるかもと思って、残さず拾ってはあるけど……」
ラディの腕が役に立った前例もあるし、何より不用意に放置して壁や床に刺さっても困るし。そんな訳で、4振り分確保しておいたんだよな。だけど……なんだか、ルシファーの様子がおかしい。普段の小難しい顔からは想像できない彼女のキラキラした視線が刺さって、これまた、痛い痛い。
(……これ、何かを期待されている……のか? えぇと……ここは素直にお裾分けしておくか……?)
ルシファーのタダならぬダダ漏れの期待(威圧感とも言う)に抗えず、仕方なしに戦利品を1つ渡してみると。みるみるうちに、あの泣く子も黙る天使長様がパァァっと顔を綻ばせる。……ゔっ。なんだか、却って気色悪い。
「ふふふ……やはり、な! デュランダルの剣は伝説によれば、オレイカルコスからできていると言われているが……まさか、本当だったとは。これがあれば、妹達や2号に良い武器を誂えてやれる」
どうやら、意外と「家族想い」なルシファーは「愛する妹達」に武器を用意してやりたいらしい。そう言や、チビ大天使ちゃん達にも武器を用意する……とか、何とか、言っていたような。
「ねぇ、あなた」
「あ?」
「……オレイカルコスって、何かしら?」
「あぁ、その事か。うんと、オレイカルコスは別名・オリハルコンとも呼ばれていて。いわゆる“入手不可金属”……アンオブタニウムの一種でな。ありとあらゆる世界において最高の硬度を持つとされている、伝説の鉱物だ。実在するかどうかも怪しい金属だったが……ま、天使長様のお目々に狂いはないんだろうから、ここで晴れて伝説が実証されたって事なんだろうさ。因みに、実在した場合の硬さはアダマンクロサイト……あっ、こっちは魔界で最高硬度を誇る、魔法鉱石な? そのアダマンクロサイト以上に硬いって、言われてたりしたんだけど」
だが……現実は脆く、儚きかな。伝説では最高の硬度を誇るとされているオレイカルコスの武器は、アダマンクロサイト製のソードブレーカーでへし折られている。その現実からするに……やっぱり、伝説はどこまでも伝説だった、って事なんだろう。
「……なぁ、マモン」
「なんだ、ハーヴェン」
「それこそ、こんな道中に聞く事じゃないのかも知れないけど。……その伝説の鉱物を、どうやって折ったんだ?」
「……お前さんも気づいたか。ま、簡単に言えば。現実にはオレイカルコスよりも、アダマンクロサイトの方が硬かった……ってだけの話だ。丁度、アダマンクロサイト製の武器が手持ちにあってな。そいつを使ってへし折った」
「そっか。それじゃぁ、えぇと……俺、拙いことを聞いたかも……?」
うん、言いたい事は分かるぞ、ハーヴェン。そんでもって……今の質問が明らかにミスったっぽいのも、よーく分かるぞ。
幸いと、ルシファーご本人はハーヴェンのヒソヒソ話に気づいていないみたいだが。奴さんの肩に乗っているルシエルちゃんは苦笑いしているし、俺の横でリッテルも妙に切ない顔をしている。
「所詮、そんなもんだ。いくら期待していようが、いくら夢想していようが。伝説なんざ、勝手に作り出されただけの噂話がちょいと上等な顔をして、人様の間を飛び交っているだけなんだよ」
「それもそうか。……考えてみれば、昔は天使も悪魔も伝説の生き物だったんだよな、人間界じゃ。それが大々的に認知されて、今の世界を続けたいって抵抗している。マモンの言う通り……伝説ってのは、実際は大した事ないのかも知れないな」
俺の拙い説明にも一定の理解を示し、きちんと納得してくれるハーヴェン。しかし……この素直さが、俺の配下にもあればなぁ。真っ先に思い浮かんだダンタリオンもそうだが……だって、ほら。
「……因みに、ミカエリス。今の話はオフレコにしておけ」
「えっ? いや、ですけど……ボスの活躍を語るには、重要な内容かと……」
「俺の活躍なんか、残す必要はねーし。……天使長様のご機嫌を維持する方が大事だ」
「う〜ん……しかし、ですねぇ……」
自前の配下はこの通り、ちょっとやそっとでは俺の言う事を聞いてくれなかったりする。まぁ、アダマンクロサイトの方が硬いってことがイコール、オレイカルコスが脆いってことにはならないんだが。伝説の余韻に浸っているルシファーの幸せ気分を壊すのは、どうも忍びない。