22−30 脱出するべきか、寄り道をするべきか
「あなた! ルシフェル様達も、自力で脱出できたみたいよ!」
「そうか! だったら、今更俺達が迎えに行く必要もないか?」
隠蔽箇所のガイドをこなしつつ、嫁さんがルシファーサイドも無事に檻からは脱出したらしいことを教えてくれる。だが、お迎えが不要かというと……そうはならないそうで。今度は脱出ルートの確保が必要になるとのこと。
「そんじゃ、もういっちょ頑張りますかね。風切りも、もうちょい頼めるか?」
(もちろんでおじゃるよ、主様。いくらでも麻呂を使うておじゃれ)
「よっし、いい返事だ。と言うことで……リッテル、次はどっちだ? あれ? リッテル? おーい、どうした?」
「……」
何やらパネルと睨めっこしながら、リッテルがこれまた渋い顔をしている。折角の朗報なのに、どうしてそんな顔をしているんだ? 今の流れに、彼女がそんな顔をする要素はないように思えるんだが……。
「……一応、驚かせちゃうといけないし……あなたにも、伝えておくわ」
「えっと……何を?」
「ルシエル様からのメッセージには、ベルゼブブ様が魔法道具を作られたとかで、そのお陰で封印からは脱出できそう……って事らしいのだけど」
「……」
なんだろうな。ベルゼブブの名前が出た途端、嫌な予感がビビッと来たんだが。
「それで、ね。……何と言いますか。結果的に……今、ルシフェル様が2人に増えているみたいなの」
「……はっ?」
スミマセン、リッテルサマ。シコウカイロガ、オイツキマセン……じゃなくて! いやいやいや、待て待て待て! あのおっかないルシファーが2人に増えているとか、何の冗談⁉︎ いやいや、いっそ……それはどこの地獄だよ⁉︎
「……まさか、あれか? ベルゼブブの実験台になって、ルシファーが分裂した……とかか?」
「えぇと、そうじゃなくて。なんでも、風切りちゃんと同じような魔法を無効化できる魔法道具を作ろうと、ベルゼブブ様が張り切られたみたいなの。でも……そうして出来上がったのが、ルシフェル様2号らしくて……」
「……」
ルシフェル2号……? ナニソレ、コワイ。
ベルゼブブも何を血迷って、そんな物を作っちまったんだ? ルシファーみたいな難物を増やすなんて……俺には奴が何をしたいのか、サッパリ分かりません。
「おっ、いたいた! おーい!」
「あ?」
予想外の展開に、俺がげんなりしていると。突如、横の壁に現れた裂け目からヒョコッと顔を出したのは……ハーヴェンと、彼の肩にちょこんと座っているルシエルちゃん。そうしてハーヴェンの後に続け、集えと……あれよあれよと言うまに残りのメンバーも続々と出てくるが……。
(……うん。こりゃぁ……見間違えじゃなさそうだ。冗談抜きで、ルシファーが増えていやがる)
素手で心臓を抉る大天使様に、2人に増えた天使長様。……悪魔の身からすると、この光景はやっぱり地獄絵図でしかないんだが。しかし、意外と他の奴らは気に留めていない……のか?
(な、なぁ……ハーヴェン)
(うん、どうした?)
ここはひとまず、メンバーの中でも一番マトモな感覚の持ち主だろうハーヴェンに、共感を強要してみる。……この光景を怖がるのは俺だけじゃないと、信じたい。
(あのさ……お前、この状況に恐怖を感じないのか?)
(いや、恐怖しかないけど。でも……意外とルシファー1号と2号のソリは合うみたいだし。喧嘩なんかもしないみたいだから……強引に割り切っちまった)
そうかそうか。こいつは強引に割り切ったか。いずれにしても、怖がりなのは俺だけじゃないってことが分かっただけで安心……していいんだろうか?
「……ここまでご苦労だったな、2号。お陰で、無事に脱出できそうだ」
「それは何よりだ、1号。であれば……」
「うむ。お前の身柄は私が預かろう。また何かあれば、力を貸してくれると嬉しい」
「無論だ。必要があれば、いつでも呼んでくれ」
ハーヴェンとヒソヒソと互いの心情を確かめ合っていると、こちらはこちらで信頼感もバッチリな様子で2人のルシファーが意気投合している。……しかし、2号の衣装が妙に際どいんだが。
「えぇ⁉︎ ちょ、ちょっと待ってよ! どーして、ハニー2号をハニーが預かることになるのん? 製作者は僕なのにぃ⁉︎」
「ご主人様に身柄を預けたら、何をさせられるか分かったものじゃないからな。ここは1号に身を寄せた方が、安全を確保できる」
「そういう事だ、ベルゼブブ。……貴様なんぞに2号を預けておいたら、あんな事やこんな事を強要するに違いない。あぁ! 想像しただけで、虫唾が走る!」
「全くもって、同感だ! 私の身では虫唾を走らせる事はできないが、気色悪さだけはしっかりと感じることができるぞ」
「そ、そんなぁ〜……僕、3人で仲良くしたかっただけなのにぃ……」
……いや、これはルシファー1号・2号(でいいんだよな?)の判断は正しいと思う。ベルゼブブの「3人で仲良く」が健全なそれじゃない事は、2号の衣装からしても……目に見えて明らからだし。
「擦った揉んだはあったが、とりあえず一旦脱出を急ぐぞ。で、因みに……ルシエルちゃん。そちらさんサイドにはロンギヌスを挿せそうな場所はなかったで、オーケイ?」
「えぇ……少なくとも、私達が閉じ込められていた場所には、それらしいポイントはありませんでした
「そっか。だとすると……」
多分、デュランダルと交戦した場所がそれっぽい気がする。祭壇のあった部屋は限りなくだだっ広く、ハコだけが残されていたみたいだが。祭壇自体は甲冑野郎とお揃いらしい、やけにツルツルした白銀で覆われていて、未だに微かだが白銀の光と一緒に魔力を漏らしていた。その事からしても、あの祭壇はローレライ由来の仕組みがまだ生きていると思われる。
「……俺達が辿ってきた中に、儀式用の広間っぽい場所があってな。で、そこに立派な祭壇があったんだけど。……魔力の感じからしても、あの祭壇はまだローレライの末端として生きていそうな気がするんだ。もしかしたら、あの場所がロンギヌスを打ち込めるポイントかも知れない」
「それは本当ですか⁉︎」
ハーヴェンの肩の上で前のめりになりながら、ルシエルちゃんが話に食いつくが。でも、困ったことに……今のこの瞬間も緊急事態の真っ只中なんだよなぁ。脱出するべきか、寄り道をするべきか。果たしてどっちが正解なのか……俺には分からないし、判断材料もない……にはならないか。
(いや、正解は分かっているよ? ローレライの名残ごと、グラディウスから切り離される前にロンギヌスをブッ刺す……一択だよなぁ……)
まーた、急がないといけないのか。……仕方ない。ここはも1つ、頑張りますか。
(しかし……嫁さんと一緒にいたいだけなのに、どうしてこうも難題続きなんだろうなぁ……)
気忙しい場面が続きすぎていて、流石の俺も疲れてるんですけど。今回ばかりは、悪魔らしく……こんなにもイベントを盛ってきた神様を恨むぜ、こん畜生。