22−19 完全なる絶体絶命
《生まれたばっかりなのにお別れだなんて、辛いわよね》
そう、マミーは言ってくれたけれど。今……私は死にそうです。本当に、お別れになるかも知れません。
(いっ、いやぁぁぁ⁉︎ ど、どこに逃げればいいの⁉︎)
お花を咲かせていた男女ペアに排除対象にされたラディエルは、「お城」の廊下をとにかく逃げ惑っていた。しかし、例の花咲か男はラディエルを見逃してくれるつもりはないらしい。鞘から抜いた武器を鮮やかに振るいながら、確実にラディエルの行く手を遮ってくる。
「カリホちゃん、頼むぞ!」
(ふん! 言われずとも、分かっておるわ!)
「ヒャウッ⁉︎」
曲がろうとした目の前の角に、強烈な風刃が走ったと同時に、ザックリと深い傷が入る。その上、しっかりとラディエルの腕もアッサリと切り落としては……逃さないという意思表示も忘れない。
(こ、怖いよぅ……!)
いくら、ラディエルの体がグラディウス内であればある程度、再生するとは言え……即座に回復できるほどの力はない。痛みこそないものの、このままパーツを落とされ続けたら、スクラップまっしぐらだ。……生まれて初めてのピンチが完全なる絶体絶命だなんて、笑えないにも程がある。
(どうしよう、どうしよう……! あっ、そうだ!)
《何かあったらここに戻って来なさい。……多分、ここは安全でしょうから》
生みの親でもあるアリエルに言われたことも、思い出して……ラディエルは遅れ馳せながらも、脱出手段があることにも気づく。ラディエルはグラディウス産(厳密に言えば、女神産)の生命体である。グラディウス内にある「隠し通路」の情報も、都度取得する機能を搭載されていた。そうして、ラディエルは壁に手をやり、意識を集中させて……辛うじて、逃げ道の情報を取り込む。
(この先に……あっ。ここだわ、きっと!)
探り当てたデータベースによれば、柱の隙間にジャミング効果込みの隠蔽された通路があるらしい。そこさえ潜れば、機神兵ではない彼らからはラディエルの姿は見えなくなる……はずだったのだが。
「キャッ⁉︎」
しかし、抜け道を見つけて安堵したのも、束の間。ラディエルは首根っこを引っ張られ、突如、宙ぶらりんの状態にされてしまう。そうして、恐る恐る視線だけを上に向ければ……ラディエルを紫の双眸が睨みつけていた。
「……ったく、チョコマカと逃げやがって。大人しくしてりゃ、ここまでしなくて済んだのに」
「は、離して! 離してッ!」
「いいや? 離すわけにはいかねーなぁ? お前さん……どうやら迷子どころか、このお城の間取りも知っているみたいだし? ……気が変わった。スクラップにはしないでやるから、代わりにちょっくら道案内に付き合えや」
「えぇ⁉︎」
「なぁに、お前さんのマミーとやらの所に連れて行って欲しいだけだ。暴れなきゃ、これ以上傷つけたりはしないから……っと、おっと!」
いかにも気まぐれな男の言葉が寸の間、途切れたと同時に……彼が鮮やかに後方へと飛び退く。しかし、彼の顔には面白そうな笑顔が張り付いたまま。いや、むしろ……さっきよりも悍ましい表情に変わっていた。
「ヨォ、お前さんも元気そうで何よりなこったな、アリエルさんとやら。随分と手荒いご挨拶、ありがとさん……っと」
(マ、マミー!)
先程の攻撃はラディエルのマミーこと、アリエルが仕掛けたものらしい。首根っこを掴まれたまま、ラディエルが辛うじて視界の端に佇む「母親」の顔を認めれば……そこには明らかな怒りの形相があった。
***
時は約10分前に遡る。
アリエルが無事にセフィロトを救出して、グラディウスの最上階にたどり着けば。安全地帯だと思っていた玉座の間に、真っ白な鳥籠が出来上がっているのも認めて……セフィロトがさも面白そうに笑い出す。人型に戻った彼によれば、中に居るのは例の神父だと言う。
「……ククッ、僕を出し抜いて玉座に座るからいけなんだ。ま、この辺は予測もしていたけれど」
「それって、どういう……」
「彼にも赤い冠を渡しておいたんだよ。あぁ、心配しないで。彼に渡したのは、君のものとは別物だよ。……彼に渡した冠には力と引き換えにグラディウスへの同化を促すものでもあったから。……僕も今更、“義母”に執着されるのは御免だしね。代わりに鳥籠に入ってもらっただけさ」
嬉々として籠の中身に言及するセフィロトだったが、アリエルはいよいよこの神様に危機感を募らせていた。アリエルに渡す冠は別物だったと言われても……この惨状を見つめたら、警戒するなと言う方が無理だ。
「……あら? ところで……ラディはどこかしら……」
「ラディ……?」
「え、えぇ。……実はさっき、城内の異変を探らせるために天使を作ってみたのよ。……まぁ、出来栄えは天使と言うには程遠いけれど。なんだか、自分ソックリで憎めないのよね」
「それって、要するに……子供ってこと?」
「そうなるわね。……あの子は間違いなく、私の娘になるんでしょう」
アリエルは何気なく答えたつもりだったが、彼女の答えはセフィロトには非常に不愉快なものだった。アリエルは女神の力を濫用して、あろうことか自分以外の「養子」を作り出したらしい。しかも、「娘」とあからさまに愛着のある呼び方をしては、頻りに心配し始める。
「あぁ、もしかしてアリエルの言っている娘って……これ? そいつ……今、追われているみたいだよ」
「えっ……」
どこか意地悪くセフィロトがアリエルに示したのは……何を間違えたのか、運悪く強欲の真祖に遭遇し、ラディエルが追い詰められている光景だった。
「ラ、ラディ⁉︎ 悪いのだけど、セフィロト。今から……」
「助けに行くつもりかい? あんな出来損ないを?」
「だ、だけど! このままじゃ、あの子……」
「別にいいじゃないか、死んじゃったって。……君には僕がいるでしょ?」
「な、何を言って……」
「……渡さないよ。アリエルは僕こその母親なんだ。……どうしても行くって言うのなら、絶対に僕の所に戻ってくるって、約束して。そして……僕を最優先に愛するって、誓って」
誓うって、どうやって……と、アリエルが言いかけたところで、あの赤い冠を差し出すセフィロト。要するに、だ。彼はラディエルの救出と引き換えに、アリエルの忠誠を引き出そうとしているのだ。
「ヒャウッ⁉︎」
鏡が映し出す先で、ラディエルが悲痛な悲鳴を上げる。そうして見やれば……鏡の中の彼女は行手を遮られ、腕を切り落とされていた。
「ラディッ!」
「おっと、どこに行くの? 第一……君じゃ、あいつに勝てないんじゃないの?」
「そ、それはそうだけど……」
思わず助けに駆け出そうとするアリエルを、セフィロトが牽制する。そうして、更に「ほら」と……冠を戴くように誘導しては、彼が楽しそうにクスクスと笑う。そんな神様の様子に……アリエルはいよいよ、諦めると同時に、覚悟した。無言で冠を受け取り、自らの頭に装着し……女神としての本来の力を呼び覚ます。
「ふふ……いい子だね、アリエル。それじゃ……僕はここで待っているよ。……この調子だと、この姿でいられるのはもう僅かだろう。……それさえ着けてくれていれば、僕も安心して留守を任せられる。だけど、勝算はあるのかな? 相手はあの強欲の真祖だろう?」
「えぇ、そうね。……彼だけだったら、どう足掻いても勝てないわ」
「彼だけだったら……あぁ、そういう事。……なるほど。彼女を利用すればいいんだね」
鏡越しの光景に、セフィロトもアリエルの勝率が高めであることを理解したらしい。セフィロトに無言で頷くと同時に、ラディエルの元へと飛び立つアリエル。確かに、強欲の真祖にそのまま勝つことはできないだろう。だが、彼は律儀に「弱点」まで連れ歩いている。……「彼女」を利用して、逃げることだけはできるはずだ。