22−16 頼もしい追い風
(また形が変わった……!)
エルを守るため。僕達地属性の竜族とミシェル様率いる転生部門の天使様や精霊達とで、できる限りの防御魔法を展開しているけれど。向こうで牙を剥く霊樹・グラディウスは今度は黒い翼を8枚も生やして、暴風も送り込んでくるようになっていた。
「まだ……まだまだ! みんな、ボク達の意地をココらで見せつけるよ! フォウル君達も力を貸してッ!」
「分かっている! 余を誰だと思っているんだ、チビ大天使! 偉大な妖精王・オベロンだぞ! この程度の攻撃、防ぎ切ってやるさ!」
「おぉ! その調子でちゅよ〜、ボクちゃん! たくさん頑張れば、パパにも褒めてもらえまちゅね〜!」
「だっ、誰がボクちゃんだ! 今、それを蒸し返す必要はないだろう⁉︎」
妖精王さんとの関係性は、よく分からないけど。フォウル様をからかえるなんて、ミシェル様……意外と余裕みたいだなぁ。
一緒に防御役をしてくれているフォウル様は、ミシェル様と契約している妖精族の王様らしい。そして、彼の横には蝶々のように綺麗な羽を持つティターニアのディエラ様や、ハイエルフさん達に……ドルイダスと呼ばれる上級精霊さんまで揃っている。特にドルイダスさん達は地属性とのことで、防御は得意中の得意なんだって。だけど……。
「くっ……! このままじゃ押し負けてしまうかも……!」
ちょっとしたミシェル様とフォウル様の掛け合いに、ほんの少し和やかな空気になったのも、束の間。追撃に備えようと、休む間もなく防御魔法を幾重にも張り直す。しかし、張り直してもすぐさまグラディウスが放つ閃光に、魔防壁がガリガリと削られていく。しかも……グラディウスの攻撃は激しさを増すばかりで、止まる様子もない。このまま守るばっかりでは、いずれ……!
「グルルルルル……グリュアァァッッ!」
「とっ、父さま……!」
「みんな、大丈夫かい⁉︎」
一際太い光線を、青い炎で相殺するのは……最強の竜神でもある父さまこと、バハムート・ゲルニカ様。きっと、僕達が劣勢なのにも気づいてくれたんだろう。あたり一面を敵ごと焼き尽くすついでに、一緒に防衛に参加してくれるつもりらしい。光属性の防御魔法を展開したと同時に、大きく首をのけぞらせたかと思うと……殊更勢いよく、青い火炎弾を大量に吐き出した。
「す、凄い……!」
「これが竜神・バハムートの灼熱……!」
天使様達や妖精さん達が驚くのも、無理はないと思う。父さまの炎は熱いだけじゃなくて、火球の1つ1つがとても大きくて、分厚い。あれ程までに容易く僕達の防御魔法を穿っていた光線さえも、柔らかく受け止めたかと思えば……一筋も漏らさず焼き尽くした上に、あんなにも離れたグラディウス本体へもしっかりと届く。……そうか。こういう時は攻撃こそが最大の防御になり得るんだ。だとすれば……。
「ギノ君⁉︎」
「エレメントマスター、こんな時にどちらへ⁉︎」
「すみません、僕も……ゲルニカ様と同じ手段で防衛に出ます! 皆さんはそのまま、エル……じゃなかった、竜女帝様をお願いします!」
「へっ……? あっ、は、はい!」
きっと、僕が炎を吐けることをみんなは知らないんだろう。そして、僕は自分が炎を吐ける理由を知らなかったし、考えてもこなかった。だけど……今なら、なんとなく分かる気がするんだ。僕の鱗は父さまと同じ漆黒に染まりつつある。そして……それだけ、瘴気に溜まった苦しみや悲しみの熱さを、消化してもきた。だから……!
「グルルルルル……グルルルルァッ!」
腹の底から自分のものと、誰かのものらしい熱い感情を吐き出せば。僕の口からは父さまと同じ、青い炎が迸る。だけど、まだまだ威力は足りないみたいで……攻撃を燃やすことはできても、相手の懐までには届かない。それに……。
(風がまた激しくなった……! これじゃ、押し返されてしまう……!)
向こうからこちらを睨みつける女神様は、どうやら僕達の攻撃に怒っているみたいだ。さっき増やしたばかりの翼をバサバサとはためかせたかと思うと、強烈な暴風で僕達ごと攻撃を吹き飛ばそうとしてくる。どうしよう。このままじゃ……!
「お前達! 俺達でありったけの風を起こすぞ! 風起こしはこっちが本場だって、見せつけてやれ!」
「えっ……?」
僕の背中を後押しするように、強靭な追い風が吹いてくる。そうして、声のする方を振り向けば。そこには威風堂々と空を舞う、懐かしい顔があった。
「ダイアントスさん!」
ダイアントスさんは魔獣の王様で、アークノア最大の体躯と能力を誇る上級精霊・ギガントグリフォンだ。白銀の鷲の頭に、獅子のような立派な四肢。そして……キラキラと純白に輝く翼は、天使様達のそれよりも力強く、ガッシリしている。
「おぅ。遅れて悪かったな、竜族の坊主。ちょっと、グリムリースの調整に戻っててさ。……思いの外、手間取っちまった」
「グリムリースの調整ですか?」
「あぁ。お陰様で、あいつも大分持ち直しててさ。グリフォン共にはユグドラシルの手伝いができるよう、アークノアの魔力を風に乗せとけって伝えてある。あいつは今が大一番だろう?」
クイッと地上のユグドラシルを示すように首を傾げると、嘴の端を釣り上げてウィンクしてみせるダイアントスさん。そうか……今のグリムリースは魔力を分けてくれるまでに、回復していたんだ。
「さぁて……そんじゃ、坊主。ここらで一緒に女神さんに一泡どころか、タップリと泡を食ってもらうとしようぜ。……お前の炎を、俺の風で大きく育ててやるからさ」
「はいッ!」
「セイレーンにフェニックス共も遠慮はいらねぇぞ! ありったけの攻撃をぶちかましてやれ!」
一緒にやってきた他の魔獣族のみんなにも声を掛けてから、ダイアントスさん本人は一層激しく羽ばたく。その上で、補助魔法まで展開し始めた。
「天翔ける風を集め、汝の衣とせん! 疾走せよ、エアロブースター……トリプルキャスト!」
父さまと僕と、自分自身の分。そうしてダイアントスさんが鮮やかに展開いたエアロブースターは、すぐさま、僕の感覚を研ぎ澄ましてくれる。
エアロブースターは風の上級魔法で、一時的に対象の素早さと反応速度を高める魔法だ。素早さが上がる分、こちらの攻撃回数も増えるけれど、その他にも俊敏性が上がったことで相手の攻撃を避けやすくなる効果もある。しかも、風属性ならではのちょっとしたオマケがあって……相手の攻撃の「道筋」が風の流れで分かるようになるらしい。
(しかも、かなりの錬成度みたい。やっぱり、精霊の王様は凄いな……!)
頼もしい追い風を受け取って、僕も一気呵成と炎を吐き出す。それに……僕の隣ではなんだか嬉しそうな様子で、父さまも頷いていたかと思うと、こちらはこちらで炎の塊を大量に吐き出した。
「ギノ君! こちらも一気に行くよ!」
「もちろんです!」
父さまと一緒に炎を吐き出しては、魔法と援護のありがたみを噛み締める。父さまの炎は攻撃を防ぐことも忘れないけれど、今の僕の炎にはそこまでの厚みはない。だけど……。
「よっし! 坊主、その調子だ!」
「はい! ダイアントスさんも、お願いします!」
「任せておけ!」
ダイアントスさんの風を受け取って、青い炎が大きく膨らんで、未だかつてないスピードでグラディウスへと届く。しかも、威力は落ちるどころか、彼が言った通り「大きく育って」いった。
(届いた……!)
ダイアントスさんの風があれば、僕の炎でも攻撃を防ぐ役割を果たすこともできるみたいだ。この調子なら、エルやドラグニール、そして……ユグドラシルを、無事に守り切れそうな気がする。