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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第22章】最終決戦! 鋼鉄要塞・グラディウス
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22−15 カビの生えた信仰

「さぁ、プランシー神父。……そろそろ、お別れの時間だよ。覚悟はできたかい?」


 自らが呼び出した溶岩の海に鎮座するは、紺碧の鱗を持つ海竜。だが、彼の鱗はしっとりとした粘液に覆われていて、溶岩の灼熱さえもものともせずに巨体を浮かせている。その光景は、まさに怪物が支配する地獄そのもの。悪魔としての故郷だったとは言え……あからさまな灼熱は、プランシーの羽毛をチリチリと焦がしては、彼に恐怖を植え付けることも忘れない。


「まさか……まだ、終わりにするつもりはありませんよ。勘違いも程々になさい。……言いましたでしょう? 私は悪魔や精霊という概念からも、既に超越した存在なのです。神の証を戴いている限り、カビの生えた信仰に縋る必要もないのです!」


 まただ。また……懲りずに慟哭するか。彼が焦っているのも、理解はできるが。プランシーの咆哮は明らかな悪手にしか見えない。

 彼の自信の出所であり、信仰の拠り所でもあるのは、神様から授かったという真っ赤な冠。彼はそれを神様のしるしだと位置付けていたようだが……リヴァイアタンの目には、その赤い輝きが何よりも悍ましいものに映る。彼が咆哮し、望む度に……力を与えると見せかけて、逆に彼の魂そのものを汲々と締め上げているようにも見えた。


「……本当に、大丈夫かい? きっと、そのまま生きていたら……君は底なしの苦労するだろうし、底抜けに後悔するに違いない。……もう少し、冷静になり給えよ」

「ウルサイ……ウルサイ、ウルサイッ! ワタシはアタラしいセカイにトびタつノダ! ジャマはさせない……!」


 とうとう、取り込まれてしまった……か。意図して追い詰めたとは言え、こうもアッサリと「陥落」するとなると、確かに彼の信仰心は未だ健在だとするべきだったのだろう。ただ……信じる者を救いもしないのが、神様のよろしくないところである。現代の神様(天使含む)は人間社会の生活にはドライであったが、彼の締め上げ具合からしても、新しい神様はドライどころか相当にスティッキーな模様。真新しい信者を離すものかと、赤い薔薇をグイグイと食い込ませていく。


(いずれにしても、救いはない……か)


 新しい世界へ飛び立つ……プランシーの言葉は、リヴァイアタンには現実味のない空虚なものに聞こえる。だが……彼の方は決して、世迷言を紡いだつもりはない。そんなプランシーが選んだのは応戦でもなく、逃亡でもなく……新しい世界を見定めることだったらしい。リヴァイアタンの熱気からも脱却すると、一目散に遥か天空……グラディウスの天辺を目指し始めた。


「……どこへ行こうと言うのだろうね、彼は」

「よくは分かりませんが……ただ、あのままでは魔力が尽きてしまいますわ……」

「それは君が心配してやる事ではないさ、ベイビー。……って、あぁ。もう本当に……ラミュエルさんはお人好しなんだから」

「……いいのです。私がして差し上げられるのは、この位ですから」

「そう? 今のは、あまりいい選択だとは思えないけど。でも……僕はラミュエルさんの選択を詰るつもりもないし、寧ろ好きになってしまったかも。……やっぱり、天使は慈悲深い方が似合ってる」


 結果的には敵前逃亡に至ったプランシーを、これ以上深追いする必要はないだろう。彼は明らかに「擦り切れている」。例え、天使が彼の救済を望もうとも……彼はきっと、その慈悲さえも気づけないまま、手を振り払うに違いない。……だけど、それでも。


「さ、ラミュエルさん。僕達は一旦、帰ろうか? ……君は色々と疲れ過ぎている」


 何かを見抜いて、何かに気づいて。リヴァイアタンはぼんやりと彼が飛び去った方を仰いでは……フフと悲しげに笑う。


(彼がラミュエルさんの慈悲に気づく瞬間は……果たして、訪れるのだろうか?)


 しかし、それはもう済んだこと。これ以上、無駄に威圧感を撒き散らす必要もない。そうして、リヴァイアタンは「いつもの姿」に戻ると……愛おしそうにラミュエルを抱き上げた。


「ありがとうございます、リヴァイアタン様。……少しだけ、あなた様の腕の中で休ませて下さいませ」

「うん、好きなだけ休んでていいよ? それに……今更だけど、短い髪も素敵だね。とっても似合ってる」


 常々、キザな王子様はパートナーを労うだけではなく、しっかりと褒めることも忘れない。互いに消耗してしまった以上、彼の撤退に乗じてこちらも退却するのが最善だろうと考えては……リヴァイアタンは配下や仲間が待つ戦場へと帰っていった。


***

「ココに来れば……ワタシは、死なずに済む……」


 状況は分からないが、グラディウスの玉座は空っぽになっている。少しずつ収束しつつある頭痛を諌めながら……プランシーはこれ幸いと、玉座に当然のように身を沈める。


「あぁ……なんと、穏やかな……。新しい、チカラ。新しい、セカイ。そして……」


 新しい、自分。

 ジワジワと愉悦と一緒に、神経が締め上げられていく。だが、それすらもプランシーには心地よい。

 プランシーは自分に与えられた能力が束縛と引き換えだという事に、未だ気づけないでいる。既に彼の頭部は殆ど、赤い薔薇で覆われ始めていた。セフィロトの冠は確かに、「神様のしるし」であり、力を授けるものでもある。だが、セフィロトは敢えて肝心な事をプランシーに説明していない。その「しるし」は絶対なる服従の「しるし」でもある事を。そして、セフィロトが本当に籠絡したかったのは、アリエルであって、プランシーではないのだという事を。なので……彼はただ、望めば力が手に入るのだとしか、説明を受けていないのだ。そして、彼の赤い冠はアリエルが辞退したそれとは別に用意されたものだという事も……知らされていない。


「……そう、か。ワタシは、ココにいればいいのですね……カミサマ」


 更にゆっくりと、葉脈で編まれた柔らかな座面に身を沈めて。全身をくまなく這い回りだした白い根さえも、拒絶する事なく受け入れて。いよいよ、最後にカチリ……と、プランシーの脳髄で何かが繋がれる音がした。それは、赤い冠へとしっかりと連結されている、一際太い白い根がプランシーを捕まえた音。衝撃音にも似て、破裂音にも近しくて……だが、乱暴な音でありながら、何よりもプランシーの神経を落ち着かせる。

 その安楽が霊樹と一つになった高揚感……であれば、まだ良かったのだが。プランシーは本当に、知らされていないのだ……セフィロトが彼に赤い冠を授けた本当の理由を。アリエルに用意した冠はあくまで、彼女を逃がさないだけのもの。だが、プランシーに用意した冠は、囮をでっち上げるためのものだった。そう……彼は見抜いていたのだ。プランシーの中には、有り余る野望が渦巻いている。そして、力任せに暴れた暁に……自分を出し抜こうとするだろうという事も、とっくに理解していた。だから……。


「……ワタシは……一体、どうなるのだ……?」


 違和感すら溶け出した懊悩は、既にプランシーに警戒心を与える事さえ、忘れている。今の彼は、紛れもなくセフィロトの罠にまんまと嵌った状態でしかない。


 いくら、霊樹に戻らなければならないとしても。セフィロトは魂が閉じ込められるのだけは避けたいと考えていた。そして、ミカエルが息を引き取った今……彼女の代わりに、誰かに籠に入ってもらわねばならない。クシヒメの悪意が撤退した今でも、ローレライ時代からシステムを侵食していた彼女の執着心は衰えていないし、グラディウスそのものの推進力を生み出していると言ってもいい。

 グラディウスはそれはそれは、大層に独占欲の強い女神なのだ。彼女が「ブッサイクな女神」の姿を象っているのは、気まぐれでも、偶然でもないし……悪趣味でもない。我が子と錯覚したセフィロトが腕の中を離れたが故に、ボコボコと仄暗い悪意を再燃させ、敢えてその姿に固執しているだけ。我が子を否定する世界に制裁を。そして……我が子をもう一度、この腕の中に。


「……ママはあなたのためなら……最後まで生き抜いてみせる……」


 悪魔になろうが邪神になろうが、この命が尽きようが……あの天使の首を刎ねるまでは。

 そう呟こうとして、プランシーの喉がヒュッと切なげな音を響かせる。既に、口から漏れる言葉が自分のものなのか、女神のものなのか……彼には判別すらできない。

 連結したことで、プランシーに僅かに残っていた魂の残滓をも、器用に舐め取って。執拗に天使と見まごう純白の霊樹・ドラグニールを仮想敵と認識し直したグラディウスはもう、止まることを知らない。腕を伸ばし、咆哮し、彼女の首を刎ねようと……ますます、鋼鉄女神は躍起になる。


 ……籠の中で俯くのは、赤い鎖に囚われたカラスの身1つ。彼の漆黒は純白の根に覆われて、とうとう1点のシミすらも許されないまま。外界から完膚なきまでに遮断されていった。

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