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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第22章】最終決戦! 鋼鉄要塞・グラディウス
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22−12 絶望こそが至高のスパイス

「舐めるなよ、この出来損ないが!」


 頭の上で激しく咳き込むアリエルの様子に、自分を捕らえた牢獄のトラップは相当精度で作り上げられたものだと、セフィロトは否応なしに理解し始めていた。そうして……強引に突破口を見つけ出すことに決めると、咆哮と同時に光の束を吐き出しては、脱出を試みる。それでなくても、ズキズキと痛み続ける体にはこの毒はかなり堪える。このまま「留まる」のは最悪の選択でしかない。


「おやおや……これでもまだ、僕を出来損ないと呼びますか……。本当に、神様と言うのは愚かですねぇ。……そろそろ自分が世界の中心だという妄想は捨てないと、足を掬われますよ?」


 意味ありげな言葉と同時に、ニタァっと気色が悪いほどに整然とした歯並びを見せつけて、アケーディアが興奮気味に嘶く。今のアケーディアはバーサークモードを発動中。理性を保っているとは言え、有象無象に魔法を連発するという強みも遺憾無く発揮せしめる。


「ほらほら、どうしました⁉︎ 早く逃げないと、出来損ない如きに、滅多刺しにされてしまいますよ!」

「クソッ……! この魔法はダークゲイザー……!」


 バーサークモードでの魔法連発は、種類指定なしでランダムに発動される。悪魔側の意思は介入しないし、タイミングもインパクトも微妙なのは否めない。しかし、アケーディア自身が真祖クラスの存在ということもあるのだろう、地属性と闇属性の攻撃魔法は揃いも揃って、上級魔法しか飛んでこない。その状況は、確実にジリジリとセフィロトの焦りを加速させていた。


「ア、アリエル、回復魔法をお願いできる⁉︎」

「ゲ、ゲホッ! わ、分かったわ。ちょっと、待ってて……」


 このままだと、冗談抜きで滅多刺しにされてしまうと、危機感を募らせるセフィロト。そんな彼の願いを聞き入れて、こちらはこちらで共倒れを危惧したアリエルが回復魔法の詠唱を試みる。そうして女神の慈悲により、傷が癒されると……反撃とばかりに薔薇のゆりかごに牙を立てる大蛇。しかし、彼らの逃走劇もアケーディアにしてみれば、どこまでも「想定内」。ここまで計画通りだと、溢れるのは含み笑いばかりかな。


「逃がしてやるとは、一言も申していませんよ。ふふ……実はそのロゼクレードルには、更に続きがあるのです。あらかじめ、異種多段構築を仕込んでおいて正解でしたね」

「えっ……?」

「では、遠慮なく。追加発動、行きますよ……! 常しえの鳴動を響かせ、仮初めの現世を誑かせ。ありし物を虚無に帰せ、マジックディスペル! 宵の淀みより生まれし深淵を汝らの身に纏わせん!時空を隔絶せよ、エンドサークル!」


 追加の呪文を完成させて、アケーディアがスゥ……といかにもな、息を吐く。それと同時に、セフィロトの「足元」には元々展開されていた緑の巨大な魔法陣の上に、2種類の魔法陣が新しく浮かび上がった。


「罪過を許さじ、雪辱を忘れじ! 我が牢獄へ、咎多き罪人を囚えん! 全ての希望を捨て、総ての絶望を抱け! オーバーキャスト・スティグマタイズスィナー!」


 いつかの時に受けた屈辱さえも、しっかりと経験値として吸収したアケーディアが、いよいよ次なる一手を繰り出す。その魔法はかつて、暴食の真祖が彼を「逃さないため」に発動した魔法はあるが……アケーディアは特殊能力により、強引な脱出を許されていた。


「……ふふ、絶対に逃がしやしませんよ。生憎と、僕は逃げ慣れているせいもあって、逃げ道を塞ぐ手段もそれなりに知っていましてねぇ……!」


 普段は逃げる側だったアケーディアにとって、捕まえる側の役は非常に新鮮である。それでなくても、今の彼に与えられた役回りはプルエレメントアウトが完成するまで「邪魔者を引きつけておくこと」。アケーディア自身の欲望が乗っかって、やや趣旨や方向性はズレてきているが。この調子であれば、大部分の目的は達成できそうだ。


(ですけど、ここまでの魔法連発は「今の体」ではキツイのが正直なところです。ふぅ……さっき、あんなに食べたのに、もうお腹が空いてきました……!)


 腹が減っては戦はできぬと言うけれど。今のアケーディアにとっては空腹こそが最上の好都合。二段仕込みの檻の中でもがく神様は……既に、アケーディアの目には新鮮な食料としてしか映らない。


「ふふふふ……アァーハハハハハハッ! 僕に二言はありません! 先ほども申し上げました通り……丸ごと完食して差し上げますから、安心して実験台になりなさい!」

「ヒィッ⁉︎ くっ、来るなぁぁぁ⁉︎」


 興奮のあまり、アケーディアが壊れたように狂気の高笑いを響かせる。しかも、魔法の連発であんなに重たかった腹も今や、ぺったんこ。ともなれば……「腹ごしらえ」ついでに神様を完食せんといざ行かん、楽しい楽しい実験場の檻の中へ。


「恐怖せよ、泣き喚け! あなた達の絶望こそが至高のスパイス! ククッ……最後まで、美味しくいただきますよ!」

「……マジで狂ってるわ、アイツ。だけど……どうしようかしらね。……このままじゃ、冗談抜きで実験台まっしぐらじゃない……」


 しかも、あの黒いロバはただただ狂っているだけではない。タダでさえ発動が難しい、異種多段構築をやってのけるだけでも危険極まりないのに。あろうことか、それを二段時込みで展開してくる程の周到さと、技術をも兼ね備える。


(とにかく、逃げ道を作らないと……! そうね、これをこうして……っと)


 チラとアリエルの目に入ったのは、気に入らないと嫌っていた緑色の髪。だが、その変色はとある能力の獲得の証でもあった。女神の髪の毛は神具を作り出すことさえできる、最高の魔法道具素材となる。朧げに「始まりの物語」にあった一節を思い出しては……伝承通りに天使の次は神具を作ろうと、アリエルは髪へと意識を集中し始めた。


(よし……! 今度は上手くできたわ……!)


 やはり、勢い任せの思いつきでしかないが。あからさまに切羽詰まっている状況と、攻撃対象が明確だったのがよかったのだろう。毒に中てられ、咽せながらも……アリエルは見事に、白銀の刃を持つ大振りな枝切り鋏を作り出していた。明らかに光属性を帯びた刃は、しっかりと忌々しいゆりかごを伐採してくれるに違いない。


「セフィロト! 一旦、果実の状態に戻って頂戴! とにかく、今はあいつから逃げるわよ!」

「うん、分かった! もう……食まれるのは、懲り懲りだよ……って、痛ッ⁉︎ この、クソッ! やめろって!」


 アリエルが逃げの手段を整えた途端に、セフィロトの「尻尾」に強烈な痛みが走る。そうして、堪らずブンブンと尻尾を振るが……どういう原理かは、知らないが。ロバの歯はガッチリと噛み合わさっては、揺さぶりにもめげずにハムハムと新鮮な魔力を食み続けている。


「あぁ、もう! アリエル、後は頼んだよ!」

「ゲホッ……ま、任せておきなさい!」


 神様が文字通り尻尾を巻いて逃げるなんて、格好悪いにも程がある。しかも、「古き民」のあまりに「原始的な生理現象」の前になす術もなく退却ともなれば、捨て台詞の1つや2つ、吐きたくなるというもの。アリエルの機転で、意外とあっけなく檻の外に出られたが。虚勢を張ることを忘れられないセフィロトが、ちっぽけな果実の姿になりながらも、ありったけの負け惜しみを吠える。


「新しい世界を作ったら、真っ先にお前から処分してやる……! 首を洗って、待っていろよ……!」

「あぁ……! 僕の実験台が……僕の新しい器が! 何を縮んでいるのです! 僕はまだまだ、食べ足りません! もっともっと……魔力を寄越しなさい!」

「……い、いや、だから……」

「それに! この場合、洗うのは首じゃなくて歯の方でしょう! ふふふ……でしたら、再会に備えてきっちり磨いておかねば……!」

「ヒッ……! アッ、アリエル!」

「分かっているわよ。とにかく、一時退却。だけど……あいつに“待っていろ”は失言だったかもね……」


 結局、お城の外でも茶番を演じる羽目になったと、アリエルは疲れたように息を吐く。いずれにしても、グラディウスの旗印を失わなかっただけでも、ヨシとしなければならないか……?


(いや、ちっとも良くないわ! このままじゃ、グラディウスが引き摺り下ろされてしまう……!)


 ……そう、問題は何1つ解決していないし、むしろ悪化さえしている。しかし、圧倒的に相性の悪い「始まりの真祖」の狂気に触れた今となっては、逃げることが最善策、体勢を立て直すことが最優先。アリエルはそう自分に言い聞かせることで、失望と不安とを強引にやり過ごしていた。

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