3−31 家って……どうすればいいんだろう?
「おぉ〜、スゲー! やっぱり、6枚もあると違うな〜」
「そ、そうか?」
風呂上がり後の2人きりの時間。まず昇進したこと、そして神界のシステム自体が変わりつつあることを彼に報告していたはずなのに。
「そ、そんなに見られると……」
増えた翼を見たいと言われ……なぜか裸のままベッドに転がされ、翼を出す羽目になっている。
「……っ?」
「あ、やっぱり翼って敏感な部分なんだな。にしても、本当に綺麗だな……」
そうして不意に翼を撫でられ、妙な感覚が体を走る。褒められたのは、翼なのは重々承知だが……彼の一言だけで体温が上がる気がした。
「……魔力と一緒に神経が通っている部分でもあるから、触られるとくすぐったい」
「そうなんだ。でも、しまえたりするんだよな?」
「まぁ、それはそうなんだけど……その辺はお前の翼と大して変わらないよ。ある意味、これが天使の本性の姿なのかもしれないし」
「おぉ、なるほど」
差し障りのない説明で、ハーヴェンは納得してくれた様子だが。興味津々とばかりに見つめられると、妙に気恥ずかしい。
「それはそうと……実は昇進と同時に、ローヴェルズの監視に担当が変更になって」
「そうだったんだ?」
「で……家について、どうしようかなと……」
とにかく、ここは本題に入らなければ。しかし、私には具体的に「どうすればいいか」が分からないため、彼の意見を聞くだけになりそうなのが……何とも、情けない。
「そうだな〜。この際だから、引っ越すのもいいかもな。最近、家族も増えたし……ちょっと手狭になってきた感じもあるし」
「でも、家って……どうすればいいんだろう?」
「う〜ん……エルノアやギノのことを考えると、街中の物件を買うのはナシだろうな。コンタローは子犬で済ませられるかもしれないけど。精霊感丸出しのあの子達と、街に住むのはリスクが大きすぎる。だとすると……そうだな。この家と同じように、打ち捨てられている家を見繕って、補修するか」
「都合よく、そんなもの見つかるか?」
「その辺は大丈夫。特に……魔禍が出やすい森の中は優良物件もいくつかあるだろ。まぁ、俺の方で適当に見つけておくから任せておけよ」
「うん……いつもながら、すまない」
やっぱりこうなるんだな。結局は彼に頼りっぱなしなのに、申し訳ない気分になってしまう。
「気にすんなよ。それに、ちょっと厄介な奴に場所を知られたっていうこともあるし、俺としても好都合かも」
「厄介な奴?」
「そ。例の勇者と悪魔の絵本を持ってきた、王宮騎士とかっていう奴でな。カーヴェラの買い物の時にちょっと擦った揉んだがあって。まぁ、俺も迂闊だったんだけど。軽くあしらい過ぎたら、俺が人間じゃないことに気づいたらしくてな。わざわざ、こんな所まで押しかけてきて……国王に仕えろとか言い出したもんだから、追い返したんだ。で、土産にあの絵本を置いていったんだよ」
「そんなことがあったのか……。ではある意味、お前が記憶を取り戻すキッカケを作った奴って事か?」
「そうなるな」
「それはつまり……私にあんなに寂しい思いをさせた、張本人って事か?」
「いや、それは違うだろう……。つか、たった3日くらいで寂しいとか言うなよ。そう言ってくれるのは、嬉しいけどさ……」
「だって、あの時は本当に苦しかったんだぞ⁉︎ もう会えないかもしれないなんて考えたら、夜も眠れないし! お前がいなくなるなんて、考えもしていなかったから……色々、後悔したし……。どんなに頑張っても、笑えないし……相変わらず、胸はぺったんこだし……」
そこまで言葉を絞り出したところで、いつも以上にみすぼらしく見える自分の胸を見下ろす。
申し訳程度の膨らみに、母性の欠片さえも感じられないお粗末な突起物。何故、ここまで見事にぺったんこなのか? ……もはや、自分でも理解不能だ。彼もそこは了承済みなのだろうが……こればかりは改善できないのが、とにかく悔しい。
「あぁ、そういや。話は変わるんだけど……予想通り、魔界に新入りが来ていたみたいでな」
しかしながら、本当に彼の選考基準はそこではないらしい。私の苦悩をサラリと受け流し、真剣な表情で別の話題を振ってくる。これはこれである意味、有難いのだが……やっぱり、妙に釈然としない。
「……そうか。それで……」
「いや、まだ確定したわけじゃない。なんでも、理性そのものも吹き飛んでいるみたいで……ベルゼブブの話を鵜呑みにするなら、本性のまま暴れているらしい」
「……」
「一応、ベルゼブブにも彼の名前は伝えて来たから……また折を見て、チョコレートを手土産に様子を見に行ってくるよ」
「そうか。お土産に必要な材料は、遠慮せずに言ってくれ。それで……ちょっと私達の分も作ってくれると嬉しい」
「おぅ、任せとけ」
そう言って明るく振舞っているものの、ハーヴェンの険しい表情を見る限り……彼の予想はかなりの確率で当たっていそうなのだろう。心なしか、とても沈痛で寂しそうな顔をしている。
「……なぁ、ハーヴェン。……彼は一体、どんな思いで闇堕ちしたのだろうな。やはり神を……天使を憎んで最期を迎えたのだろうか。……私にもできることがあったら、何でもする。少しでも……天使としてできることがあるのなら、どんなことでも協力するよ」
「……ありがとな。奴がプランシーかどうかはまだ確定していないが、少なくとも……アーチェッタのあの文字の主である可能性が高い事は分かったんだ。……指が1本擦り切れていて、ないらしい」
「……そこまでしなければいけない程に、残さなければいけない禍根があったんだな……」
「まぁ、な。で、あの場所の素材についてもベルゼブブから知恵を借りれたよ」
「ほぅ?」
これはまた、重要な話が出てきたな。
最近のハーヴェンの報告は重要なことが多すぎて、神界としても大助かりな反面……悪魔にここまでさせてしまっている事に、違和感も感じる。これは本来、天使が気づかなければならない事柄だろう。……それなのに、私はあの部屋には違和感を感じることさえ、できなかった。この場合、悪魔が鋭いとするよりも、天使が鈍いと自戒するべきなのだろう。
「多分……光属性に対する耐性があるか、魔力を吸収する素材だろう、ってさ。頑丈なのに変わりはないが、悪魔文字を刻めている時点で、そういう見方が成り立つらしい」
「そうなんだ……。いや、つくづく悪魔の見識が広いことにビックリするな……」
「まぁ、ベルゼブブはウン千年単位で生きている大悪魔だからな。……で、素材の出どころは神界の可能性が高いんだと。ルシファーに聞いてみるとも言っていたけど、よければそっちでも確認してみてくれないか」
「分かった。早速、ラミュエル様に相談してみる。しかし、ルシファーだって……? 確か……」
「あぁ、そうだよな。きっとお前達側では超有名人だよな。ルシファーは紛れもなく、大昔の天使長だった女だよ。色々あって闇堕ちしたのが、魔界で唯一無二の傲慢の元締めをやっているらしい」
初耳なんだが……? しかし、かつての天使長ともなれば、現代の天使が知らないことも知っているかもしれない。もしかしたら……。
「ルシファーだったら、シールドエデンの事とか知っているかも……。私も会ってみたい」
「そか。それじゃ……ベルゼブブに嫁さん同伴についても、伝えておくよ。ただ、ルシファーはかなり気難しいことでも有名な奴でさ。俺なんか、初めて会った時に若造呼ばわりされて散々だったんだから。機嫌が悪かったりした場合は、会いに行っただけで怒られるかも」
「……今までも怒られるようなことを、散々してきたのだもの。それくらいは仕方ないと思うよ」
「別に、お前が悪いわけじゃないだろう?」
「私も含めて天使の存在意義は本来、世界を平和に導くのが大前提だ。……でも最近、それがまともにできていないような気がしてならない。だから少しでも……自分が納得できる方法で、その前提を守れればなんて思っている」
「そか。お前は相変わらず、律儀だな。まぁ、そんなところが俺としては堪らないんだけども」
「……茶化すなよ」
「茶化してないよ。俺はいつだって、真面目だぞ〜?」
「……嘘つき。でも、私はそれでも構わないよ。ずっと……側にいてくれるのなら、それで」
「……そうか?」
そこまで話をしたところで、優しく唇を重ねられる。こうして彼との縁があったおかげで1人で分からない事、解決できない事がこんがらがった糸が伸びるように、スルスルと解けていくのだから不思議だ。あの時、暖かいものを食べたいと……何気なく答えて、良かったのかもしれない。




