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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
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1−10 擦り切れた概念

「きられたあしがくっついたよ!」のあの日から、人間界の暦で5日。

 エルノアもようやく、人間界の魔力の薄さに馴染んできた。ここ最近の「おすそ分け」で、同年代と思しき友達もできたせいだろう。初めの頃に比べれば随分と活発になり、初めて手を手当てしてやった男の子……確か、ギノという名前だった……とは特に、仲良く遊んでいるらしい。

 そうして過ごしている間に、彼女も「空腹」の意味もきちんと理解したようだ。精霊は魔力を失えば、純粋な精霊としては存在できなくなってしまう。しかし、魔力が薄い人間界で原動力を調達するのは、とても難しい。だから、不足分は美味しく食べて補填するのが、人間界での正しい生活方法だと俺は思っている。


「エルノア! ピーマンも残さず食べなさい‼︎」

「あぅぅ……だってハーヴェン、これ美味しくない……」


 しかし、そんな「育ち盛りちゃん」の皿を見れば、ピーマンが力なく残されている。今日はバレないようにと、細かく刻んでシチューにしたのに。彼女はそれすらも、器用に緑の物体だけを残しているが……子供がピーマン嫌いなのは、全種族共通なんだろうか?


「ハーヴェン、そこまで強制しなくてもいいじゃないか。私達の場合は、食べたものは一律魔力に変換されるんだ。食事の栄養素は関係ないだろう?」

「エルノア、素敵な大人のレディになりたいんだったら、ピーマンも食えよ〜。ルシエルみたいになりたくないだろ?」

「……それはどういう意味だ?」

「自分の“胸”に聞いてみろ〜」

「仮にもマスターの私に向かって、その言い草はなんだ⁉︎」


 いかにもご尤もらしい理由を盾に、ピーマンを残しても良いなどと言うもんだから、仕返しのつもりでルシエルを引き合いに出してエルノアを諭す。そうして、ちょっと怖い顔をしているルシエルの胸あたりに視線を落とす、エルノア。ややもして、ハタと何かに気づいて慌ててスプーンを手にしたのを見るに……どうやら、俺が言わんとしていることを理解したらしい。


「私、やっぱり食べる‼︎」

「って、エルノアまで‼︎」

「私も母さまみたいに、素敵なレディになるの‼︎」

「……素敵なレディじゃなくて、悪かったな」


 子供の無邪気以外の何物でもない精神攻撃に、ちょっとしょげているルシエルと、ピーマンと格闘中のエルノアにデザートを運ぶ。ふっふっふ……今日のデザートは木苺のムースになりま〜す♪


「……そう言や、エルノアの父さまと母さまって、どんな感じなんだ?」

「私も気になるな。竜族は謎が多い種族でもあるからな」

「知りたい?」


 2人で顔を見合わせて、コクコク頷くと。ようやくピーマンをやっつけたエルノアが、今度はムースを頬張りながらエヘンと話し始めた。


「父さまは竜界で大事なお仕事をしている、強ーいドラゴンなの。それで、とっても格好いいんだから! でね、母さまは竜界一の美人って言われるくらい綺麗な人で、女王の娘なの!」

「……それってつまり……」


 ルシエルが思い出したように精霊帳を取り出して、魔力レベル10のところまでページを捲ると、俺達にも見える位置に置いた。そこにはエルノアと同じ色の銀色の鱗を纏った、綺麗なドラゴンが描かれているが。えぇと、なになに……?


「……ドラゴンプリエステス?」

「通称・竜女帝と呼ばれる、竜界のトップだ」

「うん。これ多分、私のお祖母様だと思う」


【ドラゴンプリエステス、魔力レベル10。竜族、炎属性。ハイエレメントとして光属性を持つ。竜女帝とも呼ばれる竜族の長。回復魔法、創世魔法の行使可能。登録者:ハミュエル】


「ほ〜……じゃぁ、エルノアは竜女帝のお孫様ということか」

「そうなの! ……でも、お祖母様はもうそろそろ寿命が近いんだって。だから、お祖母様がいなくなったらどうしようって……みんな困っているの」

「エルノアの母さまじゃ、ダメなのかい?」

「うん、母さまは……美人だけど、とっても弱いの」

「弱い?」


 さっきまでの勢いがみるみるうちに萎んだエルノアを元気付けようと、自分のムースを差し出す。その横で、ルシエルはまたも険しい顔をしているが。……そんな顔をしながら、ムース食うなよ。不味いんじゃないかって、心配になるだろ。


「うん、母さまはヴィーヴルっていう、あんまり強くないドラゴンなの。だから、お祖母様の代わりはできない」

「ヴィーヴィル? エルノアは確か、ハイヴィーヴルだったよな?」

「……ヴィーヴルはこっちだ」


 そう言いつつ、今度はルシエルがレベル4のところまで精霊帳のページを合わせる。


【ヴィーヴル、魔力レベル4。竜族、炎属性。補助魔法と回復魔法の行使可能。登録者:ラファエル】


 開かれたページの挿絵には、優しそうな目元のドラゴンが描かれていて……ナヨっとしたフォルムといい、淡い桃色の鱗といい。……いかにも儚げな感じだ。


「ヴィーヴルは本来、防御型の精霊だ。魔力はそれなりにあるとは思うが……攻撃が得意ではないせいもあり、尖った部分がないと見なされる傾向がある。とは言え、この登録情報も1体分のものでしかない可能性が高いし、個体差は度外視していることも考えると、エルノアの母さまが弱いとも言い切れないんだが」

「ウゥン、母さまは1番弱いドラゴンだと思うの。……母さまは子供の頃から体が弱かったの。だから、お祖母様が強い父さまに母さまをお願いしたんだって」

「なるほど、竜女帝様はエルノアの母さまのことが心配だったんだね」

「うん、そうだと思う。それとね、母さまにはお姉さま、つまり私からすれば叔母さまがいるんだけど、叔母さまは結構、強いみたいなの。それに、叔母さまも優しいのよ!」

「……ん? だったら、竜女帝様の後釜は叔母さまがやればいいんじゃないの?」

「私もそう思うんだけど……よく分からないの。どうして、って父さまに聞いたら、女王になるには強さだけじゃなくて優しさも必要なんだよ、って教えてもらったんだけど……。叔母さまも十分、優しいと思うんだけどな……」


 エルノアはこれ以上は分からないの、とか言いながら……ちゃっかり2つ目のムースを食べ切って、満腹になったらしい。今度は眠くなってきた様子のエルノアを、ルシエルが寝かしつけに屋根裏へ一緒に上がっていく。そうして10分程すると、彼女の方だけ律儀にリビングに戻って来た。


「意外と、竜族も俺達と変わらないことをしているんだな」


 そんな風にきちんと戻ってきた彼女ともう少しお喋りしようと、2人分の追加の茶を淹れながらぼんやり呟く。そして片方を受け取り、ルシエルも同意しながら言葉を継いだ。


「そうだな。それにしても、エルノアは父さまとやらの影響で、上級種として生まれてきたということになるが……」

「お? それがどうしたよ?」

「精霊は……竜族もそうだとは断言できないが……魔力レベルで生まれてくる種類も大凡、決まっている。そして、基本的に生殖行為で繁殖する種族は、母親側に生まれてくる種類のレベルがある程度、引っ張られるんだ。で、エルノアの話を聞く限りだと……父さまと母さまという概念がある時点で、竜族の繁殖方法はそれだと判断していいだろう」


 生殖行為で繁殖……って、具体的な内容は置いておいて。竜族って、そんなことすら、知られていなかったのかよ。


「と、とにかく……じゃぁ、本来ならエルノアも普通のヴィーヴルだったはずって事か?」

「とにかく⁇ お前、もしかして変なこと想像していたか? まぁ、いい。エルノアの話が本当なら、彼女の母さまは最弱……つまり、魔力が低いということになる」


 ちょっと考えを見透かされて、慌てて平静を装って反応する。いや、俺だって男だし、悪魔だし。少しくらい、そういうことを想像してもいいだろ。


「にも関わらず、エルノアは上位種として生まれてきた……と」

「そうなれば、答えは1つしかない。父親側の魔力がその法則を覆すくらいに高かったということだが……ただ、今度は母親のことについて、1つ納得がいかない問題が浮かんでくる」

「何がだ? お前が言ったことが合っているなら、母親のレベルに引っ張られずに、エルノアは強い種類で生まれてきた。それは父さまとやらが強いから……という事なんだろ? 精霊の生まれ方についてはよく分からないが、血統がよければ優秀な子供が生まれるのは、別に不自然でもないだろ」

「……では何故、母親は普通のヴィーヴルなのだろうな? ドラゴンプリエステスの娘であれば、エルノアの母親もそれなりの水準で生まれてくるはずだ」

「……という事は、つまり?」

「エルノアの母親がドラゴンプリエステスの娘だと考えるのは、無理があるということだ。まぁ、あの子が両親を誇りに思っているのは間違いなさそうだし、私達が詮索する事でもないのだが。とにかく今は……エルノアを父さまと母さまに会わせてやる事だけ、考えていればいいだろう」


 父さまと母さま……か。俺にとってはとっくに擦り切れた概念だから、その響きが新鮮に聞こえた。

 生まれた時から悪魔だった者もいるにはいるが、彼らのような「特別な悪魔」はごく少数。元は人間や精霊だったものが欲望に取り憑かれて、魂ごと「闇堕ち」して生まれた悪魔の方が圧倒的に多い。で、俺の場合は当然、後者らしい。

 俺が元々なんだったのかは、もう覚えていないけれど。それなりに上級悪魔として、魔界でも幅を利かせていたことを今更ながら思い出す。そのせいで、少々苦労したこともあったが。……今となっては、関係ないだろう。今の俺は「悪魔ではなく精霊」なのだから、悪魔として振る舞う必要もない。

 明日、目が覚めたら……やっぱり、あいつはとっくに出かけているんだろうけど。リクエストの食材メモはテーブルに置いておいたし、それで構わない。

 ……今は料理が作れて、美味しいと言ってもらえれば、それでいい。それで……納得していたはずじゃないか。

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