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氷の城  作者: 壱百苑ライタ
8/14

パッセ

九、パッセ


「アヴニール! アヴニールってば!」

 自分を呼ぶ聞きなれてしまった声がして、アヴニールは目を覚ました。

 こうして此処に来て何度意識を失い、そしてまた目覚めるという行為を繰り返しただろう。この感覚に些か慣れて来てしまった自分が居ることにアヴニールは少々嘆息した。

「良かった、死んじゃったかと思ったよ」

 そして起き上がったアヴニールの目の前には、両手を腰に当て自分を見下ろすパッセの姿があった。アヴニールはそれを見て、まず至極冷静にぼりぼりと頭をかいた。

「おはようアヴニール!」

 次に目を二三度瞬かす。しかし目の前に居るパッセは何度瞬きしても消えない。

 次に自分の頬を思い切り抓る。とてつもなく痛かったので直ぐに手を離した。どうやら夢を見ている訳では無い。

 次に目の前にあるパッセの頬に触れようとする。しかしちょうど起き上がってしまってその頬には触れることが出来なかった。

 アヴニールは差し伸べてしまった手を所在なく自分の方へ戻しながら、少しだけ恥ずかしそうにこほんと咳払いをし、それからじっとパッセを再び見つめる。

「パッセ………なの?」

「うん、そうだよ」

 パッセはにこにこと笑っている。アヴニールはまだ信じられず、とにかくじっと、穴が開くくらいパッセを凝視し続ける。

 それは何処からどう見てもパッセで、パッセ以外の何者でもないようで。

「………っパッセ」

 アヴニールは漸く目の前に居るのがパッセなのだと実感し、その途端に目尻が熱くなって、涙が滲んできてしまった。

「はいはい、泣かないの」

「それより、大丈夫だったの!? 何かに襲われてたみたいだったけど………!」

「あぁ、例のあいつだよ。だけど何とか逃げ果せて、アヴニールを追って来たんだよ」

 「そうだったの」とアヴニールはほっと胸を撫で下ろし、「本当に良かった」と目尻に滲んだ涙を拭った。

「それじゃあ、起き抜けで申し訳ないんだけど、そろそろここを出ようか」

 アヴニールが完全に目を覚ましたことを確認すると、パッセは改めてにっこりと微笑み、入り口の方を指差した。

「あ、うん………ていうか、寒!」

「うん、だから出よう」

 そう、二人が居たのは未だ吹雪が容赦なく吹き込むステンドグラスの割れた礼拝堂だったのである。パッセを先頭にアヴニールも立ち上がると二人は礼拝堂の外へと出た。

「それにしても、来てみたらこの惨劇だもん。びっくりしちゃったよ」

「そうよねぇ………私なんて割れた瞬間見ちゃったもん。びっくりしちゃった」

「えぇ!? よく怪我しなかったね………!」

 言いながらパッセはアヴニールの体を見渡し、それから「大丈夫そうだね」と胸に手を当ててほっとしてみせた。

 その様子にアヴニールは「心配しすぎよ」と笑ったが、パッセは「そんなことないよ!」と頬を膨らませる。そのいつもの光景にアヴニールは「はいはい」と頭を撫ぜて、やろうとしたのだが。

「おっと!」

 パッセはそう言うとアヴニールの手をなんとも器用に避けてしまった。

「子ども扱いしないでって言ってるだろ」

 そして何故か鼻高々と言った風に腕を組んで胸を張ってみせる。

「な、なんですとぉ………この短期間で一体どんな成長を………」

「ふふふ、今にアヴニールの身長も超えて見せるからね!」

「いや、それは急に成長したら本当に人間じゃないから。人間として見ない様になるから」

 アヴニールは真顔で言い切った。それにパッセはわざとらしくこけるふりをしてみせてから、「とにかく!」と急に声を張り上げる。

「アヴニール、僕のこと思い出せたの!?」

 急に声を張り上げたパッセは、言いながらアヴニールに顔をずずいと、アヴニールのほんの鼻先まで近づけた。

 アヴニールは急に近寄られたものだから一瞬パッセの顔にドキリ、心臓が高鳴るのを感じ、そのドキリに更にドキリとする。

「ご、ごめん。まだ思い出せてなくて」

「なんだよもう! 早く思い出してって言ってるじゃないか!」

 まだ心臓がドキドキしている。アヴニールはそんな自分に困惑しつつ、不満そうに頬を膨らませ眉間に皺を寄せているパッセに、「ごめんなさい」と本当に申し訳なさそうに肩を下げた。

「もう、いいよそんなに落ち込まなくて」

 そんなアヴニールにパッセは呆れたように渋い顔をしてみせてから、「怒ってないんだからさ」とパっと笑顔になってみせた。

 そのパッセの笑顔にアヴニールはほっとする。

 良かった、いつものパッセだ。あんなに酷いことを自分は言ったのに、許してくれたのだ。そしてこうしてまたパッセの隣に居ることが出来る。そのことが、アヴニールにとってどれだけ嬉しいことだろうか。

 気がつけば、アヴニールはだらしなく弛緩し切った笑みを称えていた。

「………どうしたの、ニヤついて。気持ち悪いよ」

「ハっ、しまった!」

「はいはい、そんなことよりアヴニール!」

 自分の両頬を両手でたれないように引き上げながら、アヴニールは何やら人差し指をピンと立てているパッセを見て小首をかしげた。

「きょとんじゃなくて、僕のこと、思い出したくなあい?」

 パッセの言葉にアヴニールは目を見開いた。

 そして余りに焦っていたのか両頬を押さえたまま声も出せずにただ只管に頷いてみせる。

 その様子を見てパッセは「うんうん」と満足そうに頷くと、何やらニヤりと、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「僕、アヴニールと離れている間に色々と調べてみたんだ。僕たちがさっきまで探索してたのは回廊だよね」

 パッセは言いながら、器用に空中にその回廊の図面を指で描いて見せた。

 それをアヴニールは頷きながら聞いている。

「で、僕がさっきあいつに襲われたのは回廊の終点の此処、広間なんだ。そしてここ、礼拝堂も回廊の終点。つまり僕たちは回廊をだいたい全部回りきったってこと」

 アヴニールはそこまで聞いてパッセが言いたいことの察しがついたようである。

「つまり、今度は回廊じゃなくこのお城の本丸を探索してみようって事かしら」

「本丸って………まぁ、つまりそういうこと!」

 しかし、アヴニールはそれを聞いて少しだけ躊躇したように唇に手を当てる。

 アヴニールは、例のあいつが広間に居た事を思い出し、何となく嫌な予感がしたのである。しかしアヴニールが何を考えているか、パッセも察しがついたらしい。

「大丈夫、あいつならしばらく現れない筈さ!」

 そう言って、親指をぐっと立ててみせた。

「………」

 アヴニールはそんなパッセを少しだけ怪訝そうに見つめた。パッセはそんなアヴニールに驚いたように少しだけ目を見開き、僅かに身を引く。

「何かパッセ、凄い明るくなったね」

 それからアヴニールは「ちょっと気持ち悪い」と目を細め嫌そうな顔をしてみせた。

「な、う、うるさいなぁ!」

 言われたパッセは相当恥ずかしかったのだろう、頬を真っ赤に染め上げて「とにかくどうするの!?」と少し乱暴に問いかける。

「まぁ、パッセを思い出すにはきっとそれしかないと思うし………それにあいつが出ても秘密兵器があるからきっと大丈夫よね」

 それからアヴニールは、自分も先ほどのパッセの真似をしてぐっと親指をたててみせた。

「秘密兵器?」

 しかしパッセはその様子は特に気に留めず、秘密兵器という単語に不思議そうに首を傾げた。

「パッセと別れたあとにね、見つけたの。ほら、この十字架」

 それから自分が首から下げていた十字架をパッセに抓んで示してみせた。

 パッセはそれを見ると、「へぇ」と空気が漏れるように呟いてすっとその身を引いてしまった。

「あれ? 興味ない?」

「だってただの十字架なんだもん。もっと凄いものかと思ったよ」

 パッセはアヴニールに背を向けて、「それよりそうと決まれば早く行こう!」とさっさと歩き出してしまった。

 アヴニールは「あ、うん」とその十字架を胸の中にしまってからパッセを追いかけるように歩き出す。

 アヴニールは、そんなパッセの後姿を見ながら言いようのない違和感に、ほんの少し不安げに眉を潜めた。

 何とは言えない、何とは言えないのだが………何か、どこか冷たいような。

 アヴニールはそう思った瞬間に直ぐに頭を左右に振った。自分は何を乙女のようなことを言っているのだろう、と。

 これは本格的に、嫌な予感がする。

 アヴニールはそんな自分に思わず溜息を吐かざるを得なかった。

 時分は一体彼に何を期待しているのか。

 前途多難である、その事にひどく先が思いやられたが、アヴニールは前を歩くパッセの背中を何となく見つめた。

 やはり今は、再びこうしてパッセと一緒に居られるのが、嬉しい。

アヴニールは本当に嬉しそうに、パッセの後姿を見つめた。

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