夢
八、夢
温かい暖炉で火が燃えている。
「そろそろお夕飯にするわよー」
「はーい」
暖炉の前でごろごろしていた私をお母さんがキッチンから呼んだ。
「今日は何なに?」
「今日はねぇ、あなたの大好きなシチューよ!」
「本当!? やったぁ!」
お母さんのシチューは冬にしか作ってくれないけど、一等おいしい。私の大好物だからと言って、冬は二日に一度はシチューだ。お父さんはちょっと嫌そうな顔をしてたけど、私もお母さんもシチューが大好きだから我慢をしてもらうの。
お母さんに言われてお夕飯の準備のお手伝いをする。シチューのお皿を三つ、スプーンを三つテーブルに並べる。
「ただいまぁ」
お父さんが帰ってきた。いつも夕飯が出来る頃にちょうどよく帰って来るの。まるで時計みたいにお父さんは時間に正確。夕飯の時間に遅れたことなんて一度も無い。
「おかえりなさいお父さん!」
「おかえりなさい、今日はシチューよ」
「げ、またか」
私はお父さんに駆け寄った。お父さんは持っていた農作業の道具を玄関付近に片付けて、駆け寄ってきた私を両手で抱き上げてくれる。それからお父さんに抱っこされた侭、私はテーブルに戻ってきて椅子に座らせてもらうのが日課だ。
「シチュー!シチュー!」
「本当に好きだなぁ、お父さんそろそろ飽きてきたよ」
「文句言わないの、今日もおいしいわよぉ?」
「はいはい、お母さんのシチューは……」
「世界で一等賞!」
私が大声で言うと、お母さんは「其の通り!」と笑う。お父さんも「其の通りです」と観念したように両手を挙げて、それから笑う。
「お母さん、早く早く!」
「はいはい、慌てないの」
お母さんがお皿にスープを注いでくれる。その瞬間が実は私は一番大好き。
じゃがいも、にんじん、ブロッコリーにマッシュルーム。白いスープと一緒にとろとろとお皿に入っていく。みんな仲良し、白いスープの中でほっこりほっこり。
「スープって、まるで私たちみたいだね!」
私がそう言うと、お父さんとお母さんは少し目を真ん丸くして、それから顔を見合わせる。そして二人は同時にくしゃりと笑った。
「そうだな、お父さんもそう思う」
「お母さんも、そう思う」
そしてお父さんとお母さんは、競って私の頭を撫ぜる。お父さんの大きな手、お母さんの柔らかい手。
シチューも、お父さんもお母さんも、私は大好き。
寒くても、吹雪が凄くてもだから全然怖くないし嫌じゃない。
お父さんとお母さんが居れば、何もかも怖くないし、何もかも幸せなの。
「ねぇねぇお父さん」
「ん? なんだい」
「私ね、今日学校で九九を教わったんだよ!」
「おぉ、もうそんな所までいってるのか」
シチューを食べながら、私は夢中で今日学校であったことをお父さんとお母さんにお話する。お父さんとお母さんは私の話をいつもにこにこ楽しそうに聞いてくれる。
「私ね、学校で一番に九九を全部覚えたんだよ!」
「何だって!? 天才じゃないか、なぁお母さん!」
「そうね、なんせ私の子供ですからね」
「そして父さんの子供だからな」
その言葉に、三人同時に顔を見合わせて、それから三人同時に大笑いした。
「私、お父さんとお母さんの子供だから、何だって出来るもんね!」
「そうかそうか」とお父さんは笑った。お母さんも笑った。
だから私はもっと笑顔になって、もっともっと笑顔になって。
「あのね、私シチューも作れるようになりたいなぁ、お母さんみたいにとってもとってもおいしいシチューが作れるようになりたいの!」
「まぁ、嬉しいこと言ってくれるじゃないのこの子は。そうね、じゃあもう少し大きくなったらお母さんの秘伝のレシピ、教えてあげちゃうからね」
「本当!?」
「えぇ、もちろんよ。きっとお母さんに似てお料理も上手に違いないわよ」
「なんせ、天才だからな」
私たちの食卓には、いつだって笑いが絶えなかった。
時にはお父さんが大声で笑いすぎて、お隣のおばあさんにうるさいと怒鳴り込まれたことがあるくらいだ。
お父さんはとにかく豪快で力持ちでとっても頼りになる。
お母さんは元気で明るくてとっても優しくて、そしてやっぱりとっても頼りになる。
時にはお父さんを言い負かしているお母さんは私の自慢。
でも、そんなお母さんのことを自慢に思っているお父さんも、私の自慢。
私の自慢のお父さんとお母さん。
大好きな大好きな、お父さんとお母さん。
「ずっとずっと、こうして三人で暮らしていたいなぁ」
「あら、だめよ。いつかはお嫁さんになって家を出る日が」
「母さん余計なこと言うんじゃない! いいんだ嫁になんて行かなくて! 絶対にやらん、嫁になんかやるもんか!」
「自分の娘の結婚邪魔する父親がどこの世界に居るの!」
お母さんがお父さんを叩く。
私はそれを見て大笑いする。
だけど私は本当に思ってた。
家族三人、ずっとずっとこの侭で居られますように。
それだけで、私は幸せだったのだから。




