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届け

 自分が試されているとは露知らず、翔は頭をフル回転させていた。

 何て答えればいい。

 氷上さんをしつこく勧誘している理由。それは翔自身が知りたいくらいだった。

 翔は自らの行動を紐解いていく過程で思考の海に潜ることになり、ダイバーのレギュレーターから漏れる気泡のように、言葉がぽつぽつと浮かび上がってきた。


「そもそも、俺は、バンドなんかやるつもりは無かったんだ。克己からの頼みと言っても、クラスで目立ちたくない俺からすれば、断るのが当然。事実、最初は断った。でも、心変わりした。きっかけは、合唱コンクールの、パート決めの日」

「……ああ、あの日、ね。私も、教室内で目立ちたくないというスタンスは賛成だけれど、あの日は……つい。音楽には、嘘はつきたくなかったのよ」


 氷上は、口を真一文字に絞り、眉間に皺を寄せ痛恨の表情を浮かべた。

 翔はその様子が目に入らないどころか氷上の声すら聞こえていない。


「氷上さんの歌を聴いた瞬間、鳥肌が立った。圧巻だった。震えたよ。身体の芯から熱くなった。こんな声で歌えるなら氷上さんになりたいとさえ思った。可愛さとかっこよさの中間。俺にとって理想の声質だ。声量もあって迫力がある。目の前に氷上さんの歌が迫ってくる錯覚を抱くほど、鼓膜を揺らされた。俺はなんでこんなに流暢に氷上さんの歌について語っているんだ。そうか、そうだ、俺は氷上さんが、好きなんだ!」

「はぁ!?」


 氷上は思わずすっとんきょうな声を上げた。

 いきなり告白されれば誰だって驚くだろう。

 その声で、翔は思考の深部から急速に浮上した。


「は、え、今俺なんつった!? つうかもしかして声に出してた!?」

「思いっきり出てたわよ」

「うぇええ!? あーマジ死にたい。なんだよこれ。んなこと実際に起こり得るのかよ。アニメとかマンガとかでたまに見るけどフィクションだけだと思ってたわ。これも集中力の高さ故か。己の集中力が憎い」

「それで、さっきのあなたの発言についてだけど」

「もういいよ。ここまで話しちゃったなら、最後まで全部話すことにする。正直恥ずかしさで気を失いそうだがケジメはつける。……クラスの連中に言いふらすのだけは勘弁してくださいホント」

「い、言いふらせるわけないでしょうこんなこと」


 氷上は翔にバレないように、ゆっくりと深呼吸して気を落ち着かせた。

 告白されることには慣れたはずだったが、いかんせん急にこられたものだから取り乱しそうになってしまった。虚を突かれた。

 次にどんな言葉が飛び出してくるのか。心で汗をかきつつも、表面上はクールに。動揺を顔に出したら負けだと氷上は自分に言いきかせる。


「感謝する。それで、続きだけど……確か、氷上の声、歌が、その、気に入った、ってとこからだよな」


 氷上の顔なんて見ていられるはずがなく、結果として明後日の方向を向いてしまった翔。

 それが幸いした。どちらに幸いしたかは、氷上の、目をまん丸にした惚け顔(本人は間抜け面と表現するだろう)、を見れば言うまでもない。


「あー好きって私の歌のことねそういうことねはいはい。はぁ、私も私ね。こんなベタ中のベタな勘違いをするなんて。姿月くんじゃないけど、こんなの創作の中だけかと思ってた……人は平静ではないとここまで認知能力が落ちるのだと学んだわ……」

「氷上さん? 何言ってるの?」

「なんでもないわ。あなたが私の歌を気に入ったってとこまでで合ってるわよ。続けて」


 氷上の発言の意味が本気で理解できなかった翔は、自らの胸の内を吐露する恥ずかしさを一瞬忘れて氷上の方を見た。

 その頃には氷上は普段のつまらなそうな無表情に戻っていた。氷上の防衛本能が、隙を見せることを阻んだ結果である。 


「つ、続けます。えっと、その、はい。純粋に氷上さんの声、歌に痺れました。この声で、バンドをしたらどれだけ楽しいだろう、と想像したら、いてもたってもいられなくなりました。一度断られても諦められなくて、しつこく食い下がってしまいましたすみません俺たちのバンドに入らないか?」 


 正気に戻ったと思ったらまた暴走する翔だった。もはや恒例になりつつある九〇度の完璧な角度から繰り出される謝罪。からの右手。翔は、頭を下げたまま右手を差し出した。

 覚悟を決めた。これで最後にすると。

 翔は声に出すことで、自分の気持ちを理解した。理解した上で、最後の勝負に出た。


 結局良案なんて浮かばなかった。結果的にではあるが、本音でぶつかるという、無策もいいとこの出たとこ勝負を仕掛けることになってしまった。


「…………」


 氷上はたっぷり一分間、無言を貫いた。

 翔はその間、一度たりとも顔を上げず、右手を、まるで神に救いを求めるかのように、伸ばし続けた。 

 届け。届け。自分なんかがこう思うのはおこがましいとは思うけど、それでも、届いて欲しい。自信など皆無。断られるのが当然。そう思っていたからこそ、利き手を包んだあたたかさが信じられなくて。


「手汗、すごいわよ」


 翔は即座に手を引っ込めた。


「第一声がそれかよ」

「悪い?」

「別に。お、俺としては、引き受けてくれただけで十分過ぎる」

「素直なのね。教室でもそれくらい素直でいたらいいのに」

「余計なお世話だ。……これから、よろしくお願いします。氷上さん」

「だから、その敬語、気持ち悪い。同級生で同じクラスなんだからタメ口でいいでしょ。そうだ、氷上さん、なんて呼び方だからいけないのよ。これからバンド組むのだから呼び捨てぐらいがちょうどいいかもね」

「ハードル高っ! でもまあ一理ある。数人が集まって一つの音楽を作るんだから息合わせなきゃだし。善処するよ。あ、でも、教室にいる時は絶対呼び捨てになんかしないからな」

「当たり前でしょ。変に勘ぐる人たちに足を引っ張られるのは御免よ」

「分かる。悪い方向に発芽する種はそもそも蒔かないようにするべきだ。人間関係のこじれでやりたいことができないなんてことになったらストレスで禿げる」

「分かる。私、友達がいればいるほどいいみたいな風潮、嫌いなのよね」

「分かる。半端な友達モドキばっかり量産してるやつらをキョロ充と言う。ああはなりたくないものだ。んまぁ四、五人の仲良しグループがこれ見よがしに友達アピしながら騒いでるのも苦手だけど」

「分かる。わざわざ他人がいるところでやるところがタチが悪いわよね。部屋に引っ込んで仲良し子よししてればいいのに」

「分かる。あとさ――――」

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