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バンドしようぜ!

「バンドしようぜ!」

「は?」


 教室。

 昼休みのため、弛緩した空気が流れている中。

 一人の男子生徒が発した一言に、決して少なくはない数の生徒が耳を傾けた。


「具体的なことは家で話そうぜ、かける


 クラスにさざ波を起こした男子は、窓際の席に座って問題集を開いていた地味な男子にそう言い残し、自分のグループへ戻っていく。


「おいおいなんだよバンドってー」

「いやぁ、オレたちにとって最後の文化祭なわけじゃん? 一発でっけぇ思い出作ってやろうって思ってさー」

「かっちゃん楽器できるの!?」

「みくびるでない。ドラム歴一ヶ月だ」

「それほぼ初心者じゃん!」


 ドッと盛り上がる、男女混合の四人グループ。

 彼ら彼女らがこの教室のヒエラルキーのトップに位置していることは周知の事実。

 そして、そのグループの中心人物こそ、唐突なバンドしようぜ宣言で教室を賑やかせた、姿月克己しづきかつみ


 一方、その克己からバンドの誘いを受けた方はといえば。

 あまりの衝撃に口が半開きになり、彫像のように固まっていた。

 普段ほとんど教室で話しかけてこない克己が自分に話しかけてきたということ。発言の内容。それらのショックから立ち直るのにものの五分は消費した。


「マジふざけんなよあいつ……」


ボソボソと文句を言いつつ参考書に視線を戻し、勉強を再開していた。

 克己に向けられる視線の全ては好意的なもの。「あいつはまた何か面白そうなことをするのか」「自分も一枚噛みたい」「文化祭が楽しみだ」そんな言葉が、本人に届かずともそこかしこで発せられる。

 一方、昼休みに誰よりも早く弁当を食べ終わり、誰よりも早く参考書を開いた男子生徒は奇異の目で見られていた。


 姿月翔しづきかける。成績優秀だが周りとコミュニケーションをとりたがらないせいで若干クラスで浮いてしまっているという、克己とは真逆の人種。

 二人は血のつながった年子の兄弟。

 姿月翔。姿月克己。この二人が兄弟であることは皆知っている。なら、なぜクラスメイトたちは不思議そうにしているのか。答えは明白。


「てかさかっちゃん、今まで疑問に思ってたんだけど、翔くんってかっちゃんの兄貴なんしょ? あんま絡みなくね? てか話しかけてるのはじめて見たかも」

「兄弟だからって絡みに行くとは限らないだろー。なんか気まずいじゃん? お前兄貴いたよな。兄貴が同じクラスにいるとこ想像してみろよ」

「あー確かにびみょいかも」

 問題を解いている翔の耳に否応なく会話が入ってくる。

「気まずさで言ったらこっちの方が何倍も上だわボケ……」


 うっとおしくからみつく視線。

 興味津々、野次馬根性丸出しの輩。

 翔は上質な勉強時間を確保すべく席を立った。



 時間を無駄にするまいと早足で進む。

 拠点は図書室。

 この場所は素晴らしい。猿のように騒ぐ連中もジロジロ観察してくる失礼なやつらもいない。

 お気に入りのポジション、窓際一番奥。

 音を立てないよう慎重にイスを引き、地味に質の良いクッションへ腰を下ろす。

 俗世から切り離される感覚。まさに聖域と言っていい。

 さあ、この最高の環境で勉学に没入しよう。


 翔はそう思い、参考書を開いた矢先、翔のスマートフォンのバイブレーション機能が作動し、静かだった図書室に低い振動音が響く。

 翔は慌てて設定画面からサイレントマナーモードを選択し、バイブを切った。

 油断していた。高校に入ってから滅多にメッセージが飛んでこないからマナーモードにするのを度々忘れてしまう。

 図書室の静寂を破ってしまったことに罪悪感を覚えながら、届いたメッセージを確認する。


克己:さっきの本気だから考えといてくれ。二〇時頃部屋行くわ


 考えといてくれって、何を考えておけばいいんだ。

 やるかやらないかか。何の楽器を担当するかか。バカバカしい。あいつの考えてることは分からん。分かるはずがない。日陰者の自分とは違う人気者様の考えなぞ。

 翔はスマホをポケットにしまい、今度こそ勉強に集中する。

 昼休みの大部分を苦手科目の英語に費やし、時間ギリギリに教室へ戻った。

 もう翔に視線は集まってこなかった。普段通りの影の薄さに逆戻り。

 翔はそれに安堵しつつ、教室のちょうど真ん中にある自分の席へつく。

 翔にとって学校生活の中で安心できる時間は、秩序の保たれた授業中と、静かな図書室で過ごす時間だけだ。


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