行方
常盤さまのもとをさがって、寝殿の方へともどるとお居間のあたりがなんだか騒がしかった。
またなにか知らせが入ったのかと思って歩いていくと、私に気づいた小妙が泣きそうな顔で走りよってきていきなり抱きついた。
「な、何? どうしたの、小妙」
千夏も足早にこちらにやってくる。
「佳穂、あなた。どこにいたのよ、こんな時に」
「どこって、北の方さまのお言いつけで西北の対に行ってたんだけど」
「……そうだったわね。いいわ。いいからちょっと、こっちに来なさい。ちょっと小妙。離れなさいよ。あなたが泣いてどうするのよ」
千夏に手をひかれて、母屋の方へ連れていかれながら私は嫌な予感をおぼえた。
「なに? 何なのよ?」
語気を強めていったその時。
南面の階のたもとに胴丸姿の武者が跪いているのがみえた。
その直垂と、胴丸の色目に見覚えがあった。
「七平太……?」
濃い縹色の直垂に、赤の胴丸を身につけたその若武者は七平太だった。
「御方さまっ」
七平太は私を見るなり、汚れた顔をくしゃくしゃに歪ませてその場にひれ伏した。
「申し訳ございませんっ!!」
「え?」
「我が殿は、昨夜半の白河北殿攻めの折、大炊御門の門前にて鎮西八郎さまの率いる軍勢と弓を交えられたのち、行方知れずとなられました!」
平伏したままで叫ぶ七平太の声を聞きながら、私はぼんやりと立ち尽くした。
「行方、知れず……」
奇妙な静寂がその場に落ちた。
皆が黙って私の方を見守っている。
私はゆっくりとまばたきをした。
何? 七平太は何を言ったの?
何をあんなに泣いているの……。
行方知れずって……。
私は階を下りて、七平太に歩み寄った。
ひれ伏したまま、ちいさく揺れている肩にそっと手を触れると七平太はますます地面に額をこすりつけた。
「申し訳ございませんっ! それがしはお側にいながら何も出来ず……申し訳ございません!!」
絶叫すると声をあげて泣き出した。
「何を言ってるの……もっと、ちゃんと話してちょうだい。よくわからないわ。正清さまがどうなさったの? 戦はお味方の勝ちだったのでしょう? 正清さまは……殿が、どうして……」
両肩に手をかけてからだを起こしてやると、七平太は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で話し始めた。
途中、何度も泣きむせんで、途切れるのをなだめたり、叱ったりしながら先を促す。
「……とにかくすさまじい乱戦で……それがしは自分にむけられた刃先をかわすのが精一杯で……気がついたら殿のお姿を見失ってしまっていて……」
そこまで語ると七平太はうつむいて激しく肩を震わせた。
私は、へたりとその場に座りこんだ。
「その場の勝敗は? どうなったのです?」
簀子縁まで出ていらした浅茅さまがおたずねになる。
「……お味方は総崩れ。散りじりになって逃れた者たちが命からがら本陣にたどりつきましたが、その中に我が殿のお姿はなく……。為朝さまの軍勢はこちらを追い散らしたあと、持ち場をはなれるのを案じてすぐに白河北殿へ戻られましたので、その、戦いのあとを懸命に探したのですが、どこにも……」
「その後、敵方からなにか知らせはなかったのですか?」
「浅茅!」
御簾のうちから、由良の方さまの叱るようなお声が飛ぶ。
その途端にその意味に思い当って、すうっと血の気が引いた。
浅茅さまは、敵方に討ちとられた首のなかに正清さまのものがなかったのか、ということを言われているのだ。
思わず七平太の手をつかむ。
目をあげた七平太は、私の顔をみると怯えたような表情になり首を激しく振った。
「いいえ! いいえ! そのような知らせは何も……! ただ、乱戦のなか組み打ちになって落馬されたのを見た、とか……退却の途中、矢に当たって鴨川に落ちられた、とか申す、者がおりまして……その、たしかな話ではないのですが……あ、御方さま! 御方さまっ!!」
「馬鹿、どいて! 佳穂!」
飛びつくように誰かに抱きとめられた。
ふわりと香ったその香りとその声から千夏だとわかる。
「馬鹿っ! たしかな話でもないのになんでそんなこと言うのよっ!!」
「いや、でも、その……っ、申し訳ございません。御方さま、御方さまっ!」
「あんたが泣いてる場合じゃないでしょ! 佳穂、佳穂? 大丈夫? しっかりしなさいよ。殺しても死ななそうな頑丈さがあんたの旦那の唯一の取り柄でしょっ。絶対大丈夫だから、ほら、佳穂っ」
七平太の泣きそうな声と、千夏の気丈な声がどんどん遠くなっていくのを感じながら、私は気を失った。




