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夢の雫~保元・平治異聞~  作者: 橘 ゆず
第四章 動乱前夜
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夫の愛人 (二)

「その頃、あの人はこっちに泊まっていくことが目に見えて減ってたわ。他に新しい女が出来たのか、それとも古株の方に行ってるのか、そんなことにいちいち目くじら立てるような小娘じゃなかったから男なんてそんなもんだと思ってたけど、朋輩の女房たちに『あら、最近お見限りみたいね』なんて聞えよがしに厭味を言われるのがうっとうしくてイライラしてた」


まあ……その頃は私も上洛したばっかりでさすがに正清さまも今よりは家にいて下さることが多かったような気がするわね。


あれ?

でも、ということは……。


「紗枝さんって私が上洛したこといつ知ったの?」


上洛のことを知ってたら真っ先にお渡りが遠のいた原因として結びつけそうなものだけど。


紗枝さんは、ふっと不穏な笑みを浮かべた。

「いつだと思う?」

「さあ? 知るわけないでしょ」


「その東三条殿襲撃事件のあと、しばらくはそこらじゅうを甲冑をつけた侍がウロウロしたりしててお邸じゅうが殺気立ってた。義朝さまも何日もこちらに居続けで、あの人も久しぶりに何日か泊まってくれたわ」


その直前に、私のことをぎゅーっと抱きしめて、上洛して以来はじめて「よう参った。会いたかった」みたいなことを仰って下さったのよ、なんてことは今ここで話すべきではないわよね、やっぱり。


いやもういいんだけどね!

もうもう、うちの殿が私が思っていたよりずうっと、ずうっとそっち方面で色々なご活躍をなさっていたっていうのは嫌というほど分かっていたけどねっ。


それにしてもあの人のことをどうしようもない朴念仁だの堅物だのって言ったのはいったいどこの誰よ。


鎌田の義父上か。親バカか。親バカなのか。

それとも河内源氏業界では、あの程度の女遊びは堅物のうちに入るのか。


入るのかもしれないな。義朝さまや為義さまを見ている限り。


「それでその久しぶりに泊まっていったその翌朝よ。先に起きた私が身支度を整えてたらあの人が目を覚まして……」


生々しいな、もう!

出来るだけ状況を想像しないように努力しながら聞いている私の目の前で紗枝さんは構わず話し続けた。


私に当てつけてやろうとかそんな感じはなくて、ただひたすら自分の記憶のなかに没頭しているような話し方だったので、仕方なくそのまま聞き役に徹することにする。


「そこで何て言ったと思う? 『佳穂、こっちへ来い。まだ暗い』って……」


あらら。


「それで半分寝ぼけたまま、手探りでこっちの手をつかんで引き寄せようとするからさすがに腹がたってね。ぱっと手を振り払って言ってやったのよ。『佳穂どの、と仰る方はこちらにはいらっしゃいませんけど? その方に御用なら今すぐ起きてそちらへいらしたらどう?』って」


おおー。その状況でよくもとっさにそんな返しが出来たものだわ。敵ながら見事。

私だったらショックと驚きで固まっちゃうかも。


「そ、それで殿はなんて仰ったの?」


「ぽかんとした顔でこっちをまじまじ見て、『ああ。昨晩はこっちに泊まったんだったな。悪い』って悪びれもせずに言ったわよ」


ああー。言いそう……。


「カチンときて『いったいどなたとお間違えなの? 六条の御方? それとも新しい別の方かしら』って言ってやったの。よその女のこと私はちゃんと知ってるって釘さしてやりたくて。そうしたら……」

「そうしたら……?」


不覚にもちょっとワクワクしてしまっている私の前で紗枝さんは、みるみるうちに顔を険しくした。


「さすがにちょっと気まずそうに『別にそんなんじゃない』って言ったわ。でも寝床の中から手を伸ばして引き寄せようとした相手がそんなんじゃないわけがないじゃない。それで『別に隠さなくっても結構よ。そんなにその人が恋しいならどうぞ会いにいって差し上げて』って。そしたら……そしたら何て言ったと思う!?」

「さ、さあ?」


「『そんな色っぽいもんじゃない。うちの妻だ。この前上洛してきた』ってぬけぬけと言ったのよ!!」

「……えーっと。じゃあ、紗枝さんが私が上洛してきたのを知ったのって……」


「その時よ! っていうか結婚してること自体その時はじめて聞いたわ」

「ええっ!? ほんとに?」

「本当も本当よ。最初何言われたのか理解出来なくて、しばらくぼうっとしちゃったわ」


「はあ……それは、それは」

呟くように言った私を紗枝さんはキッと睨みつけた。

「何よ、その気の抜けた反応は。どうせいい気味だとでも思ってるんでしょ」


「思ってないわよ。他に言いようがないでしょ。私から謝る筋合いの話でもないし。自分から勝手にペラペラぶっちゃけておいて絡まないでよね」

きっぱり言い返すと、紗枝さんはむすっとした顔をしながらも、不承不承うなずいた。


「ま、それはそうよね。あなたに同情とかされたら余計に腹がたつだけだし」

「でしょ? だいたいその事件の起きる前日くらいに私ここのお邸の御方さまにご挨拶にあがってるのよ。噂とか耳に入らなかったの?」


「知らないわ、そんなの」

ふんっと顔を背ける様子を見て、なるほど。親切ぶってご注進に及んでくれるようなおせっかいな朋輩もいなかったのねとひそかに納得する。


見るからに、というか話してみた印象からしても同性受けするタイプじゃないものね。

正清さまがこういうタイプを選ばれたっていうのが正直、かなり意外だわ。

見た目がよっぽど好みなのかしら。このシュッとしてキツイ感じの美人。

だとしたら、私とは正反対だから地味に結構へこむんだけど。


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