夫の愛人 (一)
女同士というものは、つくづく共感によって成り立っているということをその日私はしみじみと実感した。
「それで槙野……あ、うちの乳母なんだけど、その乳母もまわりの友達も皆、口を揃えて殿のことを悪く言うわけ。あんまりだ。非常識だ。心ないやり方だって。そんな風に言われたらこっちは逆に殿を庇うしかないわけじゃない?」
「ああ。うん。分かるわ。まわりが悪く言えば言うほど『この方のことを信じて差し上げられるのは私だけ』って思っちゃうのよね。この方には私がいなくちゃ駄目だわ、みたいな」
「そう! そうなのよ! こう言っちゃなんだけどあそこで槙野があそこであんなにまでムキになって反対しなければ私も悠を引き取る前にもう少し冷静に考えられたんじゃないかって思うのよ」
「たしかに男らしくないとか卑怯とまで言われちゃね。あなたのところ乳母もなかなか強烈ね。うちのも大概だけど」
「紗枝さんのところの乳母さんも?」
「いい加減、ふらふらするのはやめてちゃんとした人に嫁げって。女がいつまでも独り身でいてどうするつもりだってうるさいったら」
「独り身って紗枝さんにはうちの殿がいらっしゃるじゃないの」
「……あなた、自分の立場分かって言ってる? まあいいわ。八島──うちの乳母に言わせれば武士だっていうだけでも駄目なのに平氏ならともかく東夷の源氏武者なんてお話にならないらしいわ。同じ武家で女房持ちなら、平氏の御曹司の二番目か三番目の妻でいいからそっちを狙えって、こうよ?」
「ひどーい。何それ! ちゃんと正室にしてくれる人を探せっていうならともかく」
「でしょう!? あったま来ちゃってこの間も大喧嘩。たまに里帰りしたらろくなことないんだから。私だってね、八島があそこまで鎌田さまのこと滅茶苦茶にこき下ろさなかったら、もっと早く見切りをつけて他にいってたわよ。それを顔見る度にあんな風に言われたらこっちだって意地があるじゃないの!」
「分かるわ」
私は大きく頷いた。
……ん? あれ。そもそも何の話してたんだっけ。
「その悠って子の母親の話でしょ。六条はもうあたってみたの?」
「まだ……というか知ってるの? 六条のひとのこと」
「知ってるも何も。あっちの方が私より古株だもの」
「はあー」
私はもう驚く気にもなれなくて間の抜けた声を出した。
「ちなみに私もあなたより先だから」
「はあー」
「義朝さまより少し先に北の方さまが尾張からご上洛になって、こちらのお邸に女房たちが集められてね。私もちょうどその頃、勤め先を変わろうかと思ってた矢先に知り合いから話があったからここへ来たわけよ。ちょうどその頃、あの人が上洛の準備だのなんだのでしょっちゅう京と東国を行き来してて……まあ、そういうことになったわけだけど」
「なるほどねー」
それはもしかしなくても、鎌田の義父上とうちの父さまとの間で縁談が進んでいらした真っ最中の出来事ではないの? まあ、いいけど。
「それで、まあ住んでるのは鎌倉と京と離れ離れだけど、あっちが上洛する度に会ったりして、まあそれなりに付き合いが続いてたわけよ。むこうはむこうで近いうちの主君が上洛して、そうなれば自分も京で住むとか言ってたし。そうなれば今よりももう少ししばしば会えるとか、らしくもない嬉しがらせを言ったりしてさ」
「まあ、殿ってそんなことも仰れるのね」
はあー。そう言えば私にもなんか「袖の内に入るものなら入れて連れていきたい」とかって言って下さったことがあった気がする。
もう今となっては前世の出来事のように感じてしまうけど。まあ、それはこの際言わなくてもいいわね。
紗枝さんも、出逢ったばかりの恋のはじまりの頃を思い出しているのか、なんだかやけに少女みたいな可愛い顔をしてるし。
誰と話してるのか忘れちゃってるのかしらね。それともこれまで誰にもあんまり話したことがなくて話したいのかな。友達少なそうだもんね。
私が失礼な感想を抱いていることを知らない紗枝さんは話を続けた。
「それでね。ついに義朝さまの上洛のときが来たわけよ。今の主上がご即位なさった年だったわ。女御さまがたが次々と入内されては立后されて賑やかな春だった」
「うんうん」
紗枝さんがあまりに何の含みもない様子であけすけに話してくれるものだから、嫉妬どころか何か身内──兄さまとか致高さまの恋のお話でも聞いているような気持ちになって不覚にもちょっとワクワクすらしてきてしまうわ。
なんだかんだ言って現代の女性の日々には娯楽が少ないんだもの。
が、そこで紗枝さんはなぜか言葉を切って黙り込んだ。
何か思いつめたような顔で空を睨んでいる。私は先をうながした。
「それで? 正清さまも一緒のご上洛なさったでしょ? 感動のご対面だったんじゃないの」
「……だったわよ」
紗枝さんは低い声で言った。
「上洛から半年の間。こういっちゃなんだけど楽しかったわ。むこうには六条堀河にも前々からの相手がいるってお節介にも知らせてくれる人もいたけど、そんなの平気だった。前々からの人がいるのに私と付き合いだしたってことは前の人にはもう飽きたってことじゃない。そう思って得意ですらあったわ。それが忘れもしない。その年の九月のことよ」
そこで紗枝さんは、きっと私を睨みつけた。
「関白さまのお邸が襲撃された事件、あなた覚えてる?」
「あの宇治の禅閤さまが六条の大殿さまに命じて、藤原氏に代々伝わる何とかいう大事な器を奪わせたとかいう」
「そう。それよ」
それならばよく覚えている。私が上洛したばかりで、由良の方さまのもとへご挨拶にあがった直後のことだったから尚更だ。
そうそう。あの時はあの時でゆき姫が木に登ったりして──というか私も気に登ったりして色々大変だったんだっけ。
それがきっかけで小妙とは仲良くなったのよね。懐かしいな。
けれど紗枝さんの方はとてもそんなほのぼのとした気持ちで過去に想いを馳せる気分ではなくなってきたらしく、ぐいっと私に詰め寄った。




