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夢の雫~保元・平治異聞~  作者: 橘 ゆず
第四章 動乱前夜
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手鞠(四)

(あら。こんなところに。探しても見つからないはずだわ)

私は小さく吐息をついて、花模様の飾りのついた手鞠を拾い上げた。


悠のお気に入りなのだが、数日前からなくなってしまっていて探していたところだったのだ。

こんな水屋の裏手の方にまで転がってきているとは思わなかった。下働きの子か誰かが拾って遊んでいたのかもしれない。


(それにしても大きな声)

水屋の建物の陰では相変わらず槇野がやかましく七平太を責め立てている。気の毒に思いながらも、私は足音を忍ばせてその場を離れた。


夜は冷えるから、郎党の皆の部屋の方へも、眠る前には温めた寝酒を運ばせるようにと言いつけにきたのだけれど。

(まあ、それはあとでいいわ。夜までに言えばいいもの)


階をとんとんと上がって、母屋の方へ向かう。

歩くのにあわせて手の中で、鞠のなかに入れてある小鈴がりんりんと小さく鳴った。


(いち、に、さん、よん、ご)

鈴の音にあわせて私は右手の指を折った。


(三条の紗枝どの、四条に私。六条は堀河の大殿のお邸か、鎌田の義父上のところか。七条っていうのはきっと常盤さまのところよね)


三条に四条、六条に七条。

あとは五条が揃えば、まるで『まる、たけ、えびす…』の手鞠歌みたい。

ああ。そうだわ。もう一人、白拍子の人がいるんだっけ。

その方が五条にお住まいになれば、三から七まできれいに揃うわ。

こんな時にそんなことを思ってしまう私はやっぱり皆が言うように情が薄いんだろうか。


台盤所を覗くと、夕餉の支度がもう整っていた。

かたちばかり、お(つゆ)の味を確かめてから御膳に料理の皿を並べ、私は母屋へと向かった。


お湯からあがられた正清さまは、常よりも少しくつろいだご様子だったけれど、夕餉の間はやはり終始、言葉少なだった。

ご機嫌が悪いわけではなく、ご自分の思案に気をとられているといったご様子だった。


私は黙ってお給仕をしながら、そっとお顔を伺った。

弟君の義賢さまが東国へ下られて以来、義朝さまはむしろ吹っ切れたように鳥羽院へのご奉公に一途に励まれていらっしゃるようだったけれど、むしろ正清さまの方がそれについてのお悩みは深いように見受けられた。

家中でも、義朝さまが御父上に背かれて、道を別にしていらっしゃることに対する不満や不安の声がないわけではないらしく。

それらの声は、一の郎党である正清さまに向けられることも多いようで。

ご心痛のあまりお体を損なわれたりしないと良いのだけれど…とひそかに案じ続けていたのだけれど。


(そう心配することもなかったかしら)

 

食事の御膳を下げて、お休み前の酒肴を差し上げようと台盤所に向かう途中、廊下の曲がり角で楓と出くわした。

悠用の夕餉の御膳をさげている。

悠は楓にすっかり懐いていて、身の回りの世話は私を別にすると楓でないと駄目なのだった。


「ご苦労様。悠はちゃんと食べた?」

「はい。お箸の使い方も随分とお上手になられて」

「ありがとう。楓のおかげよ」


そういって私はなにげなく御膳のなかを覗き込んだ。

「あ」

楓が申し訳なさそうにちょっと首をすくめた。


「申し訳ございません。姫さまはこれだけはどうしてもお嫌いみたいで。他に好き嫌いはほとんどおありにならないのですけれど」

「いいわよ。そんなの。誰だって嫌いなもののひとつくらいあるわ」


「ええ。私はそう思うのですけれど、母などが見つけると口喧しく言いますので、いつも内緒にしているのです」

「槇野はねえ」

 私はくすっと笑った。


「私たちも子供の頃、それで随分、叱られたわよね」

「ええ。『好き嫌いを申しておると大きくなれませんよ!』って。それこそ食事の度に鬼みたいに目を吊り上げて」

「怖かったわよねえ」

「本当に。でも、いくら好き嫌いはいけないとはいっても、なんでもかんでも平らげたあげく姫さまが母のように『大きく』なり過ぎても困りますものねえ」

「楓ったら」

私たちは声をあわせて笑った。


「それ下げておくのでしょう。私も台盤所へ行く途中だったから一緒に持っていくわ」

「まあ、とんでもない。それならば私が致します」

「いいから。殿のお酒と肴のご用意は私がしなくちゃいけないんだし、悠は楓がいないと寝巻に着替えることさえしないでしょう。お互い、手分けした方が早いわ」


そう言うと楓は笑って

「殿さまは万事、御方さまでいらっしゃらないと夜も日も明けないおかたですものね」

からかうように言った。


(別にそうでもないみたいよ)

という言葉を飲み込んで、私は楓から御膳を受け取った。


そこに並んだ平皿のひとつの隅に、茄子の漬物がそれだけ綺麗によけられて残っていた。







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