手鞠(二)
(まったく、母上の頑固には困ったものだわ)
楓は、ほとほと疲れ果てた思いで溜息をついた。
悠姫がこの邸に来てはや三月が経つ。
それなのに、母の槇野のこの件に関する不平不満や、愚痴や繰言はいっこうに止む気配がなかった。
最初はいちいち取り合って言い争っていた佳穂は、最近ではもう知らぬふりを決め込んでいる。
佳穂に相手にされなくなると、槇野は心中に有り余っている不満を娘の楓のところに来て延々と訴えるようになった。
こういった時の母に下手に反論すると余計面倒になる。
長い経験から、佳穂以上にそれを知り抜いている楓は、はじめのうちこそ
「そうね」
「母上の気持ちも分かるわ」
などと、適当に相づちを打っていたのだが、その忍耐も最近はそろそろ限界に来ていた。
確かに槇野の言い分も分かる。
「長田のご実家の殿や御方さまにどのように申し開きすればよろしいのですかっ!?」
と詰め寄る槇野に対して佳穂は、持ち前のあの呑気さで
「裏の竹林でみつけてきた、なよ竹のかぐや姫だと申し上げておけばいいわ。末は女御かお后か、って。父さまもお喜びになるわよ」
などと嘯いていたが、佳穂の上洛にあたって、あるじ夫婦からすべてを託されて一緒にあがってきた乳母の槇野の立場からしてみたら、そんなわけにもいかないだろう。
結局のところは、槇野が騒ぎ立てている間に佳穂がさっさと自分で
『北の方さま(由良御前)のご縁戚ゆかりの娘御を縁あって引き取ることになりました』
などと書き送ってやったらしい。
野間の長田家と、由良御前の実家である熱田大宮司の御家とは交流がないので、そういっておけばまず嘘が発覚する心配はないだろう、という佳穂の言い分はある意味、的を得てはいたが。
槇野の立場になってみれば、主家からいただいている厚誼と信頼を裏切っているようでどうにも我慢が出来なかったらしい。
後日、ひそかに佳穂の母の北の方にだけは真実を告げる文を書き送ったらしかった。
同じ使用人であり、女あるじの乳姉妹という立場である楓には母の気持ちもよく分かる。
自分だって、他の誰に嘘をついたとしても、あるじである佳穂にだけは最後まで忠実でありたいと願うだろうから。
しかし、それはそれとして、何の罪もないたった3歳の悠姫に対して、いまだにそっけないというか、決して温かいとはいえない接し方を続けている母の態度はあまりに大人気ないと思うのだ。
そう思うのは、楓が自分で思うよりもずっと、この悠という少女が好きになり、可愛い、いじらしいと思うようになってきているということかもしれなかった。
悠は賢い子だった。
この邸に来て以来、ただのひと言も生みの母親のことを口に上らせようとしない。
それどころか、数日も経たないうちに佳穂のことを
「母しゃま、母しゃま」
とまわらぬ舌で呼びながら、後を慕って歩くようになった。
母の槇野からみると、それすらも「如才のない、可愛げのないお子」と、いうことになるらしいのだが。
楓は、悠のその幼いなりに精一杯、自分を守ろうとしている小さな虚勢が、いじらしくてたまらなかった。
事情が事情なので、下手な相手にまかせることも出来ずに、佳穂は楓に悠の世話役、というか乳母かわりのような役目をまかせていた。
朝夕、寝起きをともにして何くれとなく面倒をみているうちに、楓のなかの悠を可愛いと思う気持ちは日、一日と大きくなっていった。
日が傾いてきた。
楓は、衣類をつめた櫃を整理する手をとめて顔をあげた。
ふいに門の方が騒がしくなった。数日ぶりに正清が戻ってきたようだ。
(夕餉の用意と。そうそう。供の方たちにお酒も)
楓は立ち上がって、水屋の方へと足を向けた。




