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夢の雫~保元・平治異聞~  作者: 橘 ゆず
第四章 動乱前夜
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手鞠(一)

槇野は不満だった。


「まるたけえびすに おしおいけ……」

庭先の方で童歌を口ずさむ佳穂の声がする。

悠の鞠つきの相手をしてやっているのだ。


このところ、佳穂は毎日ああやって庭に出て鞠をついたり、花を摘んだり。

または、雛遊びの人形をこしらえてやったり、貝合わせを教えてやったり。

とにかく暇さえあれば、急に出来た三歳の娘の相手にかかりきりになっていた。


あんなに楽しげに通っていた三条坊門のお邸へあがることも、悠が邸に来た日以来ふっつりとやめてしまっている。

もともと槇野は佳穂が、あちらへ上がって女房勤めのようなことをするのを快く思っていなかった。


主家の北の方に、一の側近の妻として目をかけられ、気に入られているというのは悪いことではない。

だから、たまさかにご機嫌伺いに参上して、北の方さまのお話相手や、若君、姫君がたのお遊び相手をつとめる、というのなら結構なことである。

が、佳穂の話を聞いていると、どうやら持ち前の気取りのない、槇野に言わせれば少々軽はずみな性質の佳穂は、本来ならば侍女たちがするような雑用までも気軽に引き受けて、立ち働いているようなのだ。


いずれは武家の名門、河内源氏の総帥となるはずの義朝。

その乳母子であり、義朝の世になれば一門のなかでも第一の武将としてその威を輝かせるはずの正清の、その北の方が、侍女にまじって使い走りのようなことを気軽にしていては、他の武将の妻室の手前、重みがなくなるのではないか。


そんな風に思って、何度となく注意したのだが、佳穂は

「いやあね、槇野ったら。いくら殿がご立派になられたとしても武家の妻が、貴族の姫君がたのように日がな一日御簾のうちでのんびり歌を詠みあっていられるわけがないでしょう」

と笑って、まったくとりあわなかった。

その時は腹立たしく思ったものだったけれど。


いざ、佳穂が邸に引きこもって、家事と育児にばかり明け暮れ、朝、正清が出かけるときに悠を抱いて出てきて、

「ほら、父上にいってらっしゃいませってご挨拶なさい」

などとにこやかな笑顔を見せているのを見ると、なんとも言えない思いが胸の底から湧いてくる。

腑に落ちないというか納得がいかないというか。


確かに佳穂は悠が来てからぐっと落ち着いて、家のなかのことにも細やかに気を配り、槇野が理想とする武家の妻女(それは野間の里にいる佳穂の母であったのだが)の姿に近づいてきていた。


邸勤めで親しくなった千夏どのだの小妙どのだのと下賜品の菓子など持ち寄りながら、娘らしくきゃあきゃあと喧しい声をあげて噂話に興じることも。

七平太などを供に連れて、気儘に市などを覗いたり、洛中の寺社に詣でたりなどの外歩きをしに邸を抜け出したりすることも絶えてなくなった。


そのどれもが槇野にとっては歓迎すべきことのはずなのに、いざそうなってみると、ある日、いきなり連れて来られて押し付けられた娘のために、佳穂のそれまでの楽しみが阻害されていると思うと、どうにも面白くないのだった。



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