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夢の雫~保元・平治異聞~  作者: 橘 ゆず
第三章 確執
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憂慮 (二)

(今日という今日は父上にはっきりと申し上げなくては。中途半端に義朝の兄上に期待を賭けておられるような素振りをお見せになるのは金輪際おやめいただきたい、と! 源氏の次代を担う次の棟梁は、次兄である義賢の兄上である、と。義朝は、父であり棟梁である自分に逆らう不忠不孝の者である、と!! 臣下の前ではっきりと宣言していただかなくては……。今のままでは、家中の足並みも揃わず、人心も乱れるばかりぞ!)


次兄の義賢は容貌のみならず、性質も柔和で温厚といえば聞こえはよいが、呑気に構え過ぎているところがある。

自分が言わなければ、面と向かってきっぱりと進言する者はいないであろう。

 

そう思い決めた頼賢は、勇み立って、父、為義の居間のある寝殿へと向かうところなのであった。


ところが、為義は不在であった。

昨夜から外泊をして戻っていないのだという。


ああ見えて女にはまめな性質の父である。

現在、北の対に据えている二十近くも年下の妻に、立て続けに四人もの異母弟を生ませたばかりだというのに、すでに洛中に新しい通い所があるらしい。


(年内にはまた、異母弟か妹が増えるやもしれぬな)

勢いこんできたところに肩透かしをくらった思いで頼賢は溜息をついた。


(子を増やすは武家のつとめの一つとはいえ、時と場合もあろうに。このような折にまで、なんともご精の出ることだ…!)


呆れるような苛立たしいような思いで、また出直そうと踵を返しかけたその時。


「通清、通清。ほら、こっち。早く!逃げちゃうよ!」


賑やかな子供の声がした。

西側に面した庭の方である。


北の対屋にいる幼い弟たちが、こちらに入りこんで遊んでいるのだろうか。


なにげなく、覗きこむと、はたして末の鶴若と天王のふたりが手に網や棒を持って、水溜りに家の生えた程度の小さな池の淵に立っている。


傍らには、先ほどまでの思案のなかにも出てきた鎌田通清が、手に網を構えて難しい顔をして水面を覗き込んでいた。


「そのように大騒ぎなさっては、捕まるものも捕まりませぬ。お声に驚いて魚たちはみな、潜ってしまいましたぞ」


どうやら池で買っている魚を網で生け捕ろうとしているようだった。


通清は、その親しみやすく親切な人柄から、為義の妻室たちや義賢や頼賢をはじめとする子息たちからも信頼を寄せられていた。

とりわけ、年の幼い北の対にいる兄弟たちはまるで実の叔父を慕うように、通清に懐ききっている。


今も弟たちにせがまれて、遊び相手をつとめているのであろう。

微笑ましい思いでそれを見ていると、年長の方の鶴若がそれに気がついた。


「あ、四郎の兄上!」

言って無邪気に手を振ってみせる。


頼賢は苦笑しながら歩み寄っていった。


「これは頼賢さま」

通清が恭しく頭を下げる。


「子供たちの遊び相手か。ご苦労なことだな」

「いえいえ。某の方が若君がたに遊んでいただいておったのです。なにぶん、本日は殿より休みを言い渡されて暇を持て余しておりましたのでな」

そう言って通清は快活に笑った。


「父上は本日はどちらへ」

「五条のあたりで少し御用がございましてな」

「女か」

頼賢が単刀直入に言うと、通清は無言でにっと笑ってみせた。


頼賢は嘆息した。

「まったく、このような折にご精の出ることだ。今に始まったことではないが」


「御子を数多く儲けられ、一門のご連枝の益々お栄えになるようお務めになられるのも、棟梁としての大切なお役目でございまするぞ」


「ではあろうが、時と場合というものがあろう。だいたい、今日、それがしがここに参ったのも、それこそ一門の後々の繁栄に関わる重大事について父上に折り入ってお話したいと思うて……」


「まこと御曹司のような頼もしいご子息を数多得られて、大殿は果報者におわしまする。ご一門の益々のご発展、ご繁栄は間違いないとこの通清、固く信じておりまする」


 勢いこんで言いかける頼賢の言葉を笑顔でそれとなく遮ると、通清は池の方に身を乗り出して、棒切れでじゃぶじゃぶ水面をかき回している天王が落ちないように、そっと引き戻した。


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