決断
七月二十八日。平清盛は、叔父の忠正とその息子、長盛、忠綱、政綱、通正、父子五人を六条河原にて処刑した。
そこに至るまでの間、平氏の一門のなかでどれほどの苦悩や葛藤があったか知るすべはない。
ともかく、清盛は父忠盛の弟である叔父と、自らには従兄弟にあたる若武者四人を斬った。
その報せはますます義朝を追い詰めた。
(あの温和で、万事要領のいい清盛のことだ。今回もうまくあの信西を言いくるめて死罪を撤回させるのではないか)
そうなれば自分も続いて父たちの赦免を願い出ることが出来る。
そんな僅かな希望は無惨に断たれた。
宮中からは
「播磨守は勅命を果たされた。そちらはいつ執り行うつもりか」
という督促が矢のようにくる。
追い詰められ、日に日に憔悴していく義朝を見て正清は決断した。
「六条判官殿(為義)を斬るお役目。どうかこの正清に仰せつけ下さい」
正清の言葉に義朝は信じられないものを見る目でこちらを見た。
正清は続けた。
「確かに親を殺すは大逆といいます。しかるに現在、判官殿は朝敵。これを討つべしとの勅命なれば不孝の罪にはあたらぬと存じます。主上に弓引くは朝敵。綸言汗のごとしと言って、主上から一度発せられたお言葉が覆ることは万に一つもないでしょう。されば判官殿のお命はすでにこの世にあってなきが如きもの。それをお庇いになろうとして、殿までもが主上の不興を買い、朝敵と呼ばれ、官位を剥奪されることを果たして判官殿はお望みになられるでしょうか?」
まっすぐに目を見て言う正清の言葉を、義朝は食い入るような目で見返していた。
「ご子息である殿のご栄達こそが判官殿の真のお望みであると存じます。ここで父子の情に溺れ、平氏に先んじられるを許してまでご自身のお命を救われたとして、誇り高き源氏の棟梁であられる判官殿がお喜びになられましょうか。ここは清盛に続き、見事勅命を果たして、朝廷の信頼を得られることこそ、真の孝行だと存じます」
二人は無言のまま見つめ合った。
数日来、さんざん思い悩み、決断の上で口を開いた正清の側には迷いはなかったが、気弱げに目をそらしたのは義朝だった。
正清は義朝をまっすぐに見たまま言った。
「大殿は我が父、通清が生涯をかけてお仕えしたご主君にございます。某にとっても大恩ある御方にて、万が一にも他人の手にかけてお苦しみを与えるようなことをしたくありませぬ」
義朝がはっとしたように顔を上げた。
「正清、おまえ……」
「父子二代にわたる御恩をお返しするのは今この時をおいて他にございません。どうぞ、それがしにお命じ下さいませ」
場に恐ろしい沈黙が落ちた。
どれくらいの時が経ったあとだろうか。
義朝が静かに言った。
「分かった。確かに父の身を託すのにおまえをおいて他におらぬかもしれぬ。頼んでも良いのか」
「は。お命じいただければこの身に代えてもお役目を果たす所存にございます」
義朝は頷いた。処刑は二日後の三十日。
同日に北山にいる義朝の異母弟たちの処刑も行われることが決まった。




