日常2
「菜々美ちゃんじゃ。菜々美ちゃんじゃ」
「おはようございます。大島さん」
「今日も人で溢れ返っているわね」
「おはようございますー。大原さんー」
それから次々とお客さんが訪れてきた。
お客さんといっても、いつものメンバーだから、全員顔見知りなのだ。
「今日も勢ぞろいですねー」
「今日も何一つ変わらないぜ」
「みんな楽しそうだね」
「そうだな」
お客さんが自由に雑談することが出来る「憩いの場」では、みんな、楽しそうにお話をしていた。
両親が経営しているケーキ屋さんでは、入り口に入ると、目の前には、ケーキが並べられ、右側には、木製の大きな丸いテーブルとイスが置かれている。
そして、テーブルの上には、コーヒーを入れるためのコーヒーポットとコーヒーカップがある。
お客さんが自由にご使用してもいいとのことで、お母さんとお父さんが提案したらしい。
そのおかげで、今はこうして、憩いの場として愛され続けているんだ。
もしこの場所がなかったら、大繁盛しなかったと私は思っている。
「でねでね~、私、出来立てのオムライスにケチャップをかけてみたら、それが、ドレッシングで~もうあの時は頭の中が真っ白だったわよ~」
「それは大惨事じゃったのぉ」
「佐藤さんらしいというか、なんというかぁ・・・ちゃんと確かめればしのげた失敗だと思うなぁ」
「さすが佐藤さんだ!これこそ、天然の頂点に行くべき人なのかもしれんな!」
「その姿をこの目で見たかったわ。絶対にお腹を抱えて笑っていたに違いないわよ」
「その・・・ぼくも・・・み、み・・・見たかったです・・・」
「すごいのじゃ!すごいのじゃ!」
佐藤さん、大島さん、大橋さん、前島さん、大原さん、田原さん、大島さんの、会話に夢中になっている姿に、ついつい笑みが零れてしまう。
佐藤さんの天然トークや、高橋さんの連勝がストップしたこと。みんなの近況など。様々な話の種類があって、聞き耳を立ててみると、私まで会話に参加しているようだった。
本当はお仕事に専念しなくちゃいけないけども・・・
「みんないつも通りで何よりだな。変わったほうが何か刺激が与えられるけどな。例えば、菜々美が、突然、赤ちゃんを受け持つことになるとかな」
「菜々美が赤ちゃんをー。まぁ、その姿をいつか見てみたいなぁ・・・」
「いや、有り得ないからね!?」
三人でみんなの姿を見ている中、突拍子もない言葉に、ついつい素っ頓狂な声を上げてしまった。
私には拓也君しか愛せれないし、結婚なんて絶対にしないと思う。
私は拓也君のことが今でも大好きなんだから・・・
もし王子様が付き合おうと赤いバラを突きつけられても、ごめんさいと、気持ちをこめながら断ると思う。
乙女小説のような展開にはならないのは分かってるから、そんな現実離れしたことは有り得ないけども・・・
それに私、あまり可愛くないし・・・
「まぁ、菜々美がそう思っているのなら、仕方がないか」
「そうですねー。菜々美は可愛いと思うけどなぁ・・・」
私の心の呟きに反応したのか、残念そうな顔をする両親。
なんでまた、私の心を簡単に読み取るのかな・・・
しかも、可愛いという単語まで!
もう何か特殊能力があるのかと疑ってしまう・・・
私はこの気持ちを切り替えて、正直に、今感じている心境を伝えることにした。
「私は私らしく、今を生きていく。ただそれだけだよ。拓也君と共に生きていくんだって誓ったからね。もう吹っ切れたんだ。私」
「拓也と共にいるか。菜々美らしいな。確かに拓也以上の男が現れるとはお父さんも思ってもいないぜ」
「そうだねー。きっと、拓也君がずっと菜々美を見守っているはずだよ。この空の上でね」
「うん」
この会話のやり取りをしているということは、もう私は心を切り替えたと両親が分かっている証拠だ。
時々、こんな感じて、しみじみとしたお話をするときもある。
拓也君との思い出は、きちんと心の中にしまっている。
一つ一つ、溢れないように、しっかりと。
だから私は、これからも、拓也君と共に生きていく。
何があっても、これから試練があるのだとしても。一緒に乗り越えていく。
それが私の唯一の「望み」でもあり「夢」なのだから・・・
「おーい、菜々美ちゃん、もうお客さんが来ない時間帯だし、一緒に話をしようぜ!もうみんな待ちくたびれているぞー!」
「はい!分かりました!」
「よっしゃ、いっちょ、気合を入れますか」
「私も会話の中に入れさせてもらいますー」
前島さんのその言葉を聞くと、本当にのんびりとしたお店だと感じる。
そこが、このお店の特徴でもある。
のんびりと、ゆったりと。私たちはお客さんの輪の中に入って、お客さんは私たちの輪の中に入る。それが大きな繋がりとなって、この店を支えてくれている。
私は、平和の象徴といえばこのお店だと、いつからか思い始めている。
それはごく自然なことであって、決して平和を馬鹿にはしていない。
この形のままで、このお店のありのままの姿を、これからも見せていきたい。
何かに縛り付けることなく、自由に、この姿を見せていきたい。
楽なお仕事だなと罵倒を浴びせられることもあるのかもしれない。
私だって、本当に、こんなお仕事で大丈夫なのかなと思っている節もある。
だけど、このお店は、このお店であって、この小さな島は、この小さな島であって、他の地域とは違う何かに包み込まれている。
それは『優しさ』なのかもしれない。それとも『温かさ』なのかもしれない。
だから私は、それを探すために、今も、こうやって、みんなの笑顔を咲かせている。
それが私のお仕事なのだから。