過去。
私の名前は一ノ瀬菜々美
今は成人を迎えて、大人の仲間入りの20歳。
今は実家であるケーキ屋さんで働いていて、実家で働いているのにもかかわらず、一人暮らしをしている。
本当は、実家に暮らしていたんだけど、あるきっかけで、ひとり生活が始まった。
今から一年前、私をずっと支えてくれた拓也君が亡くなってしまったのが、一人暮らしを始めたきっかけだった。
恋人でもある拓也君を失った日、私は心に大きな傷を負ってしまった。
喪失感に苛まれ、何も動くことすら出来なかった。
辛くて辛くて仕方がなかった。
言葉には表すことが出来ない「何か」が、私の心を深く深く、削り落としていって、戦おうと立ち向かおうとしても、その気力さえなく、ただただ、心を削られていく惨めな姿を外から見ることしか出来なかった。客観的に観ることしかできなかった。
「何か」はよく分からないけど、きっと、この世にある全ての負の感情を背負って心の中で生きている、残酷で、この世にはないおぞましい色をした『もの』なのかもしれない。きっと私は、その世にも恐ろしいものを、心の中に宿り、家族のように受け入れ、そして、ついには、負の感情というエサを与えていたんだと思う。
そうやってエサを与えていたせいで、私はこれは夢なんじゃないかって、これは幻が作った世界じゃないのかって、何度も何度も疑ってしまった。
だけど、朝日の光があたっているカーテンに手を当てると、それは現実なんだと、夢ではないんだと、改めて感じさせた。
今でもカーテンの温かさを覚えている。
温かさの中には、冷たさがあり、そして、冷たさの中には、悲しさがあった。
あれほど残酷な「温かさ」はきっと、これから先も出会えないだろう。
今思えば、あれは「温かさ」ではなく、現実を受け止めさせる「真実」だったんだと思う。
自分で何を言っているのか分からないけど、きっと神様が、現実と向き合いなさいと、目を背けていてはいけないぞと、語りかけてくれたんだと今でも思っている。
だけど私は、その温かさを感じていながらも、現実を受け止めることが出来なかった。
そんな簡単には、切り替えることが出来ない。
大切な人を亡くした喪失感を簡単に埋めることが出来ないのが、人間という生き物だと思う。
喪失感が大きくなるにつれて、身も心もボロボロになっていった。
カウンセラーに通うほどの精神状態だった。
エサを与え続けていたせいで、『何か』が成長していき、やがては、負の感情で支配され、心を全て削り落とされていく。
まるで、カラフルな色で彩られていた世界が、どす黒い、真っ黒な色に塗りつぶされているように。
きっと、そのとき、私は支配される寸前だったんだと思う。
あの時の私は、本当に、壊れかけたロボットのようだった。
何も出来ない。動くことも出来ない。
一言で表すのなら、この世界さえも抗うことが出来ない、ただ『生きているだけ』の存在だった。
今思い返すだけでも、胸が締め付けられるような痛みを感じる。
そんな精神的にも肉体的にも崩壊寸前だった私だったけど、あることをきっかけに、私は生まれ変わることが出来た。
そして、今では、やっと、日常生活という幸せな場所に戻ることが出来たっていうわけなんだ。
そういった体験をしたあと、日常というものが、どれほど有難いのか、身に染みて分かった。
だから私は、この日常を壊したくないと心の底から思っている。
これからも、いつも通りの日常を送って、本当の幸せを掴み取りたい。
そういう気持ちだけは何よりも大切にしている。
壮絶な体験をした私は、それから、両親に「一人暮らしを始めたらどう?」とすすめられた。
きっと、両親は、一人暮らしを経験することで、心も身も成長させたいと、喪失感を少しでも和らげようと考えていたんだと思う。
その時の私は、心を切り替えたんだけど、まだまだ、心の欠片が散りばめられていて、『何か』がまだ生きていた。
パズルのように、一つ一つはめ込んでいくことは出来たけど、まだまだ、削り落とされていった欠片は、どこかに散らばっていた。
だから私は、その気持ちをしっかりと受け止め、あっさりと「わかった」と返事をした。
そして私は、この家で、一人で生活をするようになった。
アパートで暮らしていくんだなぁとその時は思っていたけど、それは違っていた。
お母さんが、理子さんのお家を、借りてもらったのだ。
理子さんというのは、お母さんの友達で、わたしのお姉ちゃん的存在である。
理子さんは、今、離島を離れて、都会に暮らしている。
つまり、上京をしているということだ。
まさか、理子さんのお家に住むことになるとは、いっさい、思ってもみなかった。
理子さんも、拓也くんが亡くなってしまったということは、知っていたらしいので、私の気持ちをくみ取ったのか、使っても大丈夫だよ、と、優しくいってくださったらしいので、理子さんには、いつか、恩返しをしたいと思っている。
その日から私はこの家で過ごすことになった。
とはいっても、私は高校生を卒業したあとに、実家であるケーキ屋さんでお手伝いをしていたから、毎日、顔を合わせていた。
だから一人暮らしといっても、あんまり寂しくはない。
だけど、お仕事のお手伝いが終わって、自宅に帰るときは、とても寂しかった。
家までの道のりが長くて長くて、トンネルにでも潜っているような錯覚さえ覚えた。
きっと、寂しさからきたのだと思うけど、そのような日が毎日のようにあった。
そんな寂しがりやさんだった私だったけど、一人暮らしを始めてから二年が経つと、だんだんと慣れていった。
毎日会っているのだから、ホームシックというほどの辛さではないけど、二年が経つと、一人という時間が当たり前のようになっていった。
そして、今では、この『時間』は私のよりどころになっている。
テレビを観たり、何かに耽ったり。
妄想をしたり、ぼーとしたり。
この時間が何よりも幸せを感じる。
だから今の私は、なんてことない。
毎日両親に会っているという理由もあると思うけど、きっと、立派に成長している証だと思う。
ケーキ屋さんにはたくさんの人たちが足を運んでくれて、毎日がお祭り騒ぎのようで、みんな、私の失われた心を取り戻してくれた。
家族のように受け入れてしまった『何か』をみんなの力で追い出して、そして、削り落とされてしまった心の欠片をパズルのように、一つ一つはめ込んでくれた。
私が、お仕事を復帰してからも、みんなは、いつも通りに、笑顔を満開に咲かせていた。
それが私の力になって、私の心を、輝きを、取り戻してくれた。
その温かい気持ちがあるからこそ、私は、この町が、住人達が、好きなんだ。
みんながいて、家族がいて。
助け合って。助けられて。
十人十色の人たちがいて、色んな考えを持っている人たちがいて。
暮らしやすくて、楽しくて、優しくて。
笑顔で溢れていて、ちょっと切なさが残っていて、景色がキラキラと輝いていて。
私という存在を大きくさせれくれたのが、この町なのかもしれない。
住民や家族の力なのかもしれない。
きっと両親とみんなのおかげで、今の私がいるんだと思う。
ううん、みんなの支えがあったからこそ、両親の支えがあったからこそ、今の私がいる。
そう断言できる。
たくさんの種類の笑顔があって、その笑顔を見るたびに、私まで自然に頬が緩んでいて、そして、話に夢中になって・・・ほっこりして・・・
ほっこりとしたアニメの世界にいるようで、本当にここは、現実の世界なのか疑ってしまう。
だけど、ここは、虚像世界でもないし、映し出された世界でもない。
現実なんだ。
きっと、それがずっと探し求めていた「幸せ」だと思う。
みんなの優しさと温かさを感じて、何かにとらわれたりせず、目の前にあることだけを見つめていて・・・
そう思うだけで胸が一杯になってくる。
今日も、いつも通りの日常を送って、満開に咲く桜のように、みんなの笑顔を咲かせようと、これからも、その幸せをかみ締めながら、みんなの温かさと優しさを感じながら、生きていこうと、毎日、心に留めている。
だから、今日も、いっぱいに、みんなに笑顔を振りまいて、たくさん笑顔を咲かせよう。
これからも、ずっと、ずっと、永遠に・・・
これから、やっと物語が進みます。長くなってしまいすいません・・・
拓也君との物語は、まだまだ先になりますが、しっかりと、細かく描こうと思っています。
小説の書き方がまだまだ分かっていないので、お見苦しい文章になっていると思いますが、よろしくお願いします。(読みにくい文章がありましたら、修正を加えますので、よろしくお願いいたします)