甘くて苦くて
伝えたいのに言えない、届けたいのに動けない。そんな言葉ってあると思うんだ───
夕日が差し込む保健室。私は、この時間だけ保健室の主になる。そんな言い方をするのは大げさか。単に保険室の先生がこの時間席を外すことがあるから、私みたいな保険委員が対応してるってだけ。
「外、寒そうだなぁ」
自分で言うのもなんだけど、私は目立たない保険委員。クラスの皆が話してる誰が好きだ、あの人が付き合ってる、なんて話題とは縁のない場所で聞き手に回ってる。そんな立ち位置。青春ってなにさ。
「みんな元気だねぇ…」
そんな立ち位置、だったはずなのに。いつからか、ちょぴり気になる人がいる。今だってそうだ。外が寒そう、なんて言いながら見てるのは風景なんかじゃなくて、今も外を走り回ってる彼。同学年だ。
「私は外で走り回るなんて…無理っ」
運動なんて苦手だい。おや、どうやら休憩みたい。って、休憩と見るや女の子が近づいてる。話には聞いていたけど、ホントにモテモテだね。うん。
「だーれも来ないなぁ」
彼に話しかけた女の子は、何かを渡して走っていっちゃった。まぁ予想はつくけどね。だって、今日は特別な日だって学校中がそわそわしてる。今年に限っては私も人のことは言えそうにないけど。
「今日は来てくれるかなー」
彼は誰にだってそうだ。いつもにこにこして優しいんだ。今でも思い出す。私が、先生からのありがたい推薦で、誰もやりたがらなかった保険委員になってしまってから少しした頃だ、彼が保険室にやってきたんだ。
「あのときは確か、転んで膝を擦りむいた、だったかな」
ただ消毒をして、ガーゼを当ててあげただけ。そして、お大事に、と言った。淡々とね。彼はそんな私にありがとうって微笑んだんだ。あれはいわゆる爽やか系と言うやつだろうか。なぜか、そのときの彼の事が妙に気になったんだ。そして、窓の外でサッカーボールを追いかけて走り回る彼のことを見てしまう私が生まれてしまった。
「クラスでも何人がチョコ渡すって意気込んでたっけ」
聞いた話によると誰にでも優しいみたい。それなのに浮いた話は全くなし。そんなだからこんな日に女の子達に追い回されるんだぞ。どこかの漫画の主人公か。むん。
「一体何人の女の子の心を盗んでいるのやら…」
そんな彼だが、時折保険室にやってくる。チームメイトが怪我をした、とか、また擦りむいた、とかそんな理由で。優しいんだかお節介なんだか。そして、いつしか彼と話すようになった。まぁ自然なことではあるよね、うん。
「あいつ、私が何言っても楽しそうなんだもんな」
多分聞き上手って彼みたいな人のことを言うんだろう。普段あんまり自分から話さない私が話しちゃうくらいだし。そんなこんなで私も一大衆の仲間入りしてたって訳だ。ぶっちゃけ彼が気になってる。
たぶん、好きって、こういうことなんだ。
甘くて、甘くて、言いたくて。
苦くて、苦くて、言えなくて。
この気持ちははきっとチョコレートなんだ。
甘くて苦くて。
だから、この日に気持ちを渡すんだ。
自分の中にある心を形にして。
言えない言葉を、雄弁に語ってくれるチョコレートを。
机の上に置いてある、私の心をちょんとつつく。
そして、保健室のドアが開く音が響く。
「いらっしゃい、また怪我したの? その前に、はいこれあげる」
伝えたいのに言えない、届けたいのに動けない。そんな言葉ってあると思うんだ。だけど、それでも伝えたい。だから、心を込めて作るんだ。甘くて苦い、チョコレートを。
日付を一日間違えていたせいで遅れました…
いつもと書き方変えてみました。感想とかいただければ幸いです。