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兵士との戦闘

「あのお姫様の命令か? ご苦労なこった」


 俺たちを囲む兵士全員に聞こえるよう、少し声を張り上げて言う。


「貴様を何としても滅せよとのことだ」


 兵士の一人が答えを返してくる。

 おいおい、物騒なこと言いやがるぜ。もうちょっとマイルドな言い方があるだろうに。しかし、嫌な予感ってのは当たるもんだ。本当に待ち伏せされているとはな。

 おそらく他方角の門にも同様に兵士が配置されているはず。俺のためにそこまでしてくれるなんて、ああ、涙が出そうだよ。


 このまま戦闘が開始するのはまずいな。アンナの身を危険に晒すわけにはいかない。兵士たちが一斉に攻めてこない今のうちにやるべきことがある。


「悪いけどいったん離れてくれると助かる」


「ご、ごめんなさい」


 慌てて俺の右腕から手を離すアンナ。

 俺の方こそごめんな。突き放すような感じになっちまって。こうしないとこれが使えないんだよ。


「少し待っててくれ。なるべく急いで終わらせる……界断の闇壁ミュール・デ・ソンブル


 アンナと外界とを完全に遮断する闇の障壁を構成する。その代償として、全身を鈍い痛みが襲うが、この程度なら問題なし。この中にいる限り、外部から危害が及ぶことはまずない。それに、彼女が嫌なものを見たり聞いたりせずに済む。俺がやられてしまうことがあれば、この壁も消えてしまうが、そんなのは余計な心配というものだ。必ず勝ってみせる。


 しかし、相手もなかなか攻め込んでこないな。いったい何を待っているんだ?

 兵士たちを注意深く観察する。そして、幾人かの兵士がぶつぶつと何かを唱えていることに気づく。異変はすでに起こっていた。


「……はい?」


 つい間の抜けた声が出てしまう。

 何かがうねりを上げる音に空を見上げれば、そこには巨大な炎の球。それは今も大きさを増している。あれはきっと魔法というやつに違いない。幾人かの兵士たちがぶつぶつ言っていたのは詠唱だったということか。まさか魔法をお目にかかることができるとはな。しかも炎魔法という男の心をくすぐる代物だ。俺としては力を得るにしても、ああいう王道の力が欲しかった。


 あれをまともに喰らうのは避けねばならない。躱しきれるかどうかもわからないし、慌てて回避したところを狙われても面倒だ。ここは迎え撃つ。出し惜しみはなしだ!


 両手を重ね、そこに闇を集める。イメージするのは槍。そのまま手を大きく離すと、集めていた闇がイメージ通りの形を成していた。形成された槍を手に構える。

 直径10メートルに届くや否やといった大きさになったところで、大炎球は俺めがけて高速で落下してきた。


堕落の影槍(ランス・デ・ロンブル)


 黒塗りの長槍を炎の中心めがけて投擲する。槍に貫かれた炎球は真っ黒に染め上げられ、そのまま雲散霧消する。

 兵士たちのざわめきが聞こえる。あれで俺を仕留められると思っていたのだろう。残念だったな、俺がやられてたまるかよ。甘い甘い、出直して来なってこった。

 次は白兵戦だと言わんばかりに一部の兵士たちが剣を構え突っ込んでくる。

 いいぜ、かかってこい……。


 瞬間、俺の身体に明白な異変が生じる。


 身体中から力が抜けて、地に膝頭をつく。

 内側から込み上がってくる何かを吐き出す。それは俺の血だった。

しまった……短時間に力使いすぎたか?

 敵はもう目前まで来ている。これはまずい!

 目前の兵士が剣を振り下ろしてくる。身を横にずらし、その一撃を回避。即座に立ち上がり、斬りかかってきた兵士の胴に蹴りを入れて吹っ飛ばす。


「ぐっ……!」


 背中に鋭い痛みが走る。どうやら背後から斬りつけられたようだ。幸い今の俺にとっては致命傷ではない。この痛みは無視だ。そんなことより、このまま袋叩きになることは避けねばならない。


「退けよてめえら!」


 地面に手を着き、自分を中心に闇の柱を発生させる。

 範囲こそ少し広めだが、密度はなるべく抑えておく。威嚇目的ゆえに無理はしない。


 兵士たちが俺から距離を取る。どうやら警戒してくれたようだ。

 だが、一息吐いている暇はない。再び幾人かの兵士が詠唱を開始する。

 今度は魔法でいたぶってやろうってか。ああくそっ、厄介だな。


「実に禍々しい……化物め」


 どこからか、兵士のそんな呟きが聞こえる。

 化物。その言葉に心臓を握られるような強い圧迫感を覚える。

 確かに俺は化物だ。自分でも認めている。

 認めているのに……どうして俺はこんなにもそれを苦しいと思うのだろう?


 これ以上俺を苦しめるな。もうたくさんだ……こうなったら覚悟を決めよう。一気に全員片付けてやる。

 これを使えば、俺もただでは済まないだろうが、もはや是非もなし。今はこの場を切り抜けるのが最優先事項だ。後のことは後で考えればいい。


 自らの身体に宿る闇に身を委ねる。俺の肌が純黒に染め上げられていく。

 開いた両の手を胸の前に置き、その間に闇の球体を作り出す。最初はほんの粒ほどの大きさだったソレは体積と密度を急激に高めていく。

 漆黒の球体が大気を震わせる。まるで世界が悲鳴を上げているかのごとき様相。

 まだだ、まだ足りない。こんなもんじゃ駄目だ。

 更に闇の密度を高めていく。

 視界が霞む。吐き気が襲う。意識が飛びかける。今すぐ倒れてしまいたい衝動に駆られる。

 だけど、今は全て些細なことだ。誓いを果たすためにはこのくらい甘受してやるよ。


 詠唱を終えた兵士たちが一斉に炎を放ってくる。

 ああ、もう充分だ。そして、お前たちにとってはもう手遅れだ。


「良い夢見ろよクソったれ共」


 一言吐き捨て、両拳で球体を押し潰す。


忌むべき悪夢コシュマール・デ・テネブル


 刹那、決められた形に押し込まれていた闇が一気に解放され、爆発的に広がっていく。

 半円状に広がる闇は、放たれた炎を苦も無くかき消し、そのまま兵士たちを呑み込む。


 闇が霧散した後には、一人残らず地に伏す兵士たちの姿があった。

 誰一人として死んではいない。意識を奪っただけだ。どんなに早くても、数日は目を覚まさないだろうがな。

 もう危険はないだろう。アンナを守る障壁に触れ、消失させる。中から解放されたアンナは軒並み倒れている兵士たち、そして俺の姿を見て驚愕しているようだった。


「ゆ、ユーマ……その姿は?」


 そりゃ気になるよな。今の俺は全身真っ黒という異様な姿。この姿になるのは王宮での一件以来だった。少々無理をしすぎたせいか、俺の内側で闇が暴れ回っている。正直言って、とんでもない不快感だ。


「悪い、説明は後で……ごふっ!」


 夥しい量の血を吐き出す。今更だけど、これで死なないんだから俺も本当に化物だよな。

 くそっ、俺の中で暴れるんじゃねえよ……。ああ、アンナが心配そうな顔してら……。


「ユーマ……ユーマ!」


 何と声を掛ければいいのかわからないのだろう。悲痛な声で、ただ俺の名を呼ぶ。

 あまり心配かけていられない。気持ちを奮い立たせて闇を抑え込む。


「行くぞ」


 俺は簡潔に告げる。騒ぎを聞きつけて、また兵士たちがやって来る前に逃げなくては。


「無理しちゃ駄目だよ! このままじゃユーマが死んじゃうよ!」


 涙に顔を濡らし、アンナが叫ぶ。敬語が取れているし、相当焦っているようだ。

 しっかし、人の心配してる場合かよ。ここに残ってたらアンナも危ないんだぜ?


「この程度じゃ俺は死なないって多分……とにかく、議論している暇はない。失礼するぞ」


 少ししゃがみ、アンナの膝裏と背中を両手で支え、そのまま抱え込む。いわゆるお姫様抱っこの体勢になる。それにしても軽いな、しっかり食べさせてもらっていたのかこの娘?


「えっ……ええ……えええっ!?」


 アンナが驚きの三段活用を披露する。その頬は赤く染まっていた。


「不快かもしれないけど我慢してくれよ」


 ところどころ軋みを上げる身体に鞭を打ち、アンナを抱えたまま、俺は門の外へと走り出した。

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