酒場にて
「とんだじゃじゃ馬娘もいたもんだ」
エヴァの姿が見えなくなった後、独り言つ。
いくら俺が悪者だと思っていようと、いきなり槍を向けてくるのはさすがにやり過ぎだろう。駄洒落ではなく。
「悪く思うな。あれはどこまでも真っ直ぐなのだ……腕も立つ。グリムヴェルまでその噂が届くほどにはな。いずれはアルビオンの一等級に昇り詰めるかもしれん」
この場にいない彼女に代わってシモンが釈明する。
一等級ってのはギルドの精鋭のことなんだろうけど、そんな大げさな言い方をするほどのものなのか……んっ? エヴァは自警団に入ってるんだよな?
「あの娘、自警団に所属してるじゃない。引き抜いていこうってことかしら?」
俺も気になったところをナターシャが問う。俺のことも引き抜こうと考えてるようだし、それが本当なら節操ないなこのおっさん。
「今回の帰省はそれも目的だ。俺個人としては、街の戦力を削ぐようで気は進まんが、マスター直々の命令ではな」
後ろめたさを感じてか、少々荒っぽい口調でシモンが言う。
故郷を大事に想うのは良いことだ。だからといって、絆されはしないぜ。
「さて、行くとしよう」
話を区切り、シモンが促す。
「先に飯を済ませておきたいんだけど」
「奢ってやるから酒場で食え。あそこの料理は一級品だ」
奢ってくれるというなら是非もない。俺にとって料理の美味い不味いは意味をなさないが、アンナたちもその方が喜んでくれるだろうしな。
◆ ◇ ◆ ◇
酒場に辿り着いた頃、空には濃い灰色の帳が降りていた。
「邪魔するぞ」
軽く挨拶するシモンに続いて入店する。
古ぼけた木造の店内は薄暗く、趣を感じさせる良い雰囲気だ。
「おっ、シモンさんじゃないか」
「どうしたどうした! いつの間に子どもなんか儲けやがったんだ?」
「ガハハッ! ついにシモンも所帯を持つことになったか。こりゃめでてえや!」
俺たち、というかシモンの来店に店が一気に賑わいを増した。
客たちの反応を見るに、このおっさんは大層な人気者のようだ。
悔しいが納得はできる。頼れる男って雰囲気をこれでもかと言わんばかりに漂わせているからなぁ。
「いつもながら騒がしくて結構なことだ……大将! まずはエールを4つ、それと適当に美味いものを見繕ってくれ!」
店の奥、カウンター席の先にいる老人に向かってシモンは注文する。
慣れたもんだな、この店の常連なのだろう。
ところで、エールを4つって何ですかい? 酒場に来ておいてなんだが、俺は飲む気なんてないぞ。未成年だし。アンナだってまだ酒を飲めるような年齢じゃないはず。
いや、待てよ、そういうことか。
「この国って何歳から酒飲めるの?」
確認のため、アンナに問いかける。
「……? 蒸留酒みたいな強めのお酒以外なら十五から飲めますよ」
「オーゥ……カルチャ~ショ~ック」
予想はしていたけど、やっぱりそういうことか。元いた日本の基準で考えるのは少々間が抜けていたな。アンナも特に言及しないあたり、すでに飲酒経験があるのだろう。
ともかく俺が酒を飲もうと咎められることはないわけだ。抵抗がないといえば嘘になるが、郷に入っては郷に従え、一杯目はエールでお付き合いしておくとしよう。酒は百薬の長とも言うし、呑みすぎなければ何の問題もないはずだ。途中で牛乳にでも切り替えてしまおう。
空いているテーブルに俺たちは腰掛ける。
程なくして、大将と呼ばれていた老人が小さな木樽のジョッキを4つ持ってくる。シモンとナターシャはさっそくジョッキを手に取り、エールを呷った。別に期待していたわけじゃないけど、乾杯とかしないんですね。
遅れて、俺もエールを喉に流し込む。初めての酒は味気ないものだった。味覚ないしね、俺。
「なかなか良いわね。果実酒の方が私は好きだけど」
いったんジョッキを置き、ナターシャが感想を述べる。
果実酒となるとワインとかそのあたりか。異世界だし得体の知れないものもあるかもしれない。
「エルフは果実酒やハチミツ酒を好むって話、本当だったんですね」
「それデマよ。結局は個人の好みなの」
「そうなんですか……噂は当てになりませんね」
しみじみとアンナは呟いていた。
「クレメアのエールこそ至高。それ以外なんて馬の小便も同然だ」
「はいそこ、汚い言葉禁止ィ」
即座にシモンに食ってかかる。人が呑んでる最中に不意打ちかましてくれやがって……なんか意識しちまうだろ。
「すまんすまん、ついな……ところでサエキよ。すぐに料理も来るが、酒の肴に魔族との戦いの顛末を語ってくれんか?」
あの闘いについて、か……『闇』の力に言及しないと説明するのは難しそうだから、あまり話したくはないな。
「それはもうちぎっては投げ、ちぎっては投げ」
「意味が分からんぞ」
そう言って、射るような視線を俺に向けてくるシモン。
まあこれで納得してくれるわけもないことくらいはわかっちゃいるさ。
「シモンさん、魔族って何の話だい?」
近くの席に座っていた客が口を挟む。見れば、他の客もこちらに視線を向けていた。
街を封鎖するほどの事態なのに知らないのか? もしかしたら混乱を避けるために情報統制がされていたのかもしれない。その場合、シモンも一口噛んでいることになるな。
「街の封鎖はそれが原因だ。デイン砦の方に魔族が現れてな……それを討ち滅ぼしたのがこのサエキだ」
シモンがそう言うと、店中がざわっと色めき立った。
「すげぇ! 本当かよ!?」
「この街全体でも魔族とまともにやりあえる人間なんて片手で数えるほどもいねぇぞ……大したもんだ!」
「あれっ? サエキってどこかで……」
「そういえば俺も。何だっけなぁ」
「あんな成りで……人は見かけによらねぇなぁ」
ところどころから賞賛が飛んでくる。それはどうでもいいが、客の中に俺の手配書見たであろう客がいるようだ。シモンは取り成してくれるのだろうけど、こんなところでバレるのは勘弁だぞ……。
「きっと皆もお前の武勇伝を聞きたがっているぞ。何も隠すことはあるまい?」
シモンめ、うまく話さざるを得ない雰囲気を作りやがった。本当に良い性格してんなぁ。
ここは強引に誤魔化すとするか。
「倒したのは本当だけど、ちょっと話したくない事情があるんで。ただこれだけ盛り上がってるんだ、それでハイ終わりと言うわけにもいかない。代わりと言っちゃあなんだが……シモン、あんた腕っ節に自信はあるな?」
「これでもアルビオンの一等級だ。誰にも負けぬという自負はある」
一等級とやらがどれだけすごいのかは知らんが、半端でないことだけは確かだろう。鍛えこまれた肉体がそれを裏付けている。それを踏まえた上で、俺は提案する。
「俺とあんたの腕比べ。余興としてはなかなか面白いと思わないか?」
腕相撲による単純な力比べ。我ながら酔狂だとは思うけど、酒のせいか、気も昂っているところだ。このおっさんに一泡吹かせてやるのも良いだろう。
シモンは我が意を得たりと言わんばかりに口元を綻ばせた。
「望むところだ。魔族を倒したその力、見せてもらおうか……!」




