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『闇に踊れ』と、邪神は嗤う~歪な少年の異世界冒険譚~  作者:
第二章・グリムヴェル独立領編
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膝枕とは男の夢である

「それでナターシャよ。そっちのサエキとやらは何をやらかして来たんだ?」


 役所を出て開口一番、シモンがナターシャに尋ねる。俺を佐伯呼びするあたり、完全にバレていますねハイ。

 あんな子供だましはさすがに通用しないか……うん、冷静に考えるまでもなく当たり前だな。


「そっちのマイケルさんに聞きなさいよ」


「誰がマイケルだゴラァ」


「……自分で名乗ったんじゃない」


 ナターシャは呆れたという風に肩をすぼめる。それを言われてしまうと、こちらはぐうの音も出ない。自分を偽ることなかれ。良い教訓になりました。

 さて、偽名であることも暴露されたところで、正直に話してしまうとするか。シモンからは剣呑な雰囲気は感じないし、然して問題はないだろう。


「いろいろありまして、オルバティアの王城で一暴れすることになっちゃったんですよ」


「あはは、雑ですね」


 すぐさまアンナの呟きが続く。

『いろいろ』の部分を詳細に説明したくはないし、間違ったことは言ってないぞ?


「そこからクレメアまで逃げおおせるとは大したものだな」


「人間やる気になれば案外何とかなるもんですよ」


「……やはり面白い男だ」


 やっと聞こえるか聞こえないほどの声でシモンが呟く。

 正直何考えてるかわからなくて妙に怖い。


「それで? あなたはユーマをどうするつもりなのかしら?」


「心配しなくても悪いようにはせんよ。さっきも言った通り、俺の故郷を守ってくれた恩人には違いないのだからな」


 ナターシャに問われ、シモンがあっけらかんと答える。

 その言葉を素直に信じるならば、俺に対する害意はないらしい。油断こそできないものの、少しは安心してもよさそうだ。

 「ただ」と付け加えて、シモンが続ける。


「そのサエキという男に興味が湧いた」


 どうやら目を付けられてしまったようだ。つくづく面倒事には縁があるなぁチクショウ。


「やっぱりね……そんなところだろうと思ったわ。事の次第じゃ、アルビオンに引き入れようって腹でしょう?」


「事の次第では、な」


 シモンの考えに目星をつけたナターシャの言葉をシモンは肯定した。

 俺がギルドに……入れてくれるというならそれもありかね? アルビオンとやらを知らないから今判断するのは早計でしかないんだけどさ。


「今晩付き合え。あの酒場で待っているぞ」


 シモンが指差した方向には確かに酒場らしき店があった。

 行くか行かないかは別として、この場は了承だけしておくか。


「了解しましたよっと」


「ちなみに言っておくが、来なくても構わん。ただ自分がお尋ね者であることを忘れないようにな」


 釘を刺してきやがったか……抜け目ないおっさんだ。これですっぽかしたら明日にはどんな風説が流されているかわかったものではない。

 別に行くこと自体は吝かじゃないけど、その言い方は気に障るな。


「あんた、良い性格してるよ」


 努めて嫌味ったらしく言ってやると、ニッとシモンは口角を吊り上げた。


「よく言われる」



◇ ◆ ◇ ◆ 



 特段やることもなかったので、街中をぶらぶらしながら時間を潰す。

 昼食を済ませ、現在昼下がり頃。ほろほろと降り注ぐような太陽の日差しが心地良い。

 俺とアンナは噴水広場のベンチで寛いでいる。ナターシャはこの機に買い物をしておくとのことで、彼女とはいったん別れることになった。あいつがいなくなると喧しくはなくなるが、どことなくもの寂しさを感じる。それを素直に認めるのは癪だから本人には言ったりしないけどな。

 それにしても……。


「のどかだなぁ……」


「のどかですねぇ」


「和むなぁ……」


「和んじゃいますねぇ」


 横並びに腰掛け、俺たちは暢気に呟いていた。今まではカーティフへ辿り着くことだけを考えて行動してきたからか、目標がない今となってはどうにも気が抜けて仕方がない。いや、今までが張り詰め過ぎていたってのもあるのかもしれないが。

 

「こうやってぐうたらできるのは久しぶりだな」


「ふふっ、お疲れ様です」


 聖母のような微笑みを浮かべるアンナ。

 うん、絶対に守りたいこの笑顔。

 だけど、忘れてはならない。まだ彼女の中で両親を失った悲しみは根強く残っているはず。か弱い見た目ながら芯の強い彼女のことだ。容易にはその悲しみを表に出してはくれないだろう。せめて彼女がこれ以上悲しまずに済むように、彼女が壊れてしまわないように俺が支えていかなくちゃな。


「ふわぁ~……ねっむい、ねっむい」


 思いっきり欠伸をかます。

 ポカポカ陽気に久々の寛ぎタイム。これで眠くならない方がおかしいというものだ。


「ユーマ」


 俺が眠そうにしているのを見て、ポンポンとアンナが自分の膝を叩く。

 その所作が何を意味しているかは明白。健全な青少年であれば誰もが憧れるアレに相違なかろう。


「……いいんすかアンナさん?」


「遠慮なんてしないでください。私たちの仲じゃないですか」


 そう言われては断れるはずもない。むしろ願ってもない。

 ゆっくりと身を横に倒し、頭をアンナの太ももの上に乗せる。伝わってくるのは至福の柔らかさ。如何なる枕にも勝る寝心地だった。


「どうですか?」


 俺の顔を覗き込み、アンナは感想を求める。

 どうですか、って聞かれれば……。


「ヤバい、もうホントヤバい。俺、今ここで死んでも後悔ないわ。死なないけど」


 死んだら約束破ることになっちまうし。


「もうっ、さすがに大げさですよ」


「大げさなことはないっての。ホントに最高なんだって……しっかし、気持ち良すぎてマジで眠っちまいそうなんだが」


 眠気が喚起されている状態で至高の枕を手に入れてしまったのだ。もはや俺が睡魔から逃れる術はないと言っていい。だけど、それじゃあアンナに迷惑がかかるしなぁ。


「眠っちゃっていいですよ。疲れも溜まっているでしょう? 日が暮れる頃になったら起こします」


「それはちょっときついだろ。すぐに起こしてくれていいよ」


「気にしないでください。私がそうしたいだけですから」


 女性にここまで言わせておいて食い下がるのは逆に失礼というものだろう。素直に好意に甘えておくか。

 本当にアンナには頭が上がらないな、膝枕だけに。


「良い嫁になるよ、アンナは」


 これは確信を持って言える。どこにも嫁に出したくなんてないがな。


「……嬉しいんですけど、ちょっと複雑です」


 少しだけ不満げにアンナが零す。それが眠りに落ちる前に聞いた最後の言葉だった。


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