白を切る
シモンについて行った先の部屋で待っていたのは、中年で小太りの男性だった。
腰掛けていた椅子から立ち上がり、俺たちを出迎えてくれる。
「おやっ? シモンくん、そちらの方々は?」
男性は目を丸くして、俺たちに視線を向けた。
予期せぬ来訪者である俺たちを不審に思うのも当然だわな。
「今回の話に関係あるようなんで連れて来た」
「そうですか……よくぞお出でくださいました皆さん。私はクレメア町長、フランツと申します」
そう言って、フランツは丁寧にお辞儀をしてくる。俺たちも軽く会釈してそれに応えた。
「どうぞそちらへお掛けください」
「ども」
フランツに促されるがまま、椅子に腰掛ける。
全員が席に着いたところで、シモンが話を切り出す。
「例の魔族の件だが、俺の出番はなくなったようだ」
「ふむ、それはどういうことで?」
回りくどいとも言えるシモンの言い回しを受け、フランツは怪訝そうな顔をする。
俺は説明のため、口を開いた。
「死霊使いと鬼みたいなやつなら俺が倒して来ました」
「何と! それは真ですかな?」
そんなに意外だったのか、大仰に驚いてみせるフランツ。
しかし、俺が魔族を倒したってどう証明すればいいんだ?
何か遺品でも回収してくれば良かったか。まあ、今更言っても詮無いことだ。
「遺体はデイン砦に放置したままなんで、行けば見つかると思いますよ」
野生動物とかに食い荒らされてたらどうしようもないけど。
「後ほど急ぎで手配致します。しかし、その若さで大したものですなぁ。私にもあなたくらいの歳の息子がいますが、これがどうにも――」
「町長、その話は毎回長くなるから勘弁してくれ」
フランツの話を遮り、シモンは苦笑を浮かべた。
このやり取りからするに、この二人は長い付き合いなんだろうな。
コホン、と咳払いしてフランツが話を戻す。
「この街を代表する者として、深くお礼申し上げます。わずかながら謝礼金もお渡ししましょう」
「ありがとうございます」
もらえるものはもらっておく。俺のモットーの一つだ。
それに、お金はいくらあっても困らない。
「それで、街の封鎖はいつ頃解かれることになる?」
シモンがフランツに尋ねる。
早くこの国を出たい俺たちにとっても大事な話だ。
最悪また無理やり抜け出す手もあるけど、気乗りはしないからな。
「そうですね。二、三日後になるかと」
さすがに今日中というわけにはいかないのか。
この際しょうがない。体調のこともあるし、少しこの街でゆっくりしていくのも良いだろう。旅にもメリハリは大事ってね。
「休暇はもう終わってるというのに……マスターに小言を言われそうだ」
シモンは愚痴めいた呟きを零す。
何やら大変そうだな、知らんけど。
「はて……」
「どうかしましたか?」
フランツがまじまじと俺の顔を見ていたので、問いかける。
もしかして俺の顔、実は見て面白いものだったりするのだろうか?
「いえ、少々お待ちいただけますかな」
フランツは立ち上がり、部屋の隅に備え付けてある棚から一枚の紙を取り出す。
その紙と俺の顔を交互に見て、眉を顰めていた。
「本当にどうしたというんだ?」
シモンがフランツの元へ近寄り、横から紙を覗き込む。するとどうしたことか、彼もフランツ同様に眉を顰めてしまう。
「これは……」
シモンは俺の顔に視線を移した。
わけはわからないけど、妙に嫌な予感がする。そして、嫌な予感というのは得てして外れてくれないものだ。
「ちょっと。二人でこそこそしてないでよ」
状況を理解できないことへのもどかしさを感じてか、ナターシャが説明を求める。
フランツは返事をする代わりに、こちらに紙を見せてくる。そこに描かれているものに、俺は驚愕を禁じ得なかった。それは俺そっくりの似顔絵。ご丁寧に下の方に『サエキ=ユーマ』の文字が入っている。その紙が何なのかはもうわかっているつもりだが、一応確認だけはしておこう。
「もしかしなくても、それって人相書きとか手配書とかそういう類のものですかね?」
フランツはコクリと頷いて応える。
俺の勘違い、という期待は儚くも打ち砕かれてしまった。
王城での騒動から早三週間近く。この街まで手配が回っていても何らおかしくはないってことか。
しっかし、嫌な予感というのはどうしてこうも的中してしまうのかねホント?
「どうしましょう……このままだとまずいですよ」
シモンたちには聞こえないようにアンナが耳打ちしてくる。
こうなっては仕方がない。腹を括ろう。俺は意を決して口を開く。
「へぇ~、俺によく似てますね。びっくりしました」
素知らぬ顔で白を切る。
実力行使も辞さないが、いきなり荒事に持ち込むのは避けたい。動くのは相手が不審な動きを見せてからでも遅くはないだろう。何かが間違って、この場だけでも穏便に済ませることができれば幸甚。まったく、何とも淡い希望だな。
「いやはや何とも。ところで、貴方の名前をお聞かせ願えますかな?」
そう俺に問うフランツの目は笑っていなかった。露骨に疑ってくれているなぁ。
「マイケルです」
適当に思いついた名を名乗る。
マイケルの一人や二人、この世界にもいるだろ多分。
「ここまで瓜二つではな。本当のことを言ってしまった方が楽だぞ?」
半笑いを浮かべて、シモンが言う。
彼の中ではもう結論が出ているようだし、やっぱり白を切るにも無理があったか。
一応限界までは白を切ってみるとしよう。
「あらぬ疑いをかけられてるみたいですが、俺は無関係ですよ。世の中、自分にそっくりな人間が三人はいるって言いますし?」
「はじめて聞いたんだけど」
「ナターシャさん? ちょっと静かにしてましょうね~」
ツッコミが入るにしても、何でお前なんだよ。
そろそろ何が起きても対応できるように神経を研ぎ澄ませておくか。
「フッ……そうか、ならばいいだろう。疑ってすまなかったな」
思わぬシモンの言葉に、俺は気抜けしてしまう。
自分で言うのも何だけど、あれで誤魔化せたってのか?
「シモンくん、しかし」
「何かあれば俺が責任を取る。この男は街の危機を取り去ってくれたことだしな」
シモンに宥められたフランツは納得こそしてないようだったが、それ以上食い下がりはしなかった。まさか白を切り通したことが功を奏するとは……何事もやってみるもんだな。
その後は、特に手配書の件について言及されることもなく、フランツを除く俺たち四人は部屋を後にすることとなった。




